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「よっ!久しぶり、元気にしてるか?」
力仕事で汗をかき始めた頃、そう言って私に声を掛けてくる人がいた。ふと声のする方を見ると社長が倉庫の入り口で呑気にアイスを頬張っていた。
「こんなところで何してるんですか?社長。二号店の方は順調なんですか?」
「何って見ての通り休憩だよ。とりあえず今日は二号店の準備が一段落したから少しこっちに寄ってみたんだ」
「そういうことだったら商品の補充手伝ってくれませんか?私か弱い女の子なんでダンボール引っ張り出して商品漁るなんて出来ないんです」
「社長相手にすごい注文をするね、恋ちゃんは。やっぱり肝の据わった女の子は違うね」
「だってこういう仕事は男がしてくれなきゃ困りますよ。どっかの誰かさんが嫌がるせいで私がやるはめになるし。いい加減橘を辞めさせてくれません、社長?」
「またその話か…あいつはあいつでけっこう売り上げに貢献しているんだがな…」
「それでもほかの従業員が不快な思いをするくらいだったらそれもチャラですよ」
「そこまでいうならあいつを新店舗の方に誘うとか考えてはおくよ」
「考えるじゃなくて具体的に動いて下さいよ、社長」
「それじゃあ二か月後だ。本格的に二号店がオープンする少し前に改めて恋ちゃんにどうしたいのか聞くよ。その時になっても考えが変わらないようなら人の配置を動かす事にする。いいかい?」
「わかりました。それで妥協します。どうせ考えは変わりませんけど」
「いいかい、こっちとしてはあまり異動はさせたくないんだ。君たちはバイトの身だし、異動がきっかけでやめられても困るからね。だから君たちには出来る限り仲良くして欲しいんだよ」
「そんなのそっちの勝手じゃないですか。だったら私は私の勝手で辞めますよ」
「それだけじゃない。どんな所でも他人と折り合いがつけられずに衝突しているようじゃうまく生きてはいけない。人は一人では生きていけないからね」
「大丈夫ですよ、あいつくらいの変わり者そうそういないんで。ほかの人とはうまくやっていけますよ、私は」
「葛城君から聞いたよ、『すまなかった』って」
しばらく耳にしたくないと思っていた人の名前を急に聞き、私は補充する商品を取り出す作業の手を止め、社長の方を向いた。
「その表情を見るにこの話をするにはまだ早すぎたようだね」
「なんで知っているんですか、その話。ってかどこまで知っているんですか?」
「彼から直接仕事で悩んでるって相談を受けてね。その流れで彼から話を聞いたよ。いくらうまくいってないからって後輩を無理やり襲おうなんて真似は人として失格だった。申し訳なかったと言っていたよ」
「そうですか、でも私にはもう関係ない話です。あの人と関わる事はもうないので」
「彼は呑み込みが早くて頭は良かった。だからこそ色々と任せる事が出来たし、信頼をしていたよ。ただ、プライドが高くて八方美人なところがあった。そこが心配だった。彼が大手に内定をもらった時も社内競争も激しく彼以上に仕事が出来る人材がいるであろう環境で仕事を順調にこなせるのかどうか心配だった。どうせなら自分のところで社員として働かないかと誘ったが結果は知っての通りだ。彼から今回相談を受けたのは彼が実際に今の仕事を辞めてうちで社員として働く事を考え出したからだ。その上で君との事も話さずにはいられなかったんだろう」
「ここにあの人が戻ってくるんですか?冗談ですよね?」
「もちろんこの店舗に彼を引き入れるのは無理だ。だが二号店で働いてもらうことを今は考えてる。長年ここで働いていて仕事はだいたい覚えている。そして働きぶりも良く知っている。経営者からしたら人材としては十分だ」
「そうですか、私と一緒に彼が仕事をしないのであれば文句は言いません。好きにしてください。でもこっちの事情を知った上で彼をまた雇おうなんて考えるんですね。ちょっと見損ないましたよ」
「彼がいくら君にひどい仕打ちをしたとしても彼がこの店のためにしっかりと働いてくれていた事実は覆らないよ。彼の苦労もたくさん知っている。それを間近で見ながら世話したんだ。だからこそ君に『彼の事を許してくれ』とは言わないよ。でも君が彼の事を何と言おうと私は彼に助け船を出したい。これは人としておかしい事かな?」
「勝手にしてください。どうするか決める権限はただのバイトの私になんかないんで」
「そんな投げやりな言い方やめてくれよ。これでも恋ちゃんには長年この店に貢献してもらってる事に感謝しているんだから」
「そうですか、それよりもアイスさっさと食べないと溶けて零れ落ちますよ」
「おっと、ありがとう」
そう言って社長は溶けかけのアイスを一口で口に入れた。
「まっ、というわけだ。それじゃあ私はそろそろこの辺で帰らせてもらうよ。それじゃあお仕事頑張ってくれ、恋ちゃん」
「もう帰るんですか?」
「ああ、用事も済んだ事だしそろそろ帰るよ」
「用事ってまさかそのアイスを食べる事じゃないですよね?」
「まさか。それじゃあまた」
そう言って社長は倉庫を後にした。残された私は仕事の続きに取り掛かった。しばらくして汗臭くて仕方がないくらいに体力を消耗し、やっとの思いでリストに書かれた商品を取り出し終えた。そんな状況だったからこそリストが裏面にも書かれている事に気が付いた時の憤りは半端がなかった。ただ、怒ったところで周りにはもう誰もおらず、淡々と作業をこなすしか道はなかった。
そのバッジを見つけたのはそんな骨の折れるような作業も終わり、取り出した段ボールをしまっている最中だった。
それはビンゴ大会で手に入れたあのダサいピンバッジだ。それが何個も小袋に詰められて入っていた。それは倉庫の隅っこの奥の方でひっそりと隠れるようにしまわれていた。景品として使っても未だにこんなに残っているとはどれだけ不人気な商品なんだろう。私はもはやそのピンバッジを作った作者が不憫に思えて仕方なかった。そう思った私は袋に付いた埃を叩いてからそっとしまい倉庫を後にした。
店に戻るとこの店には珍しく七十代の老婆が何かの商品を探しに店を訪れていた。そしてさらに驚いたことにその老婆の相手を誰よりも先にしたのはあの橘だった。普段の彼なら客から声を掛けられない限り客の相手をしないほど接客態度の悪いはずの彼がだ。声を掛けられずとも困っている様子を察したのか「どうされました?何かお探しですか?」と聞いている橘の優しそうなその表情がとても印象深かった。耳が遠いのか橘の言葉を聞き直す素ぶりをその老婆がしても橘は嫌な顔一つせずに笑顔で耳元に近づいて話し直すのだった。そうやって二人寄り添いながら店内を巡回した二人だが目当ての物は見つからないようだった。すると橘は一人徳井さんの元へ行き助けを求めたようだった。話を聞いた徳井さんは喜んだ様子で奥の倉庫に向かった。しばらくして戻ってきた徳井さんが右手に握っていたのはあの例のピンバッジだった。倉庫に眠っていたような商品を求める客がいるなど珍しいものだ。それがあのヘンテコなキャラクターのピンバッジなのだから世の中は物好きで溢れている。
老婆はそのピンバッジを受け取るや否や何度も頭を下げて礼を言っているようだった。
「なかなか珍しいお客さんですね。年齢層もですが、倉庫に眠っていたような商品探してたとかだいぶ物好きですね」
客が帰ったのを見届けてから私はそう徳井さんに声を掛けた。
「あれは私が仕入れた物だからあまり悪口を言わないでくれるかな、恋ちゃん」
「ええ!そうだったんですか?この前のビンゴ大会で貰いましたけどあれほど嬉しくない景品は初めてでしたよ」
「ちょっと!恋ちゃん!」
「冗談ですって。でもなんであんな商品仕入れたんですか?」
「だからあんなのって言うんじゃない。あれは私の地元のマスコットキャラなの。結構有名な作家が描いたはずなんだけどその人の画風がそもそも可愛らしいマスコットキャラを描くようなものじゃなくてね。パッとしないデザインだったけど描いたのは大物作家だから直しも何もなかったんじゃないかな。結果として地元の人には作者のネームバリューのお陰でそこそこ人気はあったけど地元以外ではそのパッとしないデザインのせいで他の全国のマスコットの中に埋もれちゃったみたい。でも私はそのパッとしないそのデザイン、個性的で好きだし地元愛もあって宣伝したくてね。見込みないけど仕入れたの。結果は全然売れなくて失敗したけどわざわざあの商品を探しに来たおばちゃんが一人いただけでも救われたわ」
「へえ、徳井さんにそういう地元愛があるなんて意外です。こっちの勝手なイメージですけど色々な街を転々としてそうですもの、徳井さんは」
「まあ外れてはいないかな。でも長年暮らしてきた街だもの、愛着あるよ。あんな思い出からこんな思い出、色々な事をあの街で経験してきたからね」
「そういえば徳井さんの昔話あんまり聞いたことがなかったですね」
「何?興味あるの?話すと長いから今度時間がある時にでもゆっくり話すよ。そんなことよりも驚いたのは橘君のあの接客態度だね。意外と優しいところあるじゃん」
「ほんと他の客にもああいう対応すればもっとスムーズにいくのになんでそうしないんですかね?」
「さあね、それはそれで彼なりの事情があるんでしょ?今度直接聞いてみればいいんじゃないの?」
「嫌ですね」私はきっぱりそう言った。
「相変わらず頑固ね、恋ちゃんは」徳井さんは呆れたようにそう言った。




