11、初陣
あれから数日後の朝。
家の作業場で義一が場力を三番スキルで高めていた。
三番短剣技【暴れ狛犬】。
小刀を片手で持ち、西の方角に向かって深く構え、殺気を放った。
それに何かが応えたのを感じた。
義一の主力スキルでもある。
三番以上のスキルには危険度と呼ばれる重要項目があり、それぞれに強い精神、または身体への負担がかかるために注意が必要とされている。
暴れ狛犬には狂暴性Cと身体損傷Cの警告マークがついている。
発動時間が長いと破壊衝動に理性が負ける場合がある他に、腕力も跳ね上がるため、戦闘中にその負荷で骨折することも多いのだ。
スキルの発動には解除役の同伴者をつけて戦うことが一応義務づけられている。
「義一サンの三番、相変わらず鋭いすね」
作業場の外から一人の若い男が義一に向かって言った。
協会所属の冒険者だ。濃緑色の防寒着を羽織っている。
よく見ると右腕がない。
同じく腰に短い刀を差している。
「いつも通りでやる」
「わかりました」
そう言って義一は男に木刀を渡した。
それを左手で受け取ると、刀身が黒く変色し始めた。
深山卓。
ある都会の境界防衛専門の永年冒険者だ。義一の連絡を受け、三日ほどかけて遥々この町までやってきた。
「俺もついていって大丈夫なんですか?」
二人の様子を後ろから眺めながら、慶一がすまなそうに言った。
「いい経験になる。協会には後で言う」
「いや、言わなくてもいいんじゃないですか?」
深山は軽い口調で黒くなった木刀を振りながら慶一を見た。
「番長が言ってた冒険者だな。スキル無しの源力持ち」
「番長?」
「俺のとこのギルド長だよ。あんた白紙で登録したんだってな。でも何ヶ所かでは見たやつが同じように源力の余波を確認してる」
「……?」
「あんたの筆跡だよ。申請書の。手練はそれでわかんだ」
どうやら何も考えずに書いたあの紙が普通ではなかったらしい。
書類は全て支部で控えられ、原本は本部に送られる。
そんな僅かな痕跡に自分の能力のようなものを見出した場所があることと、そこから来たというこの男に慶一は興味を示した。
老狼狩り。
冒険者としての初陣だ。
まだ手が震えないように意識するほど、二人とは違い慶一には実戦の経験はほとんどない。
歩き出す二人の背にただついていくだけでは駄目だ。
慶一は武器を持たされなかった。
刃物はお前の意気を殺してしまうからだ、と義一は言っていた。
何故、義一が今まで長く手をつけないでいたあの魔物に、自らその討伐を協会に願い出たのか。
協会は最低限の資金しか出さなかった。
今は急を要する案件ではないからだそうだ。
世界は広い。深山の立ち姿にも底が見えない力を感じた。
慶一はいかに自分がこれまで狭い世界にいたのかということを思い知らされた。
後方にいればいい、と言われたが何が起きるかはわからない。
自分の身は自分で守らなければならない。
やがて二人の歩く先に山が見えてきた。
朝焼けの中を秋の風が吹き抜け、木々や草花たちを揺らす音が聞こえていた。