4-2
一人取り残された私はわずかに残っていたスムージーを飲み干すとバーベキューを行っている庭先に目を向けた。そこでは詩織のお父さんとGBAILYの社長と柳瀬さんが汗を垂らしながら肉を焼いていた。その傍でその様子を眺めつつ、時にはちょっかいを言う小早川さんは焼き立てのお肉を幸せそうに頬張っていた。
「私も頂いていいですか?」
「恋ちゃん!幹事お疲れ様!ほらほらどんどん食べて!省吾、網がだいぶ汚れてきてるんじゃないの?さっさと新しい網用意して!」
「言われなくても分かってるよ、恋ちゃんちょっと待っててね」
小早川さんの言葉をさらっと受け流すように答えた柳瀬さんは手際よく網を取り、新しい網に交換しに行った。
「なんかすっかり尻に敷いた感じですね」
「それは私と省吾の事言ってるの?」
「もちろん」私は即答した。
「あの一件以来気が付いたらこんな感じになってたんだよね。なんかお互いこんな感じの方がしっくりくるみたい」
「じゃあ、あれ以来仲がぐっと縮まったってことですか?」
「うーん一言で言えばそうなのかな」
「なんですか、その間は。前よりラブラブになったならすぐにそういえばいいだけじゃないですか」
「理想とはちょっと違ったからこれでいいのかどうか私にはよくわからないって事」
「ちょっと不安になるような事言わないでくださいよ、小早川さん」
「ごめん、ごめん。あのね、仲は前よりもいいの。それは間違いない。でも少女まんがとかで夢見てた、いちゃいちゃみたいなのがなくなって。なんだろう…高揚感みたいなのかな。ちょっと前までは彼の事で頭が一杯だったの。ずっと想ってきてやっと付き合う事が出来て付き合い始めだったのもあるし、多少浮かれるんだろうなと私自身思ってたけどね。時間が経てば多少落ち着くのは色んな所から知識として知っていたから予想はしてたけど、ここまでなのかって思った。だからちょっと戸惑ってる私がいるの。でもその代わり居心地はいいよ。落ち着く。前はこれまでの癖なのか、どうしても嫌われたくない気持ちのせいで突っ込んだ事言えなくて少しずつモヤモヤしたもの溜めてたの。それがあの事件をきっかけに爆発して。仲直りした時に気が付いたの。『私たちは中々いない変わり物同士で気が合うんだから小さな事くらいどうって事ない』って。だからいちいち小さな事で嫌われるかもって気にしながら接するのをやめようって思ってそしたらこうなっちゃった」
小早川さんはそう言いながら肩をすくめて両手のひらを上に上げ、まるで「困ったものだよ、まったく」と言わんばかりのジェスチャーをした。でもその表情はまったく困っているようではなくむしろそれを楽しんでいるような明るい表情だった。
「それで小早川さんは幸せなんですか?」
「ん…うん、そうだね。前と比べたら今の方が幸せかも」
「ならそれでいいじゃないですか。正しいとか間違ってるとかどうでもいいじゃないですか。本人が幸せなら」
「そっか…そうだよね。ありがとう、恋ちゃん。良い事言うね!」
「あとは柳瀬さんが逆に溜め込んでいないといいですね」
「そうだね。でもたぶん大丈夫。前よりかは小さな喧嘩増えたけど、その分お互い言いたい事はその時言うように気をつけてるから。でも、もしなんかあったら相談よろしくね!」
「いいですよ、私は相談役がお似合いですから」
「何それ自虐なの?」
小早川さんに笑いながらそうツッコミを受けつつも私は黙々と焼き立てのお肉、たまに野菜を口にした。そうこうしていると新しい網を持って柳瀬さんがやってきた。社長や詩織のお父さんに代わり柳瀬さんは率先して動いていた。小早川さんは焼いたお肉を柳瀬さんにあーんさせて食べさせていた。何だかんだいいつつ二人は仲は安泰のようだ。
「よう!久々だな!元気にしてるか?」
社長はそう言いながら焼きたてのお肉を私の紙皿に乗せてきた。
「ほんとに久々ですよね。徳井さんが店長として雇われるまで毎日のように姿見てたのに。次の店舗の準備は順調ですか?」
「もちろん、順調だよ。土地も店の内装も決まってきてる、あとはいい人材をどれだけ集められるかかな」
「それで余裕があるからこっちにも顔出ししてくれたんですか?」
「余裕ってわけでもないよ。やる事はまだまだあるよ。でも時間があるなし関係なく今日は顔を出すって決めてたよ。詩織ちゃんにはだいぶお店に貢献してもらったからね。こういう所で誠意を出してあげないと」
「おっそんな風に思ってくれていたんですね、人が足りなくていつも詩織とともシフトに入れられてた思い出が強いですけど」
「相変わらずだな、恋ちゃんは。それじゃあ男寄り付かないよ」
「余計なお世話ですね」
「まったく…いくらバイトだとしてもこの店のために働いてもらった大事な人材だよ。あの店は君たちの個性が前面に出てくれたからこそ成り立っていたんだ。俺はそれを経営面で管理していただけだ。皆を社員に出来るならとっくに申し出てるよ。そうできるほど経営は簡単な事じゃないけどね」
「ふーん、そう見てたんですね、意外だな」
「面接はちゃんと俺がしてるからな。面接だけじゃ判断しきれはしないが人を見る目は自信があるぞ、俺は」
「じゃあ橘も見込みがあったから採用したんですか?」
「もちろん。だから採用した。それと徳井からちょくちょく話は聞くがお前、あいつの事嫌いみたいだな」
「よくご存じで」
「まったく…大事な人材だからちゃんと仲良くしてくれよな」
「ええ…いやですよ。だったら辞めちゃおうかな…」
「あっここでそんな事言うなんて失望したぞ、まったく。とにかくよろしく頼むな。もし本気なら新店舗への引き抜きも考えておくけどな」
「はーい。社長」
そう言いながら私はちょうどよく焼けた肉を取りタレにつけて頬張った。こういう天気の良い日に焼き立てお肉を頬張っていたらお酒が欲しくなるよなとふと思った私は用意してあったお酒を取りに行く事にした。まだ開けていないチューハイの缶があったはずだ。庭の日陰に置かれた氷水の張ったクーラーボックスの中からチューハイを手にした。ありがたい事にまだ目当てのものは残っていたようだ。冷たく冷えたそのチューハイを私はすぐさま開け勢い良く飲んだ。うん、やっぱりおいしい。
店番をしている徳井さんと橘、そして安達君以外は社長を含め全員誕生日会に参加しているはずだが、どうしても上原さんの姿が見当たらなかった。普段であれば酔っぱらった上原さんを見つければそこにお酒があるくらいお酒とは切り離せない存在のはずなのに。彼女の姿を見つけたのは冷蔵庫に閉まっていた肉を取りに行く時だった。上原さんはキッチン付近の椅子に気配を消すようにして座っていた。そして珍しく酔った様子もなくちびちびとグラスのお酒を飲みながら外でバーベキューを行う皆を物静かに眺めていた。
「どうしたんですか?飲んだらいつも騒いでる上原さんらしくないじゃないですか」
「ちょっとね、私もそういう時もあるのよ」
「へえ、上原さんもそういうことあるんですね」
「こっちだっていろいろあるからね」
「それは今話せる事ですか?」
「残念、恋ちゃん。今は話せないかな。でも時がくればどのみち伝えないといけないかな…」
「ふーん…とにかく私は元気な上原さんが好きですよ」
「ありがとう、恋ちゃん」
物静かに微笑しながら上原さんはそう言った。
お肉は思いの外よく焼かれたのか用意してあったお肉も大きなお皿一枚分くらいしか残っていなかった。これはまた誰かが抜け出して買い足しに行くしかないかと私は思ったものの詩織のお母さんの考えは違ったようだった。
「恋ちゃん、そろそろ例のアレを用意しましょう!」
「はーい、お母さん、分かりました。今行きます!」
未だに静かに座りながら外の様子を眺める上原さんの事が気になったものの詩織のお母さんにバースデーケーキを出すように頼まれた私は促されるようにその場を後にした。
外では社長が司会を行いながらビンゴ大会が行なわれていた。景品の多くは社長が用意した、店の商品か社長が個人的に用意してきた粗品たちだった。まだ誰も景品を手にしてはいなかったが詩織はもう抱えきれないほどのプレゼントに埋もれており、景品が当たらずともお腹がいっぱいの様だった。私はそんな様子を遠目に眺めながらケーキの準備を急いだ。
バースデーケーキは私たちがよくバイトの帰り道で食べていたお店のチョコレートケーキを用意した。詩織はいつもそのケーキを飽きずに頼んでは食べていたのだ。ほかの選択肢などむしろなかった。
大事な二十歳の誕生日だったためローソクを刺したバースデーケーキを運ぶ役はただの友人である私ではなく両親がするべきと主張したものの、二人は「ぜひともこの誕生日会を企画した恋ちゃんがやって欲しい」と譲らなかった。
詩織がビンゴしたタイミングでケーキを出すつもりで待っていたがその時は思いのほかすぐきた。もう充分過ぎるほどプレゼントをもらっているにも関わらず一番乗りにビンゴして景品の中で一番高価な景品を詩織は手にしていた。まったく運のいい奴だ。皆が歌うバースデーソングと共に登場したケーキに満面の笑みを浮かべると詩織はまるで病気である事が嘘のように勢いよく息を吹きかけ火を一度で消し去った。
「ありがとう、恋。大好き!」
詩織はそう言いながら満面の笑みと共に私に勢いよく抱きついてきた。病気のせいで彼女の体は少しばかり細く感じたもののその体はとても暖かかった。そのようなテンションの高い彼女の振る舞いはまるで年下の妹を相手にしているような錯覚をもたらした。でもこんな可愛らしく愛らしい妹なら大歓迎なのかもしれない。
「ううん、こっちこそありがとう。私も大好きだよ。詩織」
そう言いながら私はこの誕生日会を開いて良かったと心の底から思ったのだった。その代わりその瞬間の景色は目が潤んで良く見えなかった。泣いている事をいじられるのが嫌だった私はとっさに上を向いた。気が付けば空はもう綺麗な夕日に染まっていた。夜はもうすぐそこだった。




