五
彼女の納骨が済んで初めて彼女が眠る墓地に来たが僕ら以外には人の姿はないようだった。
「ほら、よく見てみな、京香。模試の判定どれもAだ。よっぽどのヘマさえしなきゃ医学部合格間違いなしだ!どうだ、安心したか?」
僕は真戸京香の墓に向かってそう問いかけた。
「やっぱり返事も何もないし手応えがないな」
「当たり前じゃないですか、先輩。目の前にあるのは所詮墓石ですよ。人間みたいに話すわけないじゃないですか」
同行したりっちゃんは呆れた様子で言ってきた。
「そうじゃないんだよ。みんなこうやってお墓参りするだろ?その際に何かしら感じ取っているもんだと思ってたんだ。そういうものがないと何の為に墓参りするんだって事になるだろ?だからそういうものが何もなくて少しがっかりしているというわけ」
「そんな事期待してる人なんているんですかね?大体の人は義務でやってるだけだったり何もなくとも『墓参りをする』という事実に意味を見出しているんじゃないですか?何かを期待するものじゃないですよ」
「そうか…それはなんか寂しいな…」
「そんな事よりも先輩は模試の結果にあぐらをかいて不合格になんかならない様に頑張って下さいよ。それが何よりも京香先輩の為なんでしょ?」
「おう!大丈夫!任せなさい!」
そう言いながら僕は少しおどけてみせた。
「頑張って下さいよ、本当に」
「それよりもりっちゃんはりっちゃんで留学資金の方はどうなってるの?」
「ありがたい事に親が半分出してくれる事になりました。だから三年になる頃には確実にお金は準備できるんじゃないですかね。問題は留学終わってこっちの大学に復学するまでの間の世界一周の資金がどれだけ貯まるかです。正直こっちの方がキリがないかもしれないですね。行きたいところ数え切れないし」
「本当に世界一周するんだね」
「そうですよ、本気ですよ。前までは漠然といつか行きたいなとは思ってましたけど行きたいうちに行こうって私決心しましたから。それもこれも京香先輩の影響があるかなって思ってるんですよ。今生きてる事はとても貴重な事で、それこそ漠然と生きるんじゃなくて精一杯生きないといけないと京香先輩の生き様を見てたら思ったんです。だからこそ今出来る事は今のうちにやってしまおうってそう思ったんです。だから世界一周の計画もいつかの将来じゃなくて二年後の留学終わりにやろうって決めたんです。なので残念ですけど京香先輩の願いは叶えてあげられそうにないですね。私、先輩の事は今でも好きですけど一年以上も恋人と離れ離れで上手くやっていく自信がないですから」
「おいおい、こっちから付き合ってなんて一言も言ってないのに、いったいりっちゃんから何回振られたらいいんだよ、まったく」
と僕は笑いながら言った。
「ごめんなさい、先輩。私の運命の人は先輩じゃなかったみたいなんで」
「あっ調子に乗ったな、こいつ!せっかく世界に羽ばたくりっちゃんにちょうどいいプレゼント用意したのに、まったく」
「えっプレゼントですか?わーいわーいありがとうございます!」
「おいおい、まだ渡すなんて一言も言ってないぞ。調子に乗りやがって」
「いいじゃないですか、私のために用意したんだから渡さないわけないじゃないですか」
「しょうがないな、今回だけだからな」
僕はそう言って彼女にプレゼントとして持ってきた来年のカレンダーを渡した。
「この前たまたま見つけたんだ。世界中の絶景が載ってて行き方まで書いている優れもの。これを見ながら世界一周まで気持ちを膨らませておいてよ」
カレンダーを何度もめくりながら眺めるりっちゃんに対して僕はそう言った。
「嬉しいです。今までで貰ったプレゼントの中で一番嬉しいです」
目を輝かせながらりっちゃんはそう言った。
「そんなに喜んでくれるなら用意した僕も嬉しいよ」
京香の死からもう一ヶ月以上時は過ぎていた。あの時はこうやって彼女の事を思い返しながら誰かと笑いあう光景など想像がつかなかった。なんせ物心ついた頃から京香の事を追いかけ、京香の為に医者を目指していた僕にとって彼女を失った事は生きる意味を失うに等しかった。彼女がいない世界は僕の生きる世界ではなかったのだ。だからこそそんな自分を受け入れ寄り添ってくれる彼女の存在は太陽とまで呼ばなくても僕を照らしてくれる大切な光だった。
「俺はさ、京香の為に太陽にならなくっちゃって思ってたんだ。それをいつも念頭において頑張ってた。でも彼女を亡くしてよく分かったんだ。俺は太陽である京香がいるからこそ輝く事が出来た月でしかなかったんだって。だからこれからが本当の意味で試されているのかなって。どうすれば太陽になれるのか方法は未だによくわからないけど本気で太陽になるつもりなら彼女を亡くした今こそ真価が問われる時なのかなって思うんだ。彼女が俺の立場だったらそう考えるんじゃないかな。死んでいった人の分まで精一杯明るく元気に生きる。それこそ死んでいった彼女の為に俺がしてあげられる事なのかなって今は思うんだ」
「いいんじゃないですか。真戸先輩は最後まで先輩が元気で幸せであればなんだっていいって思ってたはずですから」
「そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう。お互い頑張ろうな、自分の目指す目標に向かって。俺は医者として、君は海外を飛び回って人生を謳歌して」
「お互いが目標に向かって励まし合うって事ですか?いいですね。男女の友情ですか」
「まあそうなるね」
「私、そういう男女の友情ってあんまり信じてなかったですけどこういう形は結構好きかもしれませんね。だって先輩とまさかこういう形で今でも仲良く連絡を取りあえる仲になれるなんて思ってもなかったですもの。応援してますから是非とも私の事もしっかり応援して下さいね」
「もちろん、応援するさ」
「あっそれとさっき言いそびれましたけど、仮に私が世界一周から帰ってきた時に他に目ぼしい相手がいない様だったらその時は先輩と付き合っても良いですよ」
「おいおい、後輩のくせしていつのまに生意気になったんだよ!先輩、悲しいぞ!」
僕らはそうやって冗談を言いながら笑いあい、定期的に連絡を取っては時に気分転換として一緒に食事に出かけた。はたから見ればカップルのデート以外のなにものでもなかっただろう。でも僕らは終始友人として付き合った。それは京香の存在があったからであり互いが恋人よりも優先するものがあったからでもあった。だからこそそれ以上踏み込んだ関係になる事はなかった。僕はいつかどちらかに恋人が出来ようともこの関係は続くものだと思っていた。それほど居心地が良かったのだ。それは彼女にとっても同様だろうと思っていた。
しかし、物事はそう都合良くいくことはなかった。それから数ヶ月後、突如として彼女と連絡がつかなくなった。電話もメールもSNSも全てが一度に連絡が取れない状態になった。あまりに突然の事で僕は混乱した。しかし混乱したところで連絡が取れないようでは僕には何もなす術がなかった。僕が出来る事は彼女が元気でいることを願ってただただ黙々と受験勉強を続ける事しかなかった。
翌年の冬、僕は最後のチャンスになるであろう大学受験を何とか合格で締めくくる事が出来た。合格通知の日、僕はあの時と同じように彼女の墓石に対して語りかける様に合格を伝えた。そして前と同じように何の返事も手応えもなかった。ただ一人墓石に話しかけていた。周りには誰もいなかった。空はどんよりと曇っていていっそのこと雨か雪でも降ってくれた方が気持ち良いと思ったものの、雨も雪も一粒も落ちてくることはなかった。ただただ虚しさだけがそこにあった。




