3-2
「もしもし、橘?こっちは今、小早川さんと飲み終わって別れたところ。そっちはどう?うまく聞き出せた?」
「加賀美先輩!ついに俺達も電話で会話を楽しむ仲になったんですね!嬉しい限りっすよ!」
どうでもいいほどの口説き文句を聞かされてはただでさえ耳元から離したくなるほどだったが、そんな内容に関係なく電話での彼の声は普段会って話す時と同様大声で、私はとっさにケータイを少し耳元から離さざるをえなかった。
「ちょっと相変わらず気持ち悪い口説き文句だね。それにそんな大声で話さなくてもちゃんと聞こえるからもう少し声量小さくしてくれないかな」
「おっとっと、それはすまないっす。加賀美先輩。それに相変わらずの口の悪さっすね!痺れるっすよ!」
「口悪いのはあんたにだけだよ!それにそれ褒めてるのか貶してるのかよくわかんない。で、どうだったの、そっちは?無駄話する余裕ないからね、こっちは」
「もちろん完璧っすよ。ちゃんと先輩の要望通りヤナピーから聞き出しましたよ、心情を。俺にかかれば楽勝ですよ」
「ちょっ、ちょっと待って。柳瀬さんの事ヤナピーって呼んでるの?年上だし先輩なのに?」
「そうですよ、だって先輩呼ばわりするような人柄じゃないでしょ。ヤナピーがちょうどいいっすよ」
「まあいいよ、それは。続けて」
「そんで話聞いたんすけど、ヤナピーはだいぶ落ち込んでたっすよ。『もうダメだ。彼女に嫌われた。諦めるしかないんだ。彼女持つとか俺には無理だったんだ…』とかもう暗くて暗くて。ホラーよりもこっちの方が闇深かったすよ。そんなんだから女に捨てられるつーのに。とりあえず女は人口の半分もいるんだし、良い女なんか腐るほどいるから気にするなってアドバイスしておきましたよ」
「相変わらず余計なアドバイスしてくれるね、まったく。事情は分かったよ。あとはこっちでやっておくからありがとね」
「あっ今回のお礼はデートで――」
橘はそれに対し何かしら返事を言っているようだったが私はそれを遮るように要件を伝え終えた瞬間迷いなく颯爽と電話を切った。
翌日、私は裏方で一人本の在庫整理を行っている柳瀬さんを見つけた。普段だったら真剣に作業をしている彼に対してわざわざ声を掛けることなどしなかっただろう。しかし、昨日事情を知った上で、暗い表情で黙々と仕事をこなしている彼のその姿を見たらどうしても声を掛けずにはいられなかった。
「聞きましたよ、だいぶ凹んでるみたいですね、柳瀬さん」
「はは、まあね」
柳瀬さんは空虚に、そして静かに吐き捨てるように少し投げやりな表情で不自然な笑顔を作ってそう返事をした。
「私は細かい話までは聞いてないんではっきりした事は言えるような立場ではないです。でもこれだけは言わせてください。柳瀬さんは変わってるけど、それに付いていけるのは私の知る限り小早川さんしかいません。そんな人ってとても貴重だと思います。だから簡単に諦めるようだったら絶対後悔すると私は思います」
柳瀬さんは私の言葉に何かはっきりと返事をするわけでもなく、ただじっとその場で佇んだまま黙り込んでしまった。私の言葉がどれだけ彼に伝わったのかわからない。ただ、私はそれ以上言う言葉を見つける事が出来なかった。だからこそ私はその言葉を言い終えると静かにその場を後にした。
「なんだ、なんだ。何だかんだ言ってやっぱり恋ちゃんも二人の仲、気になってたんじゃん」
裏方から出て来た私を待ち構えていたのか、徳井さんは私を茶化すようにそう言ってきた。
「何ですか?こっそり盗み聞きしてたんですか?趣味悪いですよ、徳井さん」私は驚きながらそう言った。
「相変わらず口が悪いな、恋ちゃんは。で、二人から事情は聞き出したんでしょ?」
「ええ、柳瀬さんの方は気難しい所もなるから橘から聞いた方が聞き出せるかなって思ったのであいつに頼みましたけど」
「結局のところ、ただのすれ違いだったんでしょ?女の方はもっと男らしくしてほしい。男の方は自分に自信がないからフラれたものだと思い込んでるって感じかな?」
「なんだ、徳井さん知ってたんですか?だったら私いらなかったじゃないですか!」
「あらら、予想したまんまだったのね。分かりやすい二人だわ…いやね、二人の様子からだいたいこんな事だろうなと推測はしてたけど、憶測だけで判断したとしても合ってる保証なんてないでしょ?だから確認の為にも恋ちゃんに確認してもらったわけ。でも恋ちゃんに頼んでみた事で恋ちゃんも何だかんだ言って二人の事心配してたんだなって分かって良かったな。フフフ」
「一応長年一緒に働いてるんですから心配はしますよ。心配は!それに給料出してくれるって徳井さんが言ったからですよ!まったく
!」
「ああでもしないと動かないからね、恋ちゃんは。まっ普段見れない一面を見れて店長は楽しかったよ。フフフ」
「やめてくださいよ、まったく。いじわるなんだから徳井さんは」
徳井さんの言葉を遮るように私はそう言った。
「でもさ、この一件で恋ちゃんも実感したんじゃないかな。自分自身が見てる世界なんてこれまでの経験や知識から作り上げた幻想にすぎないって。今回はたまたま私の予測が当たったから説得力がないかもしれないけど。いい?恋ちゃん。思い込みほど怖いものはないからね。人はいつも世界を偏った視野で見るの、偏見や常識という色眼鏡を使ってね。だからこそお互い同じものを見てるようで見てないの。だから人はすれ違い、溝が生まれるの。自分の経験や知識なんてたかが知れているはずなのにそれを正しいと皆が信じ込んでいるからお互いが違うものを見ている事にどうしても気が付けないの。だから自分もそんな色眼鏡で見てる内の一人なんだっていう自覚を持ちなさい。そうすれば世界をもう少しクリアな視界で見る事が出来るから。そのために人はコミュニケーションを取るの。そしてそうすることで誤解や思い込みは少なくなってくるんじゃないかな」
「でもそれって徳井さんの予測が合ってる分あんまり説得力ないですね」
「でしょ!ほんとだよ、もう。私としてもさ、『ええ!そんな事だったの!』みたいな展開期待してたよ。そしたらこの話も説得力増したしね」
徳井さんは冗談を言っているかと思えば急にこうやって真面目な事をさらっと言ってくる事があった。そして大概は鋭いまなざしで私を見ながら早口で話すものだから私はいつも圧倒されるしかなかった。今回は少し言い返した分まだいい方かもしれない。
「徳井さん、結局のところどうするんですか、この後は。私たちが事情を知ったからといって二人が仲直りするわけじゃあるまいし」
「そりゃもちろん。このままじゃ何も変化はないだろうね。ほっといて仲直りしてたらもうとっくにそうなってるだろうからね。もちろんアクションは起こすよ。とはいっても最終的にどうするかはあの二人次第だから。いくら仲直りして欲しいってこっちが思っていたって結局は二人の問題なわけだし」
「それはそうですよ。で、焦らさずに教えて下さいよ。何をするつもりなんですか徳井さん」
「なーに、大したことじゃないよ。ここしばらくは明美ちゃんの要望で二人があまり顔会わさないように、二人が一緒に仕事しないように調整してあげてたけど、それをやめてそれでもって二人でしかできない仕事を頼むだけの事よ」
そう言って徳井さんは柳瀬さんの元へと向かい何やら話をしていった。それに対し柳瀬さんは困惑し手を振りながら何かを拒んでいるようだった。だが、徳井さんは笑顔でそれに対応しながら彼の肩をポンポンと叩き、何か言っていた。どうやら励ましているようだ。やがて柳瀬さんは意を決したのか気の乗らない様子で漫画コーナーへと向かっていった。しばらくすると小早川さんが出勤し徳井さんに指示をもらった後柳瀬さんの元へと向かっていった。しばらくの間は本やら何かを動かす物音しか聞こえなかったものの気が付けば二人の笑い声が向こうから聞こえてきた。どうやらうまくいったようだった。
「何したんですか?徳井さん?」
「別に何も。ただ、きっかけを作っただけ。二人が仲直りするきっかけをね。あの二人が同じ変わった趣味を持ってて、ほかに意気投合できるような人は中々いない事なんてここで働いている人なら皆が知ってる。それをあの二人がしっかりと分かってるかどうかは別だけど。だから今回はお互いが互いの存在を冷静に考えるいい機会だったんじゃないかなって私は思うの。だからこそ明美ちゃんから、柳瀬君と距離を置くためにシフトをずらすように言われても出来る限りその要望を叶えるようにしていた。そうやって距離取ってこれまでの事を誰かに話すなりして整理して改めて見つめ直せばおのずと答えを見つけて動いてくれるかなってね。そういうわけだから今回二人には店の一角にホラーコーナーをつくってもらうように頼んだの。適任でしょ?あの二人なら。改めて同じ趣味の話しながらコミュニケーションを取りさえすれば自ずとお互いの存在の重要性に気が付くんじゃないかなって。それでも仲直りしないようだったら互いにとって、相手がそれまでの存在でしかなかったって事。結果としてはうまくいったみたいだけどね」
「つまり、そのためにわざわざ今回ホラーコーナーを作って、そのためにわざわざ私や橘君を聞き役として利用したと…そういう事ですか?」
「そうそう!正解!いくら解決策が目の前にあったとしても自分でそれを見つけたと思わない限り人は納得しないからね。回りくどいように見えてもこれが最善の策よ。それに恋ちゃんにとってもいい勉強になったんじゃないかな?さっきも言ったけど思い込みほど怖いものはないんだから。それでどれだけの人がすれ違いや誤解をしてきた事か」
「はあ…」
そうやってアドバイスを送る徳井さんに対して私はどう返事をしたらいいのかわからず適当に返事するしかなかった。
1つのカップルを仲直りさせるという一仕事を終え、意気揚々と業務へと戻ろうとする徳井さんに対して私の心の中はまだ少しわだかまりがあるようだった。
「徳井さん!」
「なに?恋ちゃん?」
「私、不安なんです。いざ誕生日会しようにもその担当医がちゃんと協力してくれるかどうかわからないし、むしろぶっきらぼうな人で協力してくれないんじゃないかなって」
「そのお医者さんの事、恋ちゃんはどれだけ知ってるの?」
「この前初めて話しただけです」
「それじゃあ何も知らないんじゃん。人が見せる顔なんてシチュエーションや見せる相手によってばらばらだよ。さっきも言ったけど思い込みで物事判断しちゃだめだよ。とにかくさ、考えこまずにやってみればいいじゃない?」
「無責任な言い方ですね」
「それじゃあ、言い換えてあげる」
徳井さんは立ち止まり、どこかを見るわけでもなく上を向きながら少し考え事をしたのち口を開いた。
「もっと肩の力を抜いて、ありのままにぶつかればいいと思うよ、恋ちゃんは。決めつけとか思い込みを全部取っ払ったうえで、私に対してするように、もっと他に人に対しても気楽にさ」
徳井さんは春の心地よい風が過ぎ去るかのごとくさらっとそう一言言い、その場を去って行った。
徳井さんのアドバイスをどう受け止めるのかは別にして詩織の恋のキューピットになって欲しいという彼女からの頼みごとを叶えるという事と、それとは別に今の彼女に出来るプレゼントとしての誕生日会を実現する為にもどのみち彼女の担当医である高寺と何とかしてコミュニケーションを計るしかなかった。私は事前に病院に連絡を入れ、何とか高寺と面談する時間を取ってもらった。
いざ高寺に会いに行くとなるとそれは詩織の入院している病院に出向くという事だった。そこで彼女に会わない理由もなかった私は彼女に先日のホラー好きカップルの顛末を伝えた。
「そうなんだ、カップルになってめでたしめでたしって思ってたけどそんな事があったんだね。私の時もそんな風に仲直りしてもらってたら違う未来が待っていたのかな…」
「何言ってるの、あんたは仲直りさせようにもすぐに別の男見つけてきちゃうんだから、意味ないでしょ」
「相変わらず、ひどい言い方だな。恋は私がモテモテだったのを嫉妬してるだけでしょ」
「うわ、なんて都合の良い考え方!もはやそこまで来たら天才の域だわ」
「お褒めのお言葉、どうもありがとうございます、オッホッホッホ!」
「でもさ、小早川さんと柳瀬さんみたいにさ、周りから見てもこの人しかいないって思われるほどお似合いの相手がいるっていいよね」
「ん、どういう事?詩織?」
「いやさ、私は今まで色んな人に恋をしてきたけど、いつもこの人が運命の人だ!って思ってきたわけ、周りからはころころ心移りしているように見えていたけどさ。もちろんその人を想う気持ちが強かったり想ってる月日が長かったらその分、次の人に気持ちが移り変わる事に抵抗は覚えるよ。初めて振られた相手なんか、結構気持ちひきずったな。それでも好きになったらこの人しかいないって思ってその度に全力で恋してた。でも結局長く続く事なくって、伊古タワーの伝説にあやかろうとしたな、どのみちそれもうまくいかなかったけど」
「あの恋人達の塔?」
「そ、この地域では有名な伊古タワー、俗にいう恋人達の塔。想い合っている二人が別々の方角から地図やケータイとか道具を使わずに歩いてそのタワーに同時に着くことが出来たらその二人は永遠に結ばれるっていう例のアレよ」
「そういう迷信ホント好きだよね、詩織は」
「こら!迷信とは信じてる私に失礼だぞ!いい?伊古タワー博士の私が説明してあげる。昔あるところに大学で知り合って仲良くなった男女のカップルがいました。二人は隣町に住んでいたんだけどその町同士を繋げる交通機関がなかったの。門限も厳しかったから大学終わりにデートする時間もなかった。当時は連絡手段としてのケータイもなかった。住宅や畑ばかりで何もない。唯一その地域で目印になったのが当時出来てばかりだった電波塔の伊古タワーだけだった。だから二人はそのタワーを待ち合わせ場所として集まって夜な夜な愛を育んだ。そんな嘘かホントかわからない恋バナがあるものだからケータイで簡単に待ち合わせが出来る今でも、いや今だからこそ!敢えて連絡手段を絶ってぴったり同時に伊古タワーに着くことが出来たら二人は永遠に結ばれるっていうおまじないがいつの間にか誕生するようになったわけよ」
「あらあらそれはロマンチックなこと」
「ちょっと、恋!全然そういう風に思ってるようには聞こえないんだけど?」
「しょうがないじゃん、そういう迷信興味なんだから。あっ見て見てあの雲、猫の顔みたい」
「ちょっと人が話しているってのにどこ見てんの、全く」
詩織の話を話半分で聞きながら外の景色を眺める私にしびれをきらした詩織は呆れたようにそう言った。
「とりあえず理想としては今度の相手とはケータイ使わずに伊古タワーでうまく落ち合って、綺麗な夕日をタワーの展望台から一緒に眺めたいかな…だからよろしく頼むよ、恋のキューピットさん」
「相変わらず、無茶な注文をするもんだね、君は」
「そうは言っても何かしら頑張ってくれるんでしょ?まだまだ時間はあるんでしょ?今日は」
「よくご存知ですね、さすが詩織様」
「はっはっは!女王様とお呼び!」
そうやって詩織との下らない冗談も十分話した後、私は事前に連絡していた通り別室で担当医の高寺と落ち合うため用意されていた椅子に座り彼が来るのを待った。待ち合わせ時間を3分ほど過ぎた辺りだろうか、ぼさぼさの頭を掻きながら疲れているのか眠そうな目をしながら高寺はやってきた。ただ、すぐに目の前の席に座わる事はなかった。いったん立ち止まった彼は深呼吸をした後スイッチが入ったのか先ほどの眠そうにしていた彼とは別人のように機敏に座席に座り、かっと目を開きながら目の前の私を直視しながら話し始めた。
「遅れてすまないね、診察が思いのほか長引いてね。でだ、加賀美恋さんだったかな?話は聞いてるよ、友人である谷口詩織さんのために私に何かしらの相談をしたいと。確か君は先日『友人の為に何かしたい、彼女の為に今何かをしないと後悔する』と言ったね。こうやって改まって連絡したからには具体的に何か案を見つけ且つその案は私の協力が不可欠だからこうやって呼び出した。そうだね?」
名目上は患者の友人との面談に過ぎないはずなのだが彼の口調とその眼光はまるで私を試すようなそぶりであり、まるで何かの面接を受けているようだった。私はそれに対し圧倒されまいと一度大きく空気を吸ってから肺の中の空気をすべて吐き出すかの如く一気にこれまでの事をありのままに話す事にした。
「詩織はあなたの事が好きみたいで私にその恋のキューピットになってと頼んできているんです。でもそんな願い事どうしたらいいかわからない。でも彼女の為に何かしてあげたい気持ちは変わらないんです。どうしたものか周りの人に相談しました。それで決めたんです、彼女のために今度外で彼女の二十歳の誕生日会を開こうって。そうしたらその誕生日会の打ち合わせという口実であなたと私は連絡を密に取らないといけなくなるし、そうすれば何かしら恋のキューピットとしての役割が出来るかなって。別に彼女を好きになってとは言いません。こうやって彼女に恋のキューピットになって欲しいって頼まれた事話してるわけだからそういうフリをしてくれるだけでいいです。彼女が喜んでくれるならそれがホントか演技かなんてどうだっていいです。色々と無茶なお願いかもしれないですが私も必死なんです。どうか協力して下さい。お願いします!」
私は彼の方を向きながらも彼の目を見ずにまるで言葉を吐き出すかの如く、まくし立てるようにしゃべり、言い終わるのと同時に頭を下げた。
「フッ…フフフ」
頭を上げるとそこには笑いを堪えようとしつつもついつい声が漏れてしまっている、表情の和らいだ高寺の姿があった。
「どうして笑ってるんですか?」
必死だった分、そんな態度に出た彼に少しムッとして私は彼を問い詰めた。
「すまない、君が友人の為に必死なのは十分伝わっているんだ。だがね、患者である谷口君と嘘でもいいからくっついてくれなんてお願いをされるとは思ってもなかったからついつい、可笑しくなってしまってね」
そう言われて私はハッとさせられた。そして自分が何て変なお願いをしたのだろうと恥ずかしくなってしまった。
「ごめんなさい、そうですよね。変なお願いでしたよね、すみません」
「いいんだ、気にしないでくれ。僕は普段仕事に追われててどうしてもぶっきらぼうな態度を取る事が多いが、大切な親友の為のお願いなら話は別だ。彼女の主治医として全力で協力させてもらうよ」
そう言いながら彼は私に微笑みかけた。それは墓地ですれ違った際に見せたどこか寂しげな表情、廊下で呼び止めた私を冷たくあしらった際の表情とは全く異なるものだった。だからこそこの人がこんな表情をするなんて思っても見なかった。
「意外です。てっきり冷淡でロボットみたいな人かと思ってました」
「だから言ったじゃないか、いつもは仕事に追われているからついついそっけない態度で接しがちだって。それに君の事は少し試していたんだ。どれだけ友人に対して本気なのかをね。君の気持ちもよく分かったからこそこちらも全力で協力するという事さ、よろしく」
そう言いながら彼は手を差し伸べた。その手はそのひょろりとした彼の外見からして意外と大きくそして握りしめるその力は力強いものだった。
「はい!」
気が付けばさっきまで重苦しかった重しがどこかへ消え去ったかのように気持ちは晴れやかだった。そして自然と笑顔で彼に対しそう答えている自分がいた。




