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さよならのその前に  作者: 大橋宇宙
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1-2

こういう時に限ってよくもまあ忘れるものだ。さっきまで詩織の事を考えてばかりいたはずなのにいつの間にか私は自分自身に呆れかえっていた。私は走って病院を飛び出し急いで自転車に飛び乗った。しばらく運動らしい運動をしていなかったからかすぐに息が切れて仕方がなかった。でもだからといって遅刻するわけにはいかなかった。それは私のプライドが許さない。

高校の時は無遅刻無欠席で皆勤賞を取った私だ。こんな些細な事で待ち合わせに遅れることなど己のプライドが許さなかった。

「どうして忘れてしまったんだろう」

ふとその疑問の答えを探そうとしたものの、すぐにそんな事を考えている暇がない事に気が付いた。

幸いなことに飲み会の場所は今いる場所から自転車で十五分ほどで行ける距離であり、それだったら何とか待ち合わせ時間までに着くことができる。しかし、それは目の前にある広大で真っ暗闇の墓地を迂回せずに堂々とど真ん中を突っ切った場合の話だ。普通だったら怖くてそんなコースなど選ぶはずがない。

それにそこは幽霊が出ると噂の霊園だ。霊園なんだから幽霊くらい出るだろうとツッコミが入りそうでならないが、本当にそういう噂があるのだ。大学の同級生たちが去年の夏に肝試しとしてその霊園に深夜訪れたそうだ。すると真っ暗の中白い服を着た男が遠くの方で突っ立っていたというのだ。彼らはそれを見てびびったのか一目散に逃げたものだからそれ以上の情報は彼らにはない。だが、そのような情報は大学のあちこちから聞こえ、季節に関わらずその墓地へ肝試しに行く大学生が大学内では後を絶たなかった。見た人たちの話によるとその男はメガネをかけてライトを向けると無言でこちらを睨みつけるらしい。ただの不審者の可能性も否めないがどちらにしても不気味であることには変わりはなかった。

 そんなわけでどんなに近道だろうともその霊園を突っ切ろうとする者などはいなかった。ましてや余裕を持って行動し、遅刻をしてこなかった私はというと、そもそも近道しなければいけないほど追い込まれることなどあるはずもなかった。 

だからこそかもしれない、その時の私は幽霊に遭遇するかもしれないとういう恐怖よりも飲み会に遅れるという焦りの方が勝っていた。

静まり返っている霊園の前の大きな門をくぐるとその先は街灯の明かりすらない真っ暗闇だ。自動車や街を行き交う人々が発する喧騒はこれっぽっちもない。微かに虫の鳴き声が聞こえるだけだ。私はそんなまるで田舎の森の中に来たような暗さと静けさの中で無心で自転車のペダルを漕いでいった。奥に進めば進むほど辺りは静まり返り灯りは遠のき不気味さは増す一方だった。心臓が激しく鼓動しているのは急いで漕いでいるからなのか、それとも恐怖で心臓が早く鼓動しているのか自分では判断が付かないほどだった。恐怖心を紛らわせようと「無心になれ、無心になれ」と自分自身に唱えたものの、唱えれば唱えるほど心臓は激しく鼓動するばかりだった。

唯一の救いは今日が満月の日という事だった。街灯に慣れて暮らしてきた私にとって月の明かりがこんなにも心強いものだという事実に初めて思い知らされた。だが、そんな安堵感は一瞬で潰えた。それはちょうど霊園の中央まで来た時だった。自転車のライトは先に見える人影を照らしていた。近づけば近づくほどその人影は視界に入ってきて仕方なかったものの私は必死に自転車で向かうべき道筋だけに集中しようと心掛けた。しかし、いくら怖くても好奇心はお構いなしだった。その人影は、その人物は白衣を着てメガネをかけていた。そして、こちらには興味がないようでどうやら頭を少し上げながら静かに、微動だにせず夜空を眺めているようだった。私が目の前を通り過ぎるのにも関わらず彼はまるでそこには夜空と彼しかいないかの如くただただそこでじっと佇んでいた。私は全速力でペダルを漕いでいたものだから彼の姿を間近に目にしたのは束の間の一瞬だった。しかし、その光景はどんなに短くとも私にとってはスローモーションの如く事細かく、そして鮮明に映り、私の脳裏にしっかりと刻まれたのだった。通り過ぎてすぐに私は後ろを振り返り、その幽霊なのか不審者なのかわからない人影を目で追った。どうやら彼はまだ微動だにせず夜空を眺めているようだった。

それを確認した私はギアを限界まで上げ出口へ急いだ。街灯の明かりまでもうすぐだ。


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