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詩織の誕生日は心地よい風が吹く快晴の日に開催することが出来た。念には念をと雨天時の予定も考えてはいたが有難い事に天気に恵まれた。おかげで予定通り詩織の実家にある庭を存分に使いバーベキューをすることが出来た。私と詩織のお母さんの二人でサラダやフルーツの盛り合わせを用意し、詩織のお父さんには大きなチョコレートケーキを用意してもらった。客は詩織と共に仕事をしてきたGBAILYの仕事仲間に、社長もやってきた。あとは高校時代の友人を何人か呼んでのバースデーパーティーとなった。
「輪の中に入らなくていいのかい?」
端で詩織と高校時代の友人たちがしゃべる様子を眺めている私を見かねたのか、何かあった時の為にと彼女の二十歳の誕生日会に同行した担当医である高寺さんはそう聞いてきた。
「いいんですよ、主役は私じゃないし、今日は黒子に徹しますよ」
「そうか」
と淡々と高寺さんは返事を返した
「別に誕生日会だからってだけじゃなくて昔からそうなんです。彼女は太陽で私は月。そんな関係なんです、私たち。クラスでもこんなでした。彼女の周りに人が群がっている時は私は一人静かに読書するか、勉強しているかのどちらか。それでほかの友達が彼女の周りから離れた頃に彼女の方から私に寄って来て相談事とかレトロなお店で見つけた海外の雑貨の話とかしてました。彼女は友達も多い分おしゃべりばかり、私は彼女に話しかけられない限り黙々と勉学に励んでいたから成績も私の方が上で教える事の方が多かった。でもいざ受験ってなって詩織もやりたいこと見つけて『私あの大学に絶対合格して上京する』って言い始めて、そこから彼女成績ガンガン上がってあっという間に私追い抜いて一発で合格して本当に上京しちゃったんです。彼女よりも勝っているのは勉強くらいだったから彼女が合格したのを聞いた時は正直素直には喜べなかった。彼女に勝てる物何もないようでそんな自分が何か惨めに思えて。でも私の気持ちに関係なく彼女は今までどおりに接してくるわけです。下らない冗談言ったり、時には恋愛経験何て全然な私に対して恋愛相談したり。何だかんだいって彼女の友達の中で一番接点が多いのが私みたいで詩織も私の事頼りにしているのかなって思ったら彼女よりも優れてるとか劣ってるとかどうでもいいことなのかなって思えるようになったんです。お互いが必要としているならそれでいいんじゃないかって。だから正直言って恥ずかしい事だけど彼女が病気で休学して療養の為に地元のこっちに戻ってくるって聞いて心の奥底ではそれを喜んでいる自分がいたんです。自分勝手で最低ですよね。でも彼女が死んでしまうんじゃないかって不安が現実味をますにつれて怖くなって、最初はそこから目を逸らそうとしたんです。だけど、それも無理で彼女の為に後悔しないように頑張ろうって決心して今に至る感じです。今は不思議と気持ちが落ち着いていて、彼女の幸せそうな顔を見る事が出来ればそれでいいと思ってる自分がいるんです。本当ですよ?」
気が付けば彼女への思いを高寺さんに明け透けに語っている自分がそこにいた。私と高寺さんとは今日の誕生日会の為に何度にも渡ってミーティングを行った。どんな料理であれば問題ないのか、どれだけの時間を使って誕生日会を行うのか。何かあった時の対処。それらをこちらの要望と医者として許可する事ができない事の境界線をどこにするべきなのか何度も話し合った。どうしても直接会って話し合えない日は電話やメールを通して彼女の誕生日会が安全でそして少しでも彼女にとって素晴らしい思い出となるようなものにすべく奔走したのだった。
「高寺さんもお忙しい中ありがとうございました」
私はそんなこれまでの日々を思い出しながら彼に対する感謝の言葉を送った。
「完治させる方法がまだ解明されてないから患者の為に出来る事は何だってしてあげたいんだ。それで少しでも患者が良くなればそれはほかの患者にも応用できるし、それが結果的に全体の為になる。医学の発達の為だね。詩織ちゃんの体調の様子も今日もばっちりデータ収集としてもらうしね。」
「なんかドライだな、高寺さん。もっと『君の情熱に打たれて僕も手助けしたいと思ったんだよ』ってくらいに喜ぶような言葉言ってくださいよ、まったく」
「ははは、ごめん、ごめん。ついつい研究者としての癖がでちゃったものだから。でも正直言ってそうやってドライじゃないとやっていけないところもあるんだ。悪化する患者に対して非力な自分を悔やみ続けているようじゃメンタルが持たないから…」
そう言って高寺さんはどこを見るわけでもなく遠くの景色をぼーと眺めていた。あの時の表情と同じだ。初めて会った月夜に照らされながら寂しげに夜空を眺めていたあの時の表情だった。私は彼のそんな表情を見て何と返したらいいか分からなかった。
「あっごめん、空気読めてなかったね。ただ、確かに恋ちゃんの熱意に押された面はあるんだよ」
「本当ですか?お世辞にしか聞こえないですよ」
ふと我に返った高寺さんに私は安心し会話の流れに身を任せる事にした。
「本当だよ。私も昔、大切な人が同じ病気に罹ってね。非力な自分が悔しくて仕方なかった。だからこそ恋ちゃんの気持ちがよく分かるし、力になりたいと思ったんだ」
「そのくせに最初はすごく冷たかったですねぇ、まったく」
「君がどれだけ本気で友達の力になりたいのかわからなかったからだよ」
「ふーん。それでその大切な人はどうなったんですか?」
「今も心の中で生きてるかな…」
「なんですか、そのきざな言い方は」
「これでも明るい言い方にしたつもりなんだけどな」
「逆につまらないですね」
「恋ちゃんは、そういうところドライだよね。人の事言えないよ?」
「お互い様という事でいいじゃないですか」
そう言って私は詩織のお母さんと作ったスムージーをストローでちびちびと飲んだ。甘すぎる事もなく、水っぽくもなくさっぱりしていておいしい。上出来だ。
気を遣わずに毒舌を吐くほどの関係はバイト先の人たちや詩織以外では初めてかもしれないなと私はふと思った。それが嬉しいような恥ずかしいような何とも言えない気持ちで私は続け様にスムージーを飲むことにした。
ただ、コップに入れてあったスムージーはあっという間になくなってしまい、私は仕方なく話の続きを振る事にした。
「大切な人って恋人だったんですか?」
「まあね」
「どうやって乗り越えたんですか?」
「時間かな…結局」
「時間ですか、ありきたりですね」
「でも、実際そうなんだ。人はいつまでも悲しんでいられないから。いつまでも悲しんでたら死ぬしかないだろ?」
「死にたくなるくらい辛かったんですか?」
「そりゃあ、当時の自分にとってはそうだったかな。でもそういう経験があるから患者さんを救いたいって強く思うのかもしれないな。患者の家族にとってはその患者が僕が失った大切な人と同じなんだって。そう思ったら何が何でも救ってあげたくなるだろ?」
「心強いですね、頼みますよ、担当医さん」
「おう!任せなさい!」
そう言いながら胸を張りながらおどけて見せる高寺さんを見て私は笑わざるをえなかった。いくら打ち解けてきたといってもここまでにこやかな笑顔でおどける高寺さんを見るのは初めてだった。これまで高寺さんと話してきて、何も考えていない小さな子供のように心の底から笑う事が出来たのはこれが初めてだった。そしてそんな腹を抱えて笑う私を見て高寺さんもつられて笑うのだった。
「ところで、前々から気になってたんですけど高寺さんってなんで夜に墓地なんかふらついてるんですか?私の大学じゃ、やれ幽霊だ、やれ不審者だって怪しい人が夜な夜な墓地に現れるって噂が広まってますからね」
「たしかにそう思われてもしょうがないね」
「確かにってそんな呑気に言われても、私はもう話をするような仲だからちゃんと医者をするくらいちゃんとしてる人だって事はわかりますけど、世間からしたらただの不審者ですからね」
「おっと擁護してるところが『医者をやってる』事くらいしかないのは僕の聞き間違いかな?もっと擁護する点があるでしょうが」
「いや、気難しいと思ったら急にフランクに接してきたり高寺さんが変わってる事は否めませんね」
「厳しいね。まあ僕が変わり者だって事は否定はしないな」
「あっ、ちゃんとこの耳で聞きましたからね!認めました、変わり者だって!で何で夜墓地なんかに出歩いてるんですか?怖くないんですか?」
「怖くはないね。むしろ落ち着くかな…」
「うわ!やっぱり変わってますね」
「いいかい、暗い場所は怖い場所って固定概念を捨て去るべきだと思うんだ」
「あれ、哲学ですか?ってか暗い所云々よりもお化けとか怖くないんですか?」
「お化けとか幽霊とかそんなの人が勝手に思い込んでる妄想でしかないだろ。実際に幽霊が絡んだ事故や事件を聞いたことあるのかい?実際に幽霊に襲われて怪我したとかそんな事を聞いたことがあるかい?」
「いや、確かにないですけど…」
「だったらそんなオカルトを信じる必要はない。そんな暗い所は怖い。幽霊が出るかもしれないから怖いという固定概念さえ捨てれば街中であれほど静かで星空を眺められる場所はないだろ?」
「だから墓地に良く行くんですか?」
「あとは…まあ救えなかった命を思い出すためかな…」
「ちょっと、さっきと言ってる事矛盾してません?幽霊とか信じないんでしょ?」
「いや幽霊とかはどうでも良んだ。人の骨がそこに眠っているという事実さえあればそれでいいんだ。彼らの事を思い出すきっかけとしてその事実を利用しているだけなんだよ」
「思い出してどうするんですか?」
「思い出して、死がいつも身近にある事を忘れないようにするんだ。『昨日まであんなに元気だったのに死んでしまった人、もっと生きたいのに生きられなかった人がたくさんいる。その人たちの思いを忘れずに、その人たちの分まで必死に生きて同じように病気で苦しんでいる人たちを救えるように僕はなるんだ』って自分に言い聞かせて気持ちを整えてるんだよ」
「うわ、なんかずるい。うまく話をまとめましたね。ただの不審者って事にしたかったのにそんな話されたらもう何も言えないじゃないですか」
「なんだい、そんな事が言いたくて質問してたのかい?まったく。それはそうと、誕生日会はいいとして恋のキューピットとやらはどうなったんだい?」
「あれですか、まったく迷惑な話ですよね。一応彼女には高寺さんの事小出しに色々と伝えはしてますけど、正直言って私が恋のキューピットにならなくても一人でアプローチできると思うんですよね」
「ははは、ちゃんとキューピットとしての役割はこなしているわけだ」
「そりゃあ、頼まれ事ですからね、一応。でもやってて変な気分ですよ。高寺さんの情報を教えはするんですけど、それを聞いた詩織はその時の私の様子もいちいち聞いてくるんです。それで一人でにやにやしたり、はしゃいだりしてるんですよ。変わった子ですよ、あの子は」
「確かに変わった子だ。でも笑う事は健康にいいからその分恋ちゃんは詩織ちゃんの健康の手助けをしたことになる。ありがたい事じゃないか。逆に『恋のキューピット』の方の恋はどうなっているんだい?」
「えっそっちですか?キューピット自身の恋はさっぱりですよ。別に恋人がいなくても私十分幸せですし、詩織みたいにそこまで恋人が欲しいとかいう願望がないんです。もしかしたら詩織の恋愛を横で見て来たから恋愛に対して冷やかになっているのかもしれないですね。でもここだけの話、憧れている人はいるんです。勘違いしないでくださいよ、憧れているだけでそういう意味での好きな人じゃないんで。バイト先の先輩だった人で今は社会人なんで、会う機会はなくなっちゃったんですけど。その先輩、彼女さんを大切にしている人で、バイトは週5くらい入ってたんです。それで記念日とかデートの日は早めにバイト切り上げたり休みを取ってたりしてました。それが月に何度もあるものだから職場ではよく冷やかされていましたよ、相変わらずラブラブだなって。私がバイト始めた時からその彼女さんと付き合ってたらしいですけど、同世代の女性の意見を聞きたかったみたいで彼から直接彼女さんの事でよく相談も受けてたんですよ。プレゼントは何が喜ばれるだろうかとか、どういう所にデート行くと喜ばれるかだとか、それだけ彼女さんの事大切にしているんだろうなって相談受けている時はよく思ってました。今だから言いますけど、同じ恋愛相談でも相談内容が詩織のそれと全然違うんですよ。詩織は彼が何をしてくれた、何をしたのか、それで彼女自身がどう思ったのかを淡々と言うんです。例えば彼がデートで着てきた服がダサくて幻滅したとか、彼氏が連れていってくれたレストランのご飯がすごくおいしくてとっても良かったとか。基本「自分が主体」なんです。でも先輩は、彼女はどうしたら喜ぶだろうとか、彼女の為にはどうした方が正解なんだろうかとか「相手主体」で考えているんです。子どもと大人くらいの違いだと思いませんか?」
「確かに…話を聞く限りだとそうだね」
「でしょ?だから詩織にも口酸っぱく言ったんです。『先輩くらい大人になれればあんたの恋愛のトラブルもだいぶ減るよ』って。私誰とも付き合ったことないですけど、付き合うとしたらそういう恋愛がしたいんですよね。ああやっていつも相手への思いやりを忘れないような恋愛。そういう恋愛こそ長続きするし、そういう相手と家庭を築いていくべきなんじゃないかなって。私、理想が高すぎますかね?」
「いいんじゃないかな、それで」
「ありがとうございます。でも先輩みたいな人そう簡単にいるわけもなく、未だに好きな人できないし、そんな事言ってたせいなのか私が先輩に恋しているって事になっちゃって。もちろん、憧れはしてましたよ、先輩の事は。面倒見が良くて仕事内容を丁寧に教えてくれたし、彼女の事を大切にしているし。こんな彼氏が自分にも出来たらなって思ったことがなかったと言えば嘘になります。でもそれは彼の事が好きと言うよりも『彼女の事を大事にしている先輩』が好きだったというだけの事です。その先輩を基準に男を見るものだから彼氏にする人に対する理想は高くなっているかもしれないですけど、相手がいる人の事を好きになったりしませんよ。詩織曰く、『恋は盲目だから好きになったらそんなこと関係ない』って言いますけどね。自分は有り得ません」
「盲目にはならない?」
「ええ、そのせいで数々の失敗を繰り返した人を見てきましたからね」
「でもそれはそれでいいと思うけどな」
「相手がいる人を好きになる事ですか?それとも盲目になる事ですか?」
「うーん、どっちもかな」
「それは何とも大胆な事言いますね」
「そりゃあトラブルになるような事は避けた方が無難なのは確かだよ。でも気持ちが芽生えてしまった後じゃあどうしようもないと思うよ。気持ちに嘘を付く事なんて出来ないから。いくら誤魔化した所でその気持ちは消えはしないよ。特に抑え込んだりした日にはね。所詮人は感情で生きているからそれを無視する事なんて出来やしない。たとえその恋が失敗するのが目に見えていてもいつまでも自分の殻に閉じこもるよりも失敗を恐れずにぶつかってみるべきだと思う。望んだ結果が来なくても行動したからこそ初めて見える世界があると思うからね」
「なんか急に抽象的な話になりましたね」
「恋愛に限った事じゃないからね。ほら君が誕生日会をする事になったからこそ詩織ちゃんの笑顔さえ見れればそれでいいと思えるようになったのと同じだよ。『行動に移したからこそ見える景色がある』つまりそう言う事だよ」
「ふーん…まあよくわからないですけど、参考にしておきます」
「話半分に聞き流して構わないよ。これは実体験を基にした僕自身の考えに過ぎないから。それじゃあ私は君が用意した食事を楽しむとするよ。君もちゃんと楽しんで」
そういって彼は颯爽と一人その場を後にした。




