87、追跡
蒼い庭園、千里村。領主の館の奥の客間にアリサはいた。床に置いた大きな紙に線を引いている。それがアリサの仕事だった。周りで樹一たちもそれを見守っている。
星界で釈迦に触れ、足跡を施した。それ以来、執拗に釈迦の足跡を追っていた。蒼い庭園にとって一番の懸念は外で突然、襲われることだった。冬士郎たちを犠牲にした大袈裟な作戦のおかげでその心配はなくなった。長らく闇に覆われていた梵天の動きの様子もわかるようになった。また、こちらの戦力を整えて奇襲をかけることもできるようになった。しかし、環境は揃ったが、肝心の戦力が足りない。御力を纏った一番と称される釈迦に深手を与えるには火属性の内界発動が必要になる。こちら側で火属性の自由技能持ちは樹一とパーンのみ。樹一の無残は乱発ができず、パーンの赤風は外界発動だ。新しい戦力がいる。
外門スキルは御力、犯自由技能で抗うことができる。オーラのぶつかり合いで上回れば破壊することもできる。
もう一つの対抗手段が火だ。火は灯せば気のぶつけ合いをしなくても外門をやわらげることができる。スキルにしろ実際の火にしろ発動させるだけで打ち消すことができる。これらの場合、本人だけではなく周囲にも効果をもたらすことができる。
しかし、火については有効なことはあまり知られていない。
御力か源力で外門の圧を上回れば、場の外門スキルは打ち消せるが何のスキルも持たない場合は源力など、自身のオーラで場力をつくるしかない。短時間なら僅かに外門に抗うことができる。破壊したり場の外門を弱める力はない。
外門スキルが一人を標的としているときは、スキルで繋がるのが有効だ。外門を肩代わりすることができる。肩代わりをした者が御力などで屈服させれば破壊することもできる。ここまでの方法で根源的に破壊できるのは御力を持ち自殺未遂をし、天体観測と、さらに火属性の内界発動までを持っている慶一のみだ。
梵天を相手取るにも外門と同じ、これらの力が必要になる。中でも最も有効なのが火だ。
十二番から三番までをどうにか葬ってきたが、釈迦は御力が強い。しかも、梵天の上位陣を殺したのは駆であり、肝心の駆の隕石は釈迦と相性が悪い。
駆が乱入し、撃破したのは、七番我殺、四番大我、三番弥勒の三体だ。弥勒は末法と呼ばれる分身を持ち、これは洞窟の中で慶一が相手をした。基本的に梵天は一度に一体しか動かすことができない。
梵天は人の最も強い姿と言われる火の民をモチーフにしている。梵天に入り込むことで現存する人間の限界を超えた動きができるようになる。どんな高さの断崖絶壁から落ちても内功を込めることで無傷で着地でき、逆に跳躍でどこまでも高く跳ぶことができる。空丸のように回転しながら突っ込むこともできる。空中で重心を自由に変え衝撃を相手に叩き込むこともできる。動かずに構えているだけで内功も湧き出てくる。この動きは実は蓮真も失格木偶で可能にしている。蒲生は火の民を真似ることで、蓮真は強い無様を用いることでフェイタルアドレスに入ることが可能である。究極の格闘ゲームを堪能できるといえる。
目を閉じ、足跡を確かめながら地図を書き、また目を閉じる。その繰り返しだった。釈迦がいるのは常に外地のどこかだった。ときどき森の奥深くで動きを止めた。おそらく操縦が別の梵天に移っている時間だろう。残る梵天は一番の釈迦と二番の観世音のみになる。従ってこの時間は二番に警戒しなくてはならない。こちら側で足跡の使い手はアリサしかいないため二番まで追うことはできない。奇襲を受けた際、被害の大きな釈迦をまず葬る必要がある。釈迦がまた動き始めた。
釈迦の動きをしばらく見ていた樹一があることに気がついた。釈迦はある場所を目指し、そこにたどり着くとまた次の場所へ向かうというような動きを繰り返していた。樹一はもう一枚の別な地図を持ってきて照らし合わせてみた。それは今まで倒した梵天のナンバーと場所が書かれている地図だった。予感は的中した。釈迦はこれまでに倒した十二番から三番までの墓を巡っているようだった。
――何のために?
おそらくは我々をおびき出すための行動だろうと思われた。千里村には至萌の世界樹があるから梵天は入ることができない。肩に残した気配から足跡の存在は気づかれているはずだ。それを早く消したがっているのかもしれない。
墓には梵天の残骸が残っている。まさか蘇りはしないだろうが何をしているのかが気になる。足跡での追跡の様子によると、墓にたどり着くと、一定時間そこに留まっているということがわかった。
私たちの知らない何かをしているのかもしれない。梵天は一体につき一つ固有の能力を持っている。釈迦の能力はブラックホールと呼ばれる特殊な空間を両手の間につくり、主に外界発動でつくられたエネルギーを吸収し、エネルギーボールを生成するというものだった。墓をどうにかする能力はないはずだ。
しかし、絶対はない。もし何かをしている場合、手遅れにもなりかねない。やはり確認した方がいいだろう。
蒼い庭園からも近い九番へ向かう釈迦を、そこで迎え撃つような形で戦力をそこに集結させることにした。