第三話 問題発生、消えた公爵令嬢
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私は、すごすごとベッドを降りて一階の居間に向かった。
道中、誰にも会わなかった。
「どうか、どうかお嬢様を助けて下さい。その為なら私の首ぐらいどうなっても……
あの方は未来の王妃、この国の国民全員にとって大切なお方です。
どうか、どうかお助けを」
「五月蠅い、それはクロステア嬢を守れなかったお前の言えることではないわ。
首を差しだすのなら、グレステラ公爵家に出しなさい」
何やら、深刻な雰囲気である。
首を差し出すなんて、物騒な単語も聞こえるし。
母さんも怒っているし。
扉を軽くノックする。部屋の中の人の意識が此方に向くのがわかる。
「失礼します。グレステラ公爵令嬢が行方不明というのは本当のようですね。
どの様な状況での事なのかわからないことには何とも言えませんが、一つ心当たりがあります」
何処ではぐれたのか知らないが、家に戻ってこなかったのだから襲われていなければ昨日の夜に話した北西の杉の密集地帯に向かった筈だ。
「そうか、事情はそこに居るグレステラ公爵令嬢の護衛から聞いてくれ。心当たりというのは北西の杉林だろう。彼処は、身を隠しやすいからな。
私は先に杉林に向かっている。手分けして、探すぞ」
父さんは冷静な顔をしている。
だが、内心冷や汗をかいているだろう。
家の立場からしても、グレステラ公爵令嬢には無事に帰って貰わなければいけない。
だが、家から出せる兵や騎士は居ない。
大事にするわけにはいかないため、王国騎士団の詰め所から騎士を派遣して貰う訳にもいかない。
「わかりました。護衛の皆さん、事情をお聞かせください」
今日の朝、グレステラ公爵令嬢と護衛の一団は我が家から北西に向かって出発した。
その時間帯はまだ雨雲が出て来ていなく、どしゃ降りの雨になるとは思えない天気だったそうだ。
事件が起きたのは、丁度、私が紹介した杉林の前の草原だったそうだ。
いきなり、上からSABCDEFGのランクに別れている魔物の中でも中堅のDランクの魔物『グレートマッドウルフ』の大群に囲まれたそうだ。
そこは公爵令嬢の護衛、勿論Dランクの魔物程度、余裕を持って倒せたそうだ。
問題は群れの長が出てきた事で、クロステア嬢と護衛が分断されたことだった。
クロステア嬢自身もかなりの剣の腕前を持ち、Dランクの魔物程度に引けをとる事は無いのだが、いかんせん数が多すぎた。
護衛もクロステア嬢の元へ向かうことはかなわず、全匹倒した後にクロステア嬢を見つけることは出来なかったそうだった。
事情を聞いた後、早急に北西の杉林へ向かう事になった。
こんな緊急事態にドレスでなんて居られないので、普段着の丈の長いズボンに半袖のシャツを着る。
私は、鎧を身につけたクロステア嬢の護衛と共に、杉林に向かって出発した。
光属性の身体強化魔法を使い北西に向かって走った。
どしゃ降りの雨によって地面はぬかるみ、走りにくくなっていた。
自分が濡れないように魔法をかける事も出来たが、あえてそのままにした。
肌をつたう水滴の冷たさが心地よかった。
杉林に着くと、二から三人に別れてクロステア嬢を探す事になった。
私は、身体強化魔法を使った時の素早さから、ついて行ける人が居ないらしいので単独行動で探す事になった。
私は、密集している杉の木を飛び移りながら、水属性の探知魔法を使う。
今日は有難いことに雨なので、地面は勿論、空にも水が有る。
探知が何時もより広範囲に広げられた。
暫く木を飛び移っていると、探知魔法に反応が出た。
近くの小さな洞窟に水を蒸発させる物、つまり火がついているという事だった。
クロステア嬢は、炎属性の魔法を使えるそうだ。時間を逆算すると魔物から逃げている途中で雨が降り出したのだろう。
渇かそうとしていても不思議ではない。ひとまず、その洞窟に向かう事にした。
近づいてみると、小さいと思っていた洞窟は意外と大きく十人程度が楽に座れる広さだった。
その洞窟の真ん中あたりに小さな炎が上がっている。さしずめ、クロステア嬢が濡れた木材を炎属性の魔法で渇かし、火をつけたのだろう。
洞窟の壁にもたれかかるようにして、クロステア嬢が寝息を立てていた。
流石に戦闘時にドレスを纏っているという事はないようで、男物の上下を着ていたが、手触りや、感じる魔力から強力な守りの付与魔法が施されていることがわかった。
「クロステア・シルフィア・グレステラ公爵令嬢、ラヴ・ユトリア・レイデルです。助けに来ました。
起きてください」
私はかなり強めに彼女の肩を揺さぶるが、彼女はとても寝付きの良い方のようで、全く目覚める気配が無い。
早く彼女の無事を知らせなければいけない。ここは彼女を起こすより、早く家に帰る事が優先だろう。
私は彼女を背中に背負った。
正直言って、私は焦っていた。何よりも優先して家に帰ろうとしていた。
だから気付かなかったのだ。
あの特徴的な紅玉のついた耳飾りを彼女が今日もつけていて、それが彼女が寝ている間に外れて、あの洞窟に転がっていた事を…………
木を飛び移って移動する。
身体強化魔法を使っている身としては人一人ぐらい背負っていても、何ら移動に問題はないのだが、少し彼女は令嬢にしては重いと思う。
いや、年頃の女性、ましてや王太子の婚約者に対して、失礼なことを考えている自覚は有る。
でも、昨日見た体型と重さが合わないのだ。
彼女が剣を自在に操る武闘派令嬢なのは知っている。
だが、筋肉だとしても筋肉のつきにくい女性の体にしては堅くてさわり心地が悪いし、重すぎる。
しかも、何だか背中に女性には無いはずのモノの感触がするのだ。
えーっと、彼女は王太子の婚約者で公爵令嬢ではなかっただろうか?
私は、考えることを辞めた………………
家に着き彼女の無事を伝え、着替えのために部屋に戻った。
ベッドにぼすんと体を埋める。
暫くして、侍女がやってきた。
「グレステラ公爵令嬢がお呼びです。
体調不良により、呼び出してしまい申し訳ないとの事です」
只のお礼だろうか? 嫌な予感がするが、しょうが無い、行かないわけにはいかないのだ。
「わかりました。今行きます」
クロステア嬢の客室に入ると、彼女は普段着のドレスを着て、紅茶に口をつけていた。
彼女の耳には、昨日も見た紅玉の耳飾りが揺れている。
体調不良とは思えない姿だったが、貴族の令嬢は総じてか弱いと聴く、ある程度はしょうが無いのかもしれない。
いや、でも、彼女は令嬢じゃ無いのかもしれないのだった、そして、私も貴族の令嬢だった………………
「お越し頂いて、ありがとうございます。
今回は助けて頂いて本当に本当にありがとうございました。
私、あのまま誰にも見つけて貰えなかった時の事を考えて、今でも震えが止まりませんの」
寒さを和らげるような動作をつけながら彼女が大袈裟な態度で礼を言った。
暫く、雑談が続く。
どうやら普通のお礼だったようだ。あの雨の中彼女が男に思えたのは私の思い違いだった。
そうだ、そうに違いない。
そういう事にしておこう………………
「あら、もうこんな時間? 私ったら話し込んでしまって、こんな時間まで付き合わせてしまって申し訳ないですわ」
はぁ、やっと終わった。特に何事もなくて良かったなぁ。
「では、自室に戻らせて頂きます」
早く帰ろう。
私が扉を素早く開けようとしたときだった。
トンッと軽い音がして背後から細いクロステア嬢の腕が伸び、壁に触る。
「ちょっと待ってくださる? 」
彼女は疑問系でありながら、有無を言わせない雰囲気で私の道を塞いだ。
私が振り向かずにいると壁に着いている腕と逆の腕がカチャリと優雅に鍵を閉めた。
「あの、一体なんですか? 」
私が恐る恐る振り向くと、クロステア嬢のご尊顔が超近距離に!
驚き過ぎて、声も出ない
「お前、さ。気付いただろ、俺が女じゃ無いこと」
彼女……いや、彼はこれまでの麗しい令嬢の表情を一変させ、不敵な笑みを浮かべた。
雨が止み、満月が綺麗なこの夜、私は本当にピンチです。
遂にクロステア嬢の女装をばらせました。あらすじに書いたにもかかわらず、お待たせして申し訳有りません。