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祝福をこの手に。未来を紡いで

作者: とうり



二つの亡骸を抱きしめて泣き吠える少女がいた。

彼女の叫びのみが響く世界を最後にこのEDは終わる。


「祝福をこの手に。未来を紡いで」



そう呼ばれる乙女ゲームのバッドエンドの一つ。


エンド名は「終わりなき絶望」


このバッドエンドはよく覚えている。


というより、ゲーマーなら一度は耳にしたことがあるバッドエンドだ。




このバッドエンドはこの作品の最終ルート中に発生する。


グランドフィナーレを迎えるために必要なフラグを回収する際に必ず通過しなければいけないイベントがあるのだけど、それを発生させると何故か必ずこのエンドに突入するバグが発生するのだ。


そしてそれ以後はどのルートを目指そうともかならず最終ルートに突入し、バッドエンド直行というバグが繰り返される。


解決方法はデータを全削除して新しく始めなおすか、公式の修正パッチを待つくらい。


けれど結局パッチなど公式から配信されることもなく、超絶バグゲーという汚名で有名になった作品だった。


そのイベントを通過せずにノーマルエンドにいっても結局救いはないらしく、それ以外のルートの評価は高かっただけに残念な作品扱いになった。






そんなゲームだからか「実は最終ルートは存在してなかった筈なのにクランクアップしたときに突如発生した」とかよくわからない都市伝説も聞いたことがあった。


今思えばそもそもグランドフィナーレ用のフラグが本当にあったかも定かではないのだけど…。




目の前で繰り広げられてるのはそんなワンシーンだった。


愛する人を二人も目の前で亡くして泣き叫ぶ少女の姿を見せて終わる、そんなエンディング。




私も何度もみた、エンディング。

まだ■■■と仲良かった頃、共に語り合った話。

ゲーム内では誰が泣き叫んでいたのか、誰の亡骸か一切の明言はされることなく終わったため、それはもう考察が滾ったものだ。


―――けれど、今はそれが誰かは一目瞭然だった。

泣き叫ぶのは漆黒の髪を振り乱す少女--主人公を虐げ進行の邪魔をする、所謂悪役令嬢である姉アレクシア。

泣き縋られる亡骸は二つ。

濃色の髪を持ち黒の燕尾服を身にまとったアレクシアの従者-あまりの美青年振りとミステリアスさに攻略ルートがないことを嘆かれ続けた-クリス。

そして、白雪のような白銀の髪をもち、聖女に至る少女。主人公であるマリアンヌ。

散々二人の不仲を見せられたプレイヤーである私からしたら「何故?」と思う。

けれど―――もしも私が彼女の立場だとしたら。

不仲になった■■■を失ってたとしたら、やはり泣くだろう。きっと、そういうことなのだ。

作中一度としてアレクシアの視点は出てきたことがない。

最終ルート以外は必ず断罪され、クリスを連れ失踪する。

何一つ無様な言い訳をせず、無表情で受け入れ

「それでは私はこれにて退場いたします。皆様、御身を大事にお過ごしくださいますよう。

ごきげんよう」

そう言ってその場を立ち去り、そのまま失踪するのだ。


その後の襲撃フラグかとも思ったけれど、以後すぐに種族間の戦争へと突入し再登場はしなかった。

その時の彼女の挨拶も動向もそれまでの真意も含めアレクシア、そしてクリスは謎に包まれてきた。

作中の言動も生い立ちを考えれば、八つ当たりに近くともマリアンヌを虐げるのも理解はできる。その程度の情報しかなかったのだ。


―――そんな人物がマリアンヌに頬を摺り寄せ泣いていた。ただただ衝撃だった。


「また、ダメだった…!!」


泣き叫ぶ彼女が吠える。

それだけでなんとなく察しはついた。

EDタイトルも合わせればしっくりくる。

彼女はループしている。なぜかはわからないけれど、よくファンタジーで使われる奴だ。

そこでふと正気に戻った。

何故私はこんな夢を見ているのだろう。

詳細はよく思い出せないのだが、この直前に私は確かに死を覚悟し目を閉じたはずだった。

もしかしてその時には既に夢の中だったのだろうか?そう疑問に思っていたときに、彼女はこちらを見て驚いたあと、縋るように手を伸ばす。


「助けてください…!たとえ悪魔でもいい…。私を…私の愛する二人を、助けてください…!!」


その切実な声に私は導かれるように手を伸ばした。

今際の際にみた夢でも、ただの夢でも、現実でも…。

私はこの人たちを救いたい。そう願いその手をとる。

その瞬間に世界が眩い光に飲まれるよう薄れていく。


「私が貴方たちを救って見せる…」


世界が消え去る瞬間に零れ落ちたその言葉は私の声か彼女の声か既に曖昧にしか認識できない。

けれど、それが私がこの場で打ち立てた誓いだった。



「………ヴァ…エ…、お…」


小鳥の囀りのように軽やかで聞き心地のいい声が耳を擽る。

先ほどの悪夢が振り払われるような、穏やかな気持ちに…


「…‼ エヴァお嬢様、起きてくださいまし‼ 風邪を引きますよ‼」

ザバッと音がすると同時に包まっていた掛布をはぎ取られ、勢い余って振り回されたであろう私は頭をごつんと何かにぶつけた。

すっごく痛い…


「いたぁ…‼ アンヌ、いつも優しく起こしてって…」

「優しく起こしても起きてくれないエヴァ様が悪いのです‼

いつも言っていますけれど、いくら魔学が楽しかろうと眠りに誘わる前に程よいタイミングで寝台に移るようお伝えしている筈です‼」


そう怒れる声が聞こえる中、ぶつけた場所を抑え悶える私の手に暖かな何かが添えられた。


「主の癒しを…」


そうポツリと零れ落ちた声とともに痛みが引いていきふわっと温かみを感じた。


おおぅ…魔法とかファンタジーじゃん…。


そんな戸惑いと共に何を意味不明なことを…そう自分に呆れる声もする。

けれど、ようやく“誓い”を思い出せたとよくわからないことも思う。

私は魔学を学び、魔学を追求し、穢れなき白の髪を持つあの子に身を守る術を伝えてきているのだから魔法に驚くのは可笑しなことだし、ふぁんたじーなんて言葉は知らなかったはずで…。

いや、私の住む世界に魔法などなく、空想の産物ではなかったのか。なんだこの凝った夢は。いつ覚めるんだ。そう疑問に思う思考も飛び出してきて。

頭の中がぐちゃぐちゃにされたように頭が痛くて気持ち悪い…。


「エヴァ様、頭がまだ痛いのですか?癒しが足りませんか?

お顔の色もどんどん悪くなってきていますけれど、体調を崩されたのですか?」


戸惑い心配そうに問う声になんと答えよう。そう思い目も口も開こうとするのに上手く行かず首を横に微かに振ることしかできない。


「…寝台に参りましょう。失礼しますね」


そういうとふわっと自分の体が抱き上げられる感触がした。


---ちょっと待て。先ほどから声をかけてきているのはどう考えても同年代の女子のものだ。しかもなんかすごくか弱いと連想させるような美しい声。

決して重いわけではないけどそんな軽々持ち上げるなんておかしいでしょ!?

あまりの驚きに思わず目だけは大きく開けた。

その視界にぼんやりと映る美しい白銀の髪と可愛らしい女の子の顔。

待って、すごく見た記憶がある。


「マリ…アンヌ…?」

「あら、久々にそうお呼びになられますのね?…本当にお顔色が悪いので、目を閉じて楽にしてくださいませ。すぐに寝台にお連れしますから」


――主人公のマリアンヌがなんでここにいるの?

――当然よ、私の侍女だもの。


疑問が浮かぶと同時に答えが返ってくる。

あの乙女ゲーの主人公マリアンヌ。

彼女は当初幼少期から仕えていた伯爵家の令嬢お付きの侍女を兼任しつつ入学する子爵家出身の令嬢。という立ち位置だった筈だ。

その伯爵令嬢の名前がエヴァジリン=クラトース。

幼少時からの親友でありチュートリアルでサポートしてくれる数少ない最初期からの味方。

そしてルートが確定するとその際に殺され、主人公とヒーローが仲を深めるきっかけになる時報的キャラクター…。

え、エヴァジリンって私じゃん。


「ええええええええ!?」

「エヴァ!?なに!?どうしたの!?」


思わず大きな叫び声をあげる。それに驚いたのか、アンヌも思わず素の口調で反応した。


よくわからない二つの記憶、感情、それがごちゃ混ぜになってるけれど、そんなことはどうでもいい。

私、死にたくないよ!!


ここから始まるのはあの時の“誓い”を果たすため、そして自分が生き残るためもがきながら歩く私の物語。

そして、愛する人を救いたい、彼女の物語。

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