10、冒険者登録
帰り道。無言で山を下りてゆく慶一のすぐ後ろで朱里は照明魔法を手のひらの上に乗せてあとをつけた。
熊よけの鈴を鳴らして歩く。熊をよけるためと、ある魔物を呼んでしまわないためにだ。
懐中電灯をつけて歩く慶一もそのことは知っている。
熊程度なら恐れることはないが、問題は魔物だ。
この山には一体の魔物が住んでいる。老狼と呼ばれる、狼が獪転した魔物だ。
この世界では、人間が修行を積んで能力を高めるのと同じように魔物も進化によって生まれる。
実りが悪かったり、災害が起きたりなどの影響で負荷が増したりすると、生き残るために死線突破が動物たちにも起きる。
力や気配が急激に変わるため、人々は怖れて獪転と呼んでいた。
老狼は称号持ちの冒険者がようやく単独で撃破できるかどうかというレベルの魔物だ。
これまで山の麓に町が栄えなかったのはこのためでもある。義一も町の住民や協会支部からも幾度となく要請を受けてきたが、未だに果たせていない。
しかし、その生態についてはよく知っており、慶一と朱里も幼い頃から聞かされてきた。
老狼は常に一体でいる。性別は雄。山のどこかにいる老狼が攻撃の態勢に入るのは範囲内に入った二つの外敵に対してのみだ。
一つ目は殺意を持った人間。そしてもう一つは、自分よりも力が高いと判断した人間が威嚇したときだ。
かつて義一が協会所属の冒険者数名と捕獲目的で山に入ったとき、老狼は姿どころか気配すらも隠してしまった。
仕方なく、捕獲をあきらめ、山林ごと焼き払おう、隊のリーダーがそう判断した瞬間、遠く離れた山の中腹あたりで悍ましい遠吠えが上がった。
それを聞いた義一を除いた隊の全員が恐怖にかられその場で閉鎖陣形を広げた。
義一はただ一人、威圧の強撃を展開していた。
それぞれ九番と七番の布陣型定型スキルだ。殺意から威嚇へと気配を上書きしたことを示した。
もしこのときに義一が睨みを利かせられなければ隊は全滅していたというのはギルド内でも今も部外秘となっている。
山に向かう際は心を正しく持っていろ。
義一は家で二人にそう教え、二人もそれを守って山には入るようにしていた。
山を下りて町に着くと辺りはすっかり暗くなっていた。
慶一は前回、炎陣の余韻を残しながら山を下りた。
何も知らなかったからだ。魔物がどういうものか、自分の強さはどれくらいなのか。
あのとき魔物に狙われなかったのは、自分が強いからではなく弱いからだ。
まだまだだ。
称号付きなど、遥か遠く及ばない。
慶一は翌日、協会を訪れ、冒険者の一般登録を行った。
初級冒険者。
所持技能、なし。
スキルの登録にはその場での発動が条件となる。
登録後に担当官から学校への編入を勧められるほど、スキルの遅れは深刻と判断された。
当然のことだ。何も学んでこなかったのだから。
「請け負える任務が見つかるまでは今まで通りの仕事をしていて下さい」。
短い説明と書類を受け、慶一は仕方なく義一の元へと報告をしに戻った。