92、VS釈迦(4)
あれから二日が経過した。
一行は蒼い庭園、千里村の館に戻っていた。
「大丈夫ですか、あの方。食事もお召し上がりになりません」
小間使いの隣で零が答える。
「回復を優先するなら食事はとらない。ジュエース様もそうしてるでしょう」
「はあ、しかしもう二日も」
「くそ、俺では足手まといにしかならない。弱くて情けない」
「兄さん。相手は釈迦なんだから、仕方ないわ。伽閃隊長まで死んでいるのよ」
隣村、若子村の領主だった伽閃が配下の五名と共に釈迦に殺されている。この戦いで若子は守りを失い、蒼い庭園は大きく傾いた。
五人はそれぞれ別の部屋で一定距離を取り休息をとっていた。休憩による源力の回復が最も捗るのは一人でいるときだ。言語脱落が入ればさらに回復は早まる。
言語脱落とは、言葉を失うことだ。自分の中から言葉が抜け落ち、周りで誰かが会話をしてもどこか別の世界の言葉のように聞こえる。この状態だと考えることがなくなり、内側から全ての力を回復に当てられる。現在、こちら側でそれが可能なのは白井の由瑞だけだ。
「ジュエース様が源力を使い切ることなんて今までなかった。三日でなんて無理だ」
「あの隕石の人もよ。一週間はかかるわ」
離れの一室で駆はただ目を瞑り座っていた。
しかし、回復は捗らない。まだ半分も回復していない。焦っているからだ。これまでこんなに消耗したこともなければ、それを数日で全開まで回復させたこともない。
早く回復させなければならない。そう思えば思うほど回復は遅れた。
駄目だな――。
そのとき、部屋の戸がノックされた。
「誰だ?」
戸を開けるとそこには零が立っていた。
「あのときの嬢ちゃんか。何の用だ?」
「何か食べた方がいいです」
そう言うと零はかりんの蜂蜜漬けを差し出した。
「ああ、ありがとうな。そこに置いといてくれ」
「……」
「そっちは回復は叶ったか?」
「まだのようです」
「そうか」
「私たちにできることなら何でもお申し付けください……とのジュエース様の命です」
距離のある言い方をした。駆はありがとう、と答えた。張りつめていた緊張が解かれ気が少し緩んだ。この方が早いかもしれない。
「よかったら、入って座れ」
「はい」
意外な呼びかけに少し驚き、零は答えた。
零は部屋に入ると駆の隣に座った。
「どうしてあのとき割って入ったのですか?」
我殺戦のことを言っているようだ。
「お前たちの仲間に助けを求められたからだ。里縷々と里無瑠と言う。知っているか?」
「カミラ様の血筋の方たちです。私たちの王族です」
「その王族が何故狙われなきゃいかんのか。あれは苦労したぞ」
「申し訳ありません」
「嬢ちゃんが悪いわけじゃないけどな、ははは」
それを見て零も笑った。意外にも一人より回復は早そうだ。
しかし、そのとき――。
――たすけてくれ。
遠くで声が聞こえた。
冬士郎だ。
「!! くそっ」
「どうしたの!?」
「あいつらに伝えろ、俺は行く」
「え、だってまだ……」
駆は部屋を出て走り出した。
「待って!」
「どうした、零」
「兄さん、ジュエース様に!」
こうして蒼い庭園は再び戦地へと向かった。
回復はまだ誰もしていない。
しかし、見過ごすわけにはいかなかった。
アリサとカミラだけを残し、零と蓮の二人も死を覚悟し、同伴した。