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プロローグ

大好きな水上飛行機を活躍させたくて書きました。



一九四三年。十月二十三日。ソロモン諸島イサベル島沖


「ヘイ、ヨハンセン! カモを発見した。十時方向、水面ギリギリだ!」


 傾いた太陽が空をオレンジ色に染める中。


 水面を這う様に飛行する敵機を発見したレイモンド中尉は、僚機にそう伝えるや機体をひるがえして攻撃体勢に移った。

 彼が見つけたその機体は、なるほど確かにカモと言える形態をしている。

 目算するに、時速はおよそ百二十ノット。

 彼の駆るF4F艦上戦闘機とは比べ物にならない低速でよたよたと低空を飛行するその機体は、時代遅れの複葉機。しかも機体の下部に馬鹿でかいフロートをぶら下げている。

 日本軍が『下駄履き』と称している、水上機であった。この航海が初の実戦である新米中尉には、実に魅力的な獲物に見えたのだろう。


 しかし――


「待って下さい中尉。そいつはPeterペティ! タイプゼロ観測機です! 低空だと分が悪い!」

 このソロモン空域で実戦経験のある、僚機のヨハンセン少尉は敵の正体を知っていた。

 そして、その狙いも。

 ところが、彼の進言が聞こえなかったのか、それとも無視しているのか。レイモンド中尉はさらに速度を上げて敵機に襲い掛かろうとしていた。

「畜生、これだからヒヨッコは!」

 悪態を吐きながら彼も機体をバンクさせ、レイモンド機に追従した。空戦において、編隊の維持は生死に関わる重要なファクターである。

 だが、血気に逸った中尉はその鉄則を忘れ、一人果敢に(あるいは無謀に)突撃を敢行した。

 果たして、後方より射撃したレイモンド中尉の攻撃を寸での所でかわした敵機は、その運動性を見せ付ける様に鮮やかなインメルマンターンを極めるや否や、まるで魔法の様に素早い宙返りを打ってレイモンド機の背後に回り込んだ。

「ああっ! 中尉、避けて――」

 ヨハンセン少尉の願いとはうらはらに、レイモンド機はまるで呆けたかの様にふらふらと頼り無さ気な機動を取っている。きっと、彼には目の前の獲物が突然消えた様に見えたのだろう。

 複葉機の機銃が一瞬、火を噴いた。

 わずか一撃。

 しかしその一撃で操縦席を打ち抜かれたレイモンド機は、まるで強力な殺虫剤を吹き付けられた蝿の様にあっけなく海面に墜ちていった。

「くそっ! 言わんこっちゃ無い!」

 撃ち落とされた機体の残した波紋を一瞥すると、ヨハンセン少尉はそのまま速度差を活かして敵機に突入し、一撃離脱戦法にて敵機を墜そうと試みた。

 これは、常識的に見て極めて正しい対応と言える。

 運動性能に勝る敵機に対し、低空で格闘戦を仕掛けるのは分が悪い。それよりも速度の優位を活かしたヒット&アウェイ戦法に徹した方が、成功率も生還率も遥かに高い。

 それは眼下の複葉機のみならず、運動性に優れる反面、速度と強度に難のある日本軍機全般に有効な戦法――

 そう。確かに、戦法に関して少尉は間違っていなかった。

 しかし、彼は中尉の仇を討たんと欲するあまり、空戦時に一番気を付けるべき『背後の警戒』を怠たるという致命的なミスを犯していた。

 複葉機を照準の中心に収めようとしたその時、轟音が彼の機体を襲った。


(そんな、まさか! あれは……ゼロファイター……)


 意識を消失させる瞬間――

 彼が見た敵機の機影はこの時間、この地域にいる筈の無い敵の主力戦闘機。憎き零式艦上戦闘機ゼロファイターだった。



「おほっ、敵機撃墜確認。見ましたか機長。さすがは宮さん、鮮やかなもんだ」

「ああ、実にいやらしく夕日に隠れていたなぁ。ありゃあ、まず分からんよ」

 操縦桿を握る坂巻一飛曹は、暢気に話す後席の相田二飛曹にそう相槌を入れると、敵機を墜した味方機に翼を振って謝意を表した。

 そのまま機体を翻し僚機と共に、茜色に染まるソロモン水道を後にする。

 夕日を湛えた海面は、まるで血を流した様に赤く染まっていた。


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