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さよならのその前に  作者: 大橋宇宙
22/29

6-2

 拝啓 加賀美 恋様


やっほー!元気?詩織だよ!今、夜にこの手紙を書いてます。恋が怒って部屋出た後、私もいろいろ考えたんだ。なんでこうなっちゃったんだろうって。そしたら私の気持ちを素直に伝えるべきだったのかなって思ったの。

でもさ、私たちいつも下らない話ばっかでしょ。真剣な話といっても恋愛の愚痴とかを聞いてもらってたりしているくらい。だからなんか真剣な話を恋としようとしても恥ずかしくてうまく話せないかなって思ってこうやって手紙にすることにしました。これだったら直しが利くからね、いいよね、手紙サイコー!


さてとふざけるのはこの辺にして本題に入ろうかと思います。私さ、まず一つ嘘ついてた。

私が高寺さんに気があるから恋にその手伝いを持ちかけていたと思うけど、違うの。


私は高寺さんと恋をくっつけようとしていたの。


どういうことか、そもそものきっかけから話すね。

私、ただのひどい風邪だと思って念のため診察受けたらこの病気の事が分かったじゃん?さすがの私も初め聞いた時は「どうしたらいいんだろう、わたしもうすぐ死ぬのかな」とか考え出しちゃって不安で仕方なかったし怖くて怖くて夜も寝れなかった。そんな状態だったから皆からのお見舞いや応援はとても嬉しかった。そんな中でもね、特に驚きだったのがどこからか噂を聞きつけて連絡を入れてくれた元彼達!だいたい私は喧嘩して別れるパターンばっかだったじゃん?「もうこいつとは絶対連絡しない」と思ってた相手ばかりだったからまさかこういう形で連絡が来るとは思いもしてなかったの。

「久しぶり、○○から聞いたよ、詩織の病気の事。詩織とは色々あったけど、それでも一度は愛した相手だから元気になって欲しい。何かあれば非力な俺だけど力になります。絶対死ぬんじゃねーぞ!」とか「あんな別れ方したものだから、俺自身もう何があっても連絡する事はないと思っていたけどやっぱり気になったから連絡したよ。あの時はごめん。今思うと俺自身幼稚で迷惑かけたと思う。今更かもしれないし、こんな時にやり直してほしいなんて言わないけど詩織からは何だかんだ言って色々なものをもらってきたからそんな君には病気に負けないで元気でいて欲しい」とか…

さすがに全員から連絡来たわけではなかったけどさ、こういう事言われちゃうとさ、元彼の嫌だった所とか別れた原因とかくらいしか頭に残ってなかったはずなのに不思議と楽しかった時の思い出を思い出しちゃったんだよね。

 そうするとさ、恋愛経験はたくさんしてきたけどいい恋愛は全然してなかったなと思ってた私のこれまでの恋愛も捨てたもんじゃないなって思えてきたの。私は何だかんだ言って彼らのお陰で今の私が形作られているわけで、「たとえどんな恋愛でもどんな結末であれ、その人の人生の糧になってるんじゃないか」ってね。なんかそんな風に思えてきてね。

そんな事考えちゃったらさ、「あーこれすっごくいいわ、何とかして恋にも伝えられないかな」って思ったの。

 あなただよ、頑なに私は恋愛とか結構ですっとか言ってる、あ・な・た!

 ありのままに言ったところで私はそんなのいいよとか言って終わっちゃいそうだったからさ。だからどうしようか迷ってたの。そしたら担当の先生が気になったんだよね。恋愛対象としてではないよ、なんか恋に似ているなって思ったの。ほんとだよ?なんか一人で遠くを眺めて考え事している時の表情とかそっくり。同じ空気を持ってるなと思ったの。この二人をくっつけてみたら面白いんじゃないか、あわよくば二人がくっつくような事があれば私が恋に伝えたい事も少しは伝わるかなってなんかそう思ったの。

そしたら行動あるのみだよね。だから嘘ついたの。恋に恋のキューピットになってってね。

でも結局のところ今日恋を怒らせちゃったわけ。これ以上嘘ついて変にこっちの望む方向に誘導しようにも無理があるし恋に誤解を与えるだけな気がしたの。

それに気が付いたの。伝わらなさそうだからこうやって曲がりくねった伝え方をしたんじゃなくて、万が一正直に言って伝わらない事を恐れていたからこんな曲がりくねった伝え方をしたんじゃないかって。

せっかくこれまでの私の人生の中で見つけたありがたい教訓を恋に伝えても「あら、そう。そんな事ですか。残念だけど私は興味ないわ」って否定されるのが怖かったの。

私もまだまだ未熟者だよね。死ぬ事も覚悟が決まって明るく元気に友達の為に何か残そうと思っているパワフルな女の子だと自分では思ってたのにそんな些細な事にビビってるんだから。


私が臆病者なばかりに正直に伝えられずにごめんね。

私がこれまでの人生の中で伝えられるのは「どんな形で終わろうと恋愛はいいよ!」って事。その分何かしら得るものはあるし、その時は辛くても楽しいよって事。なんかちょっと薄っぺらいかな?でも私は今、心の底からそう思うよ。

あともう一つ。仮に高寺さんとくっつけようとしているのを気が付いていたなら謝ります。ごめんなさい。でもね、二人は気が合うと私は思うんだ。じゃないとくっつけようとは思わないもん。結局どうするかは恋次第だけど、私は二人はお似合いだと思うよ、ほんとに。


さてとこの手紙はいつ読まれるのかな…私退院してるかな…この手紙以降はもっと正直に話すようにするね。それじゃあ

谷口 詩織より



「この手紙をあの日の朝に彼女から受け取ったんだ。『今度タイミング見計らって恋に渡して』ってね。恥ずかしがりながら渡してくるからどういう内容だと思ったらこんな内容だった。彼女が亡くなってしまったものだからこれをいつ渡すべきか、そもそも渡すべきなのか悩んだんだ。遅くなってすまない」

そう言って高寺さんは再度頭を下げた。

「高寺さんは気が付いてたんですか?詩織が私と高寺さんをくっつけようとしていた事」

「普段の接し方から彼女が僕に好意を抱いているわけではない事は察してたよ。ただこれは君と彼女の事だから僕は敢えて首を突っ込まないようにしていた。僕は終始担当医と患者という立場は崩さなかったからね」

「それは何とも冷静と言うか冷めているというか…」

「あまり情に流されているとこの仕事は務まらないからね」

「そうですか…」

 そう言った私は次の言葉を言うべきか否か躊躇した。しかし、躊躇してもそこには冷めた沈黙しかなかった。私は諦めて一旦深呼吸をしたのち口を開くことにした。

「私、実はあの日憧れてた先輩に会ってたんです。でも彼、大切にしていた彼女さんとは別れちゃってて仕事もうまくいかないからって前々から自分に気があると思った私を襲おうとしたんです。その時はショック過ぎてなんでそこまでショックなのか分からないくらいショックでした。でも時間が経った今なら分かるんです。私は何だかんだ言ってあの人の事が好きだったんだって。周りからほんとは好きなんでしょ?って茶化されてもそういう類の好きじゃないんだと自分自身に言い聞かせてきましたけど、もう認めるしかないんです。彼の事が好きだった。そうじゃなきゃあの感情は説明できないし私自身認めないと前に進めないんです。彼は自身に好意を寄せる女を利用する事で、仕事も恋も上手くいかずに虚しくなった心を誤魔化そうとした。私は好きな人にそういう扱いされた、彼のそんなみっともない姿を見てしまった。それがショックだったんです。その事実に向き合わなきゃいつまで経っても堂々巡りする自分がいた。何ですぐにそれを認める事が出来なかったのかなって思っちゃうんです。それができたら詩織に当たり散らす事もせずに済んだのかなって。何でわざわざ私が傷ついている事を詩織は掘り起こそうとしたのかな…なんで翌日なんかに死ぬのかな…タイミングが最悪ですよホント…」

「悔やんだところでどうも出来ないよ」

「だってこんな手紙を読まされたりした日にゃ悔しくてしょうがないじゃないですか!」

私はしたたり落ちる涙を手で拭い去りながらそう叫んだ。それに対して高寺さんは私の腕を引っ張り体を引き寄せ、まるで羽毛布団のように私を優しく包み込むように抱きしめた。

「ごめん」高寺さんは耳元で囁くようにそう言った。

「何が『ごめん』なんですか?」

「僕がこうやって手紙を渡そうか悩んでいる間、君はすごく苦しんでいたんだなってそう思ったから」

 その言葉を聞いて私はワンワンと声を出して泣いた。今まで溜め込んできた感情という感情が音を立てて流れ落ちてくるようだった。それに対して彼は相変わらず同じような力加減で私を包み込むように抱きしめるのだった。


 散々泣いて落ち着きを取り戻した私はそっと彼から体を離した。

「ありがとうございます。おかげですっきりしました。なんか患者とその友達のいざこざに巻き込んでしまっちゃってすみません」

 と私は恥ずかしさを誤魔化しながらそう謝った。

「君が謝る必要はないよ。これは僕の個人的な考えだけど、悲しい事があっても出来るだけ見方を変えて物事をポジティブに考えるといいと思うんだ。生きている僕らがしてあげられる事は死んでいった詩織ちゃんの為にそうやって前を向いて元気に生きる事なんじゃないかって、僕は思うんだ。だから恋ちゃんもすみませんって謝るんじゃなくて、素敵な男性にハグしてもらえたって思うべきなんだ」

「フフフ、よくそんな真顔で冗談が言えますね」

「素敵な男だろ?冗談なんかじゃないよ?」

 そう言いながら高寺さんは笑いを堪えることなく笑うのだった。

「しょーがないからそういう事にしてあげます」

 そう言って私は彼に抱きついた。

「しばらくこうしていていいですか?」と私は聞いた。

「いいとも、時間はたっぷりある」

「あとひとついいですか?」

「なんだい?」

「高寺さんの事、好きになっちゃうかもしれないです」

「それはそれは…人類皆兄弟だからね」

「そういう意味じゃないんですけど」

「冗談だよ、それについてはしばらくして気持ちが落ち着いた頃に改めて聞こうか。今は気持ちが弱っている時だ、そんな気持ちになっても仕方がない」

「なんとも冷静でつまらない返答ですね」

「つまり冷静沈着で判断能力に優れているということだね」

「よく自分の事、自画自賛できますね」

「その方がよっぽど幸せだからね、選択の余地はないんだよ」

「あら、そうですか」

「ああ、そうとも」

 そうして私たちはそっと体を離し、お互いの顔を見つめながら笑いあった。

「これから何度か会いに行っても良いですか?」と私は聞いた。

「あっちに行くまでの手続きをしなければいけないけどあの病院はもう辞めている身だ、時間はある。構わないよ」

「それじゃあ気が向くままに会いに行きますね」

「ここを旅立つまでの短い間だろうが、どうぞ、どうぞ」

「じゃあ、さっそくですけどこの後食事とかどうですか?」

「すまない、この後はちょっとやることがあるから無理なんだ。また今度日程を調整しよう」

「残念だな、わかりました。いつなら空いてますか?」

 そして、私たちは次に会う日程を決め、高寺さんとは駅で別れた。高寺さんを見送った後私はすぐさま徳井さんに電話を入れた。

「恋ちゃん、私が休憩中だと分かった上でわざと電話かけてきたの?」

「ええもちろん、徳井さんの声が聴きたくて」

「それはそれは嬉しい事をおっしゃる。それで何かな?バイト休みなのをいいことに茶化しの電話を入れたわけではないんでしょ?」

「仕事が終わった後でいいんで一緒にご飯食べないですか?」

「あらあら急に。時間がだいぶ遅くて夜食になっちゃうけどそれでもいい?」

「ええ、いいです」

「わかった。それじゃあまた後でね。それと元気そうだね、恋ちゃん。声で分かるよ」

「そうですか?」とわざとらしく私は聞き返した。

「そうそう、やっと恋ちゃんらしくなったようで何よりだよ。後でゆっくり話は聞くからね、それじゃあ」


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