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さよならのその前に  作者: 大橋宇宙
10/29

3-1

まさかあの墓地で出会った幽霊、いや不審者にまた再び出会うとは思いもしなかった。だからこそ私はただ茫然と立ち尽くしていた。その沈黙を破ったのはあのメガネを掛けた不審者だった。

「それじゃあ、お友達も来た事だし、もう充分でしょ?僕はこの辺で…」

「待ってよ!高寺先生!紹介するよ、この子が私の親友の加賀美恋」

「そうか、うん。それでは。私はまだやることが山ほど残っているので」

「相変わらず、つれないな、先生は…」

 この人物が、詩織が言っていた例の担当医の高寺なのだ。正直今まで詩織が付き合ってきた男達とはまるでタイプが異なり、なぜ今回この男に惚れたのか疑問でしかなかった。高寺は一瞬私の方に目をやったが、私と墓地で会ったことなど覚えていないようだった。そして、無愛想にこちらを振り返る事もなく片手をあげながらあいさつして去って行った。

 そして、病室には私と詩織の二人が残された。詩織はいつものように他愛のない事を私に話し始めていた。いつもだったらそうやって談笑してお互いの近況を少し報告し合って冗談言いあって気が付けば帰る時間で…

 でも違う、私はいつもやっている事をするために詩織に会いに来たわけじゃない。

 いてもたってもいられない私は詩織の顔を見る事もなく病室を後にした。私を呼び止める詩織の声などに構うわけもなかった。病室を離れ、一人淡々と歩く担当医の高寺を追いかけた。

「待ってください!」

 私のその声で高寺は足を止めこちらを振り返ったがその顔は「こっちは忙しいんだが、何のようだい?要件はさっさと言って欲しいものだな」と気だるそうに訴えているようだった。

 彼を呼び止めたものの、「親友の頼みであなたと親友をくっ付けさせたいんです」などと言えるわけもなかった。何をどうやって伝えたらいいのかわからず、もぞもぞしていると痺れを切らしたのか頭をかきながら高寺は口を開いてきた。

「君は谷口君の友人の子だろう?なんだい?今少し忙しいんだ。要件だったら簡潔に頼むよ」

 推測でも何でもなく彼が苛立っているの明らかだった。

「詩織に何かしてあげたいんです!彼女が死んでしまうんじゃないかって怖くて怖くて…彼女にしてあげられる事、今しないと後悔しそうで怖いんです!」

 焦った私は気が付けばそう口走っていた。それはずっとモヤモヤしたまま私の頭の中にあったのだろう。口にした瞬間私の肩の荷が下りた気がした。

「そんな事、ただの主治医である僕に聞いて何の意味があるんだい?友人なら友人なりに必死になって考えればいいじゃないか。その上で僕が手伝える範囲の事なら主治医として協力はする。僕からは以上だ。それでは失礼するよ」

 そんな私の気持ちなど興味がないのか高寺は淡々とそう言うと、颯爽と向きを前に戻し早足で先を急いで行ってしまったのだった。私はそれをただ茫然と見る事しか出来なかった。


 自分の想いは口にした。でもだからといって願いが叶うわけでもなかった。転機が訪れたのは雑貨屋でのバイト中、上の空で仕事をこなしていた私を気に留めて休憩時間に相談に乗ってくれた徳井さんのある一言だった。

 「そういえばもうすぐその友達の誕生日が近いとかこの前言ってなかった?誕生日会を恋ちゃんが開いてあげればいいんじゃないの?」

「なるほど!サプライズでやれば、詩織にはその分嬉しいプレゼントになるし、外泊許可取るためにも当日の段取りを話すためにも担当医とミーティングしないといけないし、どう転ぼうとも詩織を喜ばすことが出来ますね!良いアイデアですね!ありがとうございます、徳井さん」

「そんな褒められるほどの事じゃないよ。むしろ親友のあなたが何でそれくらい思いつかないの」

「げげ、きつい事言いますね、徳井さん。普段プレゼントとかしないからそういうの苦手なんですってば。温かい目で見て下さいよ」

 私は謝るように両手を合わせながらわざと目をぱちぱちと瞬きながら上目づかいで徳井さんを見つめてボケてみせたものの、徳井さんはそんな事には興味がないようだった。ふとあの冷たい態度で接してきた詩織の担当医の顔が浮かび、今もらったアイデアをうまく実行できるのかどうか不安がよぎった。

「それじゃあこれでお悩み解決って事でいいでしょ?」

 と徳井さんは淡々と言った。

「はい…まあ…そうですね…」

私は不安を押し殺しながら渋い表情で彼女に対して賛同の意を示した。

「ふむ、何かつっかえているみたいね、恋ちゃん。でもまあせっかくアドバイスしてあげた事だしお礼はしてもらうからね。ちょっとお手伝いしてもらうよ!」

「なんですか手伝いって?」

「喧嘩したカップルのフォローよ!おせっかいかもしれないけど店長として従業員があんな事で仕事の効率が下がったり、果ては辞められでもされたら大きな損害だからね!」

 渋い表情の私とは対照的に徳井さんはノリノリのようだった。

「という訳で、恋ちゃん頼んだよ!給料あとで割増しにしておいてあげるからさ」

「何で私なんですか?店長がやってくださいよ!」

「何言ってるの。私よりも長くここで働いてるのは恋ちゃんでしょ。二人の事よく知っている分、間に入って仲直りさせてきてよ!それじゃあ私は仕事に戻るね、頼んだよ」

 そう言って私の肩をニコニコしながら叩くと徳井さんはさっさと裏方の方に姿をくらましてしまった。

「はあ…」

 一人取り残された私は静かにため息をついた。私の周りには自分勝手な人ばかりの様だ。


「小早川さん、ちょっといいですか?」

 しかしそうはいってもあのカップルが気にならないと言えば嘘だった。

 迷った末に私は仕事終わりに小早川さんを呼び止めて軽い食事に誘った。あの二人の喧嘩理由が下らないと思いはしたものの、そのままずるずると不仲のまま過ごされるのも心地が良いものではなかった。皆で飲みに行ったりするほどの仲だったし、長い付き合いで和気あいあいと過ごしてきたからこそ今の状態は余計居心地が悪かった。だからといって呼び出してその件について話をするほどの勇気は私にはなかったし、そんな選択肢は私の中では存在しなかった。だからこそ徳井さんからの頼み、そして給料として少し出してくれるというその言葉はそんな私を行動へと動かすきっかけになった。

「このあと一緒にご飯食べましょう?久々にゆっくりおしゃべりしながら食べましょうよ、私奢りますよ」

 突然の誘いに小早川さんは驚いてはいたものの、私が奢ると言ったことがツボにはまったのか表情を変えて笑いだした。

「ははは、恋ちゃんが誘って来るなんて珍しい。いいよ、食べに行こう。でも奢るなんて言われたら私のメンツが潰れちゃうよ。割り勘でいいよ」

 そう言って小早川さんはにこやか笑顔を見せながら私の誘いを快諾してくれたのだった。


 バイト代を使ってよく詩織と新しいお店を開拓していたお陰で、店選びには苦労しなかった。小早川さんはどんな店でも構わないと言うので遠慮せず自分がちょうど食べたかったおいしいピザ屋に行くことにした。

「生地ももちろんですけどここのアンチョビのピザがおいしいんですよ!しかもそれでいて値段もリーズナブル!」

私はそう言ってお店の魅力を力説した。

「雰囲気いいね、木造で間接照明でムードがあって」

「でしょでしょ?色々なお店開拓してきましたからね。さあさあ小早川さん、取り敢えずまずはアンチョビのピザとこの5種類のチーズのピザも頼みましょうよ私お腹ぺこぺこなんです」

店に着き、案内されたテーブルに座るや否や私はメニュー表片手にそう言った。

「いいよ、頼んじゃおう!そんでもってワインも頼んじゃおう」

「いいですね!」

「恋ちゃんはこうやって詩織ちゃんと二人でよく仕事終わりに個人経営のおしゃれなお店を探しに寄り道してたよね」

「そうですね、よく見てますね。そしてお互い二十歳になったらこういうお酒が似合うお店でゆっくりお酒を飲みたかったですけど…あんなことになっちゃって…」

「詩織ちゃんの調子はどうなの?」

「可もなく不可もなくですよ。安定はしているみたいですけど急に体調が悪化するケースもあるらしいんで安心は出来ないです。あっ今度詩織の誕生日会開く予定でいるんでその時はよろしくお願いしますよ」

「もちろん、行く行く!」

「その時には柳瀬さんとは別れていたとかやめて下さいね」

「あら、やっぱり呼び出した理由はそれか」

「ばれました?結構自然な流れで聞けたと思ったんですけど」

「分かりやすいでしょ。詩織ちゃんは別として恋ちゃんはそもそも誘って来るようなタイプじゃないでしょ?」

「ですよね…」

「それに誘い出した時から恋ちゃん、表情硬かったし」

「でももったいないですよ。あそこまでお互い漫画好きで、それでいてマニアックなホラー漫画が特に好きとかそうそう見ないですよ?傍から見てもお似合いだったのに…」

「そう見える?」

「嘘じゃないですって」

「…私だってさ、あそこまで趣味が合う人初めてなんだよ」

小早川さんはため息を一息ついた後そう言った。そして間髪を容れずにそのまま話を続けた。

「私さ、好きな人が出来ても趣味があんなだから気味悪がれて恋愛に関しては良い思い出がないの。今でも思い出すな、初めて勇気出して告白した相手にさ、『お前ホラー好きとか気味悪いんだよね、無理』ってばっさり言われたの。その人とは恥ずかしくてあんまり話とかできてなかったのもあったよ。私の変わった趣味を知られている程度の仲だもん。今思えばそこまで親しくなかったからさ、振る口実として一番手ごろな理由として私の趣味を引っ張り出しただけかもしれない。それでもさ、好きだったからさ、傷つくわけ。凹んだってレベルじゃないよね、トラウマだよ、ト・ラ・ウ・マ。それで周りの目を気にして無難な話題話してどうでもいい時間過ごして。何で大して興味もないような話題に私付き合ってるんだろうって虚しくなって。そんな時だったかな、GBAILYで働きだしたの。正直新鮮だったよ、私からしたら。だってみんな変わっててさ、傍から見たら気味悪がられても仕方ないような事でも平気で披露しててそれをほかの従業員やお客さんが受け入れてくれてるんだもん。驚きだったよ。でもそれ以上だったのは同じ趣味を持った先輩が出来た事だった。柳瀬さんとは働き始めた時から息が合ってさ、売りたい本の陳列について二人で話すときとかおすすめのホラー漫画のポップを作る時とかさ、もう楽しくて仕方なかった。今まで受け入れてくれる人もいなかったわけだしさ。それが同じものでお互いが楽しむ事が出来るなんて皆にとっては普通でも私にとっては久々でとても嬉しい事だったの。だから好きになるのは当然だったよ。あれ私何の話してたっけ?」

「小早川さんと柳瀬さんはお似合いだったんじゃないのか?って話です」

「そっか、そうだったね、ごめん。でね、結構早い段階で私は柳瀬さんの事が好きだったし、あっちだってまんざらでもなかったみたい。でもさ、恋ちゃんも分かってると思うけど私も彼もすごく奥手じゃない?だからどうアプローチしたらいいのかわからなかった。どうしても嫌われるんじゃないかって考えちゃって行動らしい行動が出来なかったの。でもさ、何だかんだ色々あって最近になって何とか付き合う事になって、知ってると思うけどこの前初めて一人暮らしの彼の家に行ったの」

「はい、そうですね。皆もいちゃいちゃしながら二人で夜道を帰る姿を見ながら察してましたもの」

「わたしだってもう大人だし、彼の家に行く時点でそういう事覚悟してたし、期待してたよ。でもそれが始まる前にちょうど視界にVRゴーグルが見えてさ。ちょうど前日くらいにVRゴーグルでホラーゲームしてみないとか?そういう話を彼としていたからさっそ買ってやっているものだとばかり思って私呑気に『あっなんだ、もうさっそく買ってるじゃん。ソフトもあるんでしょ?私にもやらせてよ!』って頼んだの。でも彼の表情が曇ってて返事もぎこちないものだから問い詰めてみたら『AV観賞用に買った』って白状してさ。ついつい問い詰めた私も悪いかもしれないけどさ、そこはうまくごまかして欲しかったとも思ったし、それに何よりもそんな事知っちゃったからにはさ、なんかこの人もやっぱりそういうので興奮するんだなって。たとえ大切な彼女がいても他の女の体眺めて興奮してるって考えちゃったらさ、やっぱり許せないし、それに雰囲気ももう台無しだったからその日は結局家に帰ったの。その彼に対してすごい怒ったのは確かだし数日それが原因でちょっとイライラしてた。AVについては私も彼氏できたのは初めてだし、あんまり男の人と関わった事ないから怒っちゃったけど、でもやっぱり時間が経つにつれて男ってそんなもんだと割り切るしかないかなって思うようになったの。だってこれまでの彼が嘘偽りだったとかそういうことじゃないし、そういう一面を受け入れてあげるしかないのかって。いちいち怒ってても疲れるだけだし。さすがにまた目の入るような事があれば怒るだろうけど。だからね、未だに彼と仲直りしない原因は本当はほかにあるの」

「何ですか、本当の原因って」

「今一番許せないのはあの橘君に今回の件を相談した事。彼が相談する友達が少ないのはもちろん分かってる。仮に相談する相手がもう卒業しちゃった葛城さんとかだったらまだ許せたよ。でも女の子をたぶらかすようなチャラい橘よ?もっと信用できる相談相手がいなかったのかと思ったよ。それに彼の女々しい所が嫌なの。付き合う前からも少し感じてはいたし、付き合いだしてからはすごく感じるようになった。頼る人がいないからって橘なんかに相談するような頼りない男でいて欲しくないし、男なんだからもっとリード出来る男であってほしいの。だからこれは彼にとっていい試練かなって思ってる。彼が私に直接謝りに来るのを私は待ってるってわけ。付き合いだしも彼というよりかは周りのサポートのおかげで付き合えるようになったわけだし、やっぱり彼には男らしい所を見せれるようになって欲しいんだよね」

「もしそれで、ずっと仲直りせずにいて、そのまま別れる事でもなったらどうするんですか?」

「うーん、そんなこと考えてなかったけど、仮にこのままだったらそれまでの男って事じゃないの?知ったこっちゃないよ、そんな奴」

私の質問に関して小早川さんは一瞬考えるそぶりをした後、ぶっきらぼうにそう返事をした。結局、私たちは柳瀬さんとの話についてはそれ以上する事はなかった。大学生活の事、単位の事、雑貨屋での仕事の事、それらをお酒や料理を堪能しながらだらだらとしゃべり続けた。

「今日はありがとうね、恋ちゃん。料理もおいしかったし、お酒もおいしかった。それに色々しゃべってなんかすっきりした。詩織ちゃんの誕生日会楽しみにしてるね」

 小早川さんは別れ際晴れやかな表情でそう言った。私はそんな小早川さんを駅前で姿が見えなくなるまで見送った。そして彼女の姿が見えなくなったのを確認してから、私は橘に電話を掛けた。まさか私から彼に電話する日が来るとは思いもしなかったが、今回ばかりは仕方がない。

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