第7話 混乱
浮かんでは消えていく記憶の波に激しく揺さぶられながら、ディノはそれから三日三晩高熱にうなされた。
心配して代わる代わる見にやってくる王や王妃、王子たちに笑顔だけで答える。
ディノが寝る暇もなく見舞いに来るので、見かねたアナイスが医者に注意してもらうほどだった。
(思い出したのは・・・オレは前世、英雄と言われる男ダグラスだったということ。
そして多分、あのクラウドという少年がオレの敵であったこと・・・。
黒髪の少女は・・・思い出せない・・・。)
思い出したと言っても、前世の記憶は水玉模様のようにボコボコと抜け落ちている部分があるようだった。
(・・・こんなことを思い出した今、オレはどうやって生きていけばいいんだろう・・・)
ディノ姫が苦悩の中寝込んでいた三日目、グリーン王国は大変なことになっていた。
グリーン王国を囲む国々が水面下で同盟を結び、近々一斉に攻めてくるという情報が舞い込んできたのだ。
「そんなバカな・・・!どの国とも、慎重にかつ公平に付き合ってきたはずだったのに・・・!極めて良好な関係で、そのような動きなどなかったはずだ・・・!」
王は、つい先日パーティーに集まって談笑を交わした他国の王族たちの裏切りがにわかには信じられない。
王は上から5人それぞれの王子たちに生え抜きの騎士団をつけ、急ぎグリーン王国を囲む数か国に偵察に行かせた。
17歳になった6番目のビート王子も行きたがったが、王は彼を城とディノの護衛に当たらせる。
「・・・ディノのためなら」とビートはしぶしぶ城に残ることを了承した。
高熱が出て4日目、ディノは城内の物々しい雰囲気に気付いてベッドから起き上がった。
城の中から、外から、ガサガサと飛び交う話声、怒号、鉄の鎧がガツンガツンとぶつかる音。
「なんだ・・・?」
豪華なカーペットを敷いた床に小さな足が付いた瞬間、
「ディノ様、急ぎこの服にお着替えください・・・!」
青い顔をしたお世話係のアナイスが部屋に飛び込んできた。
「どうしたの?アナイス?」
「姫様、時間がありませんのでお着替えをしていただきながら説明いたしますね・・。
実は、このグリーン王国に、何か国かの兵士が攻めてきているのです・・・!なんて、なんて恐ろしいことでしょう・・・!
数えきれない数の兵士がもう町の方まで来ていて、城を囲むつもりだとか。
姫様、一刻も早くお逃げにならなくてはなりません・・」
「なに・・・?」
剣。ディノはその手に剣を探した。
剣があれば敵が何人いようとも勝てる、そんな気がした。
「アナイス!ダグラスの礼拝堂に行こう!あそこに剣がある!」
「剣?何をおっしゃっているのですがディノ姫様・・・。ああ、高熱が続いたせいで混乱なさっているのね・・・。いけません、とにかく早く逃げるようにとの王様のご命令です・・・。」
「ディノ姫!!」
バンッと扉が開き、6人の王妃たちが部屋になだれ込んできた。
「もう場外に続く逃げ道はありません!塔の上に身を隠せとの王のご命令です!
母たちと参りましょう!」
(オレの剣が・・・!)
英雄ダグラスの剣を手にすることもなく、ディノはこの城で一番高い時計塔に連れて行かれた。