第6話 『新たな火種』
「ほ、本当に魔王を討伐したと申すのか……?」
「はい。残念ながら王国の兵士は全滅しましたが……」
人の国へと帰還した勇者。
国王に任務完了の報告をしに王宮へ。
魔王城への入り口である大穴は勇者が脱出した直後に崩壊して塞がっている。
つまり、勇者の言葉には嘘がない。
もちろん、これは虚偽の報告だ。
魔王は魔剣となって勇者の腰で存命している。
しかし、国王にそれを知る術はない。
大穴は塞がり、勇者が生きて帰った。
その事実が国王にとっての全て。
つまり目の前の男は、名実共に世界最強の存在であることは疑いなく。
「大義であった!」
「さすが勇者様!」
国王と、隣に立つ王女。
2人は即座に手のひらを返した。
魔王を倒した最強を褒め称える。
「本当によくやってくれた! 余は其方の力を信じておったぞ!」
「勇者様素敵! 結婚して!」
「おお! それが良い! 実を言えば、もとよりそのつもりであった! すぐに挙式の準備をしよう!」
「まあ、お父様ったら気が早いですわ」
「善は急げだ! 諸侯達にも勇者の婿入りを宣言せねばならん!」
相変わらず、息の合ったクズっぷり。
この親にしてこの娘ありとはまさにこのこと。
お兄ちゃんも、婿入りの際には充分気をつけるように。
ま、婿入りなんて絶対許さないけどね。
「さあさあ、勇者様。どうぞこちらへ」
「遠慮するでない! 其方は今日から王族の一員、余の息子なのだから! そうだ、誓いのキスを済ませておけ!」
「え〜? どうしましょう……?」
愚王と愚王女の腹のうちは明らかだ。
世界最強の存在となった勇者を王家に取り込み、諸侯を押さえつけるのだ。
勇者という武力さえあれば、どのような無茶も思うがまま。
魔王の支配が終わった今、人の国が世界を支配するのだ。
その野望の為に既成事実を作ろうと、王女が勇者に擦り寄ろうとしたのを見て、魔剣が警告する。
《あと1歩でもその女が近づいたら、首を刎ねちゃうから、そのつもりで》
それを聞いた勇者はすぐに対応。
「恐れながら王女殿下、自分の傍には近寄らない方がよろしいかと……」
「何故ですか? 傍に寄らなければ接吻が出来ないではありませんか」
「実は魔王を討伐した際に呪いをかけられまして……傍に寄れば、命の危険が」
「の、呪いですって!? それならそうと早く言いなさいよ! 気持ち悪い!」
嘘を重ねることへの抵抗はあるが、それであっさりと退室が許された。
立ち去る前に、これだけは聞いておこう。
「ちなみに王女殿下」
「な、何よ!?」
「襲撃の際に身につけていた極彩色のローブはどこで買われたのですか?」
「狩人が仕留めた珍しい鳥人の毛皮を剥いだのよ! 文句ある!?」
やはり、そうだったのか。
居た堪れなくなる勇者に、王女は暴言を重ねる。
「そんなことどうでもいいでしょ!? さっさと消えなさいよ! 呪い持ち!!」
まるで病原菌のように追い払われながらも、一礼して謁見の間をあとにしようとする勇者に、国王は確認した。
「娘との結婚は白紙となったが、其方はこれからも王国の剣だ。異論はないな?」
「はい。これからも忠義を尽くします」
「ならば結構。下がれ」
尊大な態度ながらも、魔王を倒した勇者の力を恐れる国王は、内心ビクビクしつつ、約束させた。
王宮から出て、宿舎へ向かう道中。
《あのクソ女と王様、危うくぶっ殺すところだったよ。悪いこと言わないから、さっさと始末した方がいい》
そんな滅茶苦茶な魔剣の忠告。
取り合わず、聞かなかったことにする。
とはいえ、極彩色のローブの件もあり、魔王の怒りはもっともだ。
勇者とて、憤りを感じている。
しかし、だからと言って王女を殺せば、本末転倒である。
そして自分は人側の勇者。
形だけとは言え、魔王は死んだ。
せっかく平和が訪れたというのに、王族を殺すなど言語道断だ。
それから勇者は、質素に慎ましく王都で静かに生活した。
国王は、やはり不安らしく、勇者には沢山の監視が付けられることに。
四六時中見張られながら、勇者は憲兵として悪を捕らえて、自らが正しいと思うことをこなしていく。
人助けも積極的に行ったが、未だに偽勇者と呼ばれることもしばしば。
勇者はそれを気にしなかったが、携える魔剣は過敏に反応して、騒いだ。
《これから君を偽勇者って呼んだ奴を片っ端から切り捨てようと思うんだけど、いいかい?》
いいわけないだろ。
魔剣が暴走する前に宿舎に戻る。
するとひとりでにカーテンが閉まり、部屋に開けられたのぞき窓を黒い影が覆っていく。
全ては魔剣が勝手にやっていることだが、勇者を監視している者からは魔王の呪いだと恐れられている。
ともあれ、それのおかげで監視の目気にすることなく、部屋ではゆっくり身体を休めることが出来た。
しかし、弊害もある。
「やっぱりこの姿が一番だよね」
闇で部屋を覆い、音すらも遮断した静寂の中、脳内ではなく耳に直接声が届く。
ベッドに横になっていた勇者の傍に、あられもない半裸で横たわる魔王。
のそのそと勇者の上に乗って、見下す。
「君もこの姿の方が好きだろう?」
「どっちしろ、好きにはなれない」
「君は恋を知らない童貞だからね」
「違う。お前が魔王で悪だからだ」
わりと息の合った険悪な掛け合いをする魔王と勇者。
見ようによっては仲睦まじくも見えます。
無論、勇者にとっては迷惑以外の何物でもありませんが、魔王は1日の終わりにこうして語らうのが何より愉しみでした。
そして今日はいつもよりも大胆に甘えて、勇者を攻略してみることに。
「確かにボクは魔王だけど、君の憎む悪はどこにでも存在している」
それは真理。
魔族のみならず、王国の兵士も。
そして王都に暮らす住民の中にも、悪は根付いていた。
それは憲兵として毎日悪人を捕らえている勇者にとって、認めたくない現実だった。
「それでもほら、あったかいでしょ?」
柔らかな身体を押し付けられて、勇者に魔王の体温が伝わってくる。
その言葉の通り、温かかった。
恐らく、普通の人間よりも、遥かに。
悪である筈の魔王には、温もりがあった。
「気持ちいい?」
その質問には答えない。
否定すれば、嘘をつくことになる。
追い込まれた勇者は打開策を探す。
このままでは分が悪い。
しかし、いつまでもこうしていると、間違いが起きる可能性がある。
だから勇者は、話題を変えることに。
「重いから、退いてくれ」
善悪ではなく、ただ単純に重いから退けろと主張。
それを受けて、ピキリと。
魔王のこめかみに怒りマークが浮かぶ。
「ほ、ほほう? いい度胸じゃないか。い、言うに事欠いて、重いだって!? 上等じゃん! 覚悟しろ!!」
「な、何をするつもり……ぐぇっ!?」
デリカシーの欠片もない勇者に憤慨した魔王は、重力を操り、体重を増加。
これぞ闇を司る魔王の真骨頂。
魔王は重力魔法の使い手なのです。
「ぐっ……はっ……!」
ベッドと共にめり込み、呻く勇者。
このままでは身体も寝台も持たないと判断して、降参することに。
「わ、悪かった! 重くない!」
「ふんっ! 悪は勝つのだ!!」
もはや、どう見てもいちゃついているようにしか見えない、魔王と勇者。
しかし、これまでの勇者の頑張りを考えれば、このくらいの役得は許される筈です。
けれど、そんな平穏な日々は、今日でおしまい。
コンコンと、窓を叩く音。
それを影で感知した魔王。
「やれやれ、邪魔が入ったみたいだね」
「誰だ?」
「新たな火種ってところかな」
不吉なことを口にして、魔剣の姿へと戻る魔王。
それに不安を覚えながらも、窓を開けると。
「ゆ、勇者様! どうか我らをお助け下さい!」
そこには赤毛の年若い女が立っていた。
一応、魔王の目があるので、距離を取る。
安全を確認してから、状況を確認。
すると、見張りが倒れているのを発見。
「その見張りはどうした?」
「どうしても内密にしたい相談なので、失礼ながら薬で眠らせました」
「殺してないなら、いい」
もしも見張りを殺したならば、その時点でこの女は悪だと判断していた。
相談に乗るまでもなく裁判にかけるところだが、眠らせいるだけなら問題ない。
とりあえず窓から部屋に入れて、話を聞いてみることに。
赤毛の女曰く。
王国からの税が重くて困っている。
今年は作物も不作。
にも関わらず、いつも通りの年貢を要求されて、備蓄が底をついた。
「そして何より、魔王を倒した勇者様に対するこの処遇。断じて認められません!」
勇者の暮らしぶりを指摘して、声を荒げる赤毛の女。
勇者としてはわりと満足してるのだが。
何やら義憤に駆られているらしい。
もっともそれは悪ではなく、彼女の正義感によるものだとわかる。
しかし、事情はどうあれ自分を引き合いに出されるのは堪らないので、窘めた。
「俺のことは気にしなくていい。それよりも重税の方が問題だ」
せっかく平和になったのに、何故まだそれほど重い税を課して、年貢を取り立てるのか。
国政に疑問を抱くと、魔剣が勇者にだけ聞こえる声で解説した。
《魔王軍の襲撃がなくなったことによって浮いたお金であの愚王と愚王女は毎日贅沢三昧。 それに近隣の村を締めつけて飢えさせることで弱体化を図り、反乱を起こさせないようにしているみたいだね。本当にあの親子は害悪でしかない》
魔王に害悪呼ばわりされるとは。
だが、それも頷けるほどの悪政だ。
しかし、妙に国内事情に精通しているな、と思ったら。
《ボクは悪の権化の魔王ちゃまだからね。 悪意には敏感なのさ。そのボクの見立てではそこの娘も要注意だね。十中八九、領主の娘で、これを機に勇者を味方につけて国家転覆を目論んでるよ》
そんな馬鹿なと思った、その直後。
「実は私は重税に喘ぐ土地の領主の娘でして、お話した通り財政難で、何も見返りは差し上げられませんが、勇者様が悪しき国王を打つのを手伝ってくださるのでしたら、喜んでこの身を……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
魔王の説明通りの展開。
身の内を明かして服を脱ぎ始めた領主の娘を制して、やめさせる。
《ほらね、言った通りでしょ? ああ、目はちゃんと瞑っておきなよ? ちょっとでもその発情したメス猫の肌を見たら、ボクがプッツンして惨殺しちゃうからね》
目を閉じていて良かった。
重さを司る魔王の愛もまた重し。
唯一落ち着ける宿舎が血で染まらずに済んだことに安堵しつつ、目を閉じたまま勇者は領主の娘を諭した。
「とにかく、国王陛下には俺から税を軽くするように伝えておく。だから、服を着てくれ」
「ですが……」
「いいから早く服を着ろ。頼むから、俺に肌を見せるな」
領主の娘の安全の為の説得。
しかし、彼女は小さな声で、ボソリ。
「ちっ……魔王の呪いでホモになったって噂は本当だったのね」
その呟きは勇者にも、そして魔剣にもしっかりと聞こえており。
《ボクは別にどちらでも構わないよ。君の不要なモノをちょん切って女の子にしてから可愛がってあげてもいいし、君の性別はそのままで、ボクが魔法で変身して男になってあげてもいい。でも後者はちょっと不潔だから、ボクとしては前者をお勧めするよ》
どっちにしろ嫌だ。
勇者は顔を引きつらせつつ、服を着終えた領主の娘を帰した。
そして約束通り、すぐに国王に掛けあったのだが。
「税を軽くしろだと? 思い上がるな!」
なるべく下手に出て頼んだつもりだったが、国王の怒りを買ってしまった。
「平民風情が国政に口を出すとは、いつから貴様はそんなに偉くなった!?」
「そうよそうよ!」
ここぞとばかりに加勢する王女。
国王の怒りは収まらず、勇者に対して処分を言い渡した。
「余が良いと言うまで、地下牢に入っておれ!!」
そんなわけで、勇者は牢獄送り。
とうとう国政にまで口を出してきた勇者を恐れた国王の過剰な対応。
そのニュースは瞬く間に国中に広がり、囚われた勇者を救うことを大義名分に諸侯が王に反旗を翻した。
……
………
……………
地下牢に幽閉された勇者に、戦闘音が聞こえる。
どうやら既に王都まで攻め込まれたらしく、陥落も時間の問題だろう。
だが、同情には値しない。
全ては身から出たサビだ。
正しい治世をしていれば何も問題なかった。
真っ暗な地下牢で勇者は絶望の淵に沈む。
せっかく、形だけとは言え、魔王を倒して平和を取り戻したのに。
それなのに、内乱が勃発して、今度は人同士で争っている。
もう、嫌だった。
このまま地下で朽ち果てるつもりだった勇者の元に、来客が。
「こんなところで何をしている勇者!」
現れたのは国王。
こんなところでも何も、勇者を地下牢に幽閉したのはお前だ。
焦った様子の国王は鍵を開けて。
「さっさと国を守れ!」
勇者を解放して命じるのと同時に、なだれ込んでくる敵兵。
「ようやく追い詰めたわ」
ツカツカと歩み寄る、赤毛の女。
重税に喘いでいた土地の領主の娘だ。
どうやら指揮官らしく、国王に剣を突きつけた敵兵は、彼女の命令を待っている。
「今更勇者様に泣きついたって無駄よ。自分がこれまで彼に対してどれだけ酷いことをしてきたかわかってるの?」
「う、うるさい! こいつは余に忠誠を誓った! なあ、そうだろう、勇者?」
勇者は答えない。
何が正義で、何が悪なのか。
それをひたすら考えていた。
「ほら見なさい。残念ながら見捨てられたようね」
「くそぅ……田舎娘如きがぁっ!!」
「諦めなさい。王女が早々と王都を見捨てて逃げ出した際には肝を冷やしましたが、国王の首さえ取れればこちらの勝利です」
勝利宣言をして、兵士に下令する、その間際。
「待て」
これまで静観していた勇者が割って入る。
「おぉ……余を、助けてくれるのか……?」
死への恐怖で股間を濡らす王が取りすがる前に、魔剣を突きつけた。
呪いの剣と恐れられているこの剣だけは牢獄に入る際に誰にも触ることが出来ずに、腰に下がったまま。
久しぶりにそれを抜いて、正義を貫く。
「俺が国王を殺す」
「へっ?」
「それが、ケジメってもんだろう」
ケジメをつける。
それくらいしか正しさを見出せない。
しかしそれは自らの手で悪に染まった国王を屠ることに他ならない。
明白な、殺人である。
それは正義とは程遠い行い。
だが、他の者にその罪を押し付けるよりはマシだ。
自らの手で、ケリをつける。
しかし、いざ人を殺すとなると、怖くて。
「お? なんだ、手が震えておるではないか! 悪いことは言わん、やめておけ。今からでも遅くないから、余と共に世界を再建しよう! 好きに贅沢をさせてやるし、なんなら世界の半分を其方にやろうではないか!」
勇者の剣先の震えをみて国王大歓喜。
なんとか懐柔しようと試みるものの、いかんせん最後に発した言葉が問題だった。
《やれやれ、半分だなんて、小さい王様だね》
そもそも、それはお前のものではない、と。
怒気を露わに、魔剣が唸る。
《こんな奴の為に愛しの勇者くんが綺麗なおててを汚す必要なんてないよ。君の代わりにボクが殺してあげるからさ》
気楽にそう言って、あっさりと。
国王の首が、宙に舞った。
ポカンとした顔のまま、地下牢の床に転がる首。
国王は、死んだ。
その瞬間、内戦は終わった。
「さすが勇者様! お見事です!」
喝采する領主の娘と敵兵。
勇者が殺したわけじゃない。
彼らには魔王の声が聞こえない。
結局、ケジメをつけられず。
殺人の罪を、魔王に押し付けた。
勇者は自分の弱さを恥じて、声に出さずに何度も何度も魔王に謝った。
すると魔王は心底嬉しそうに笑って。
《ふふっ……本当に君は可愛いね。その顔が見れただけで、ボクは満足さ》
破綻した魔王の底知れぬ愛情は、勇者の心をゆっくりと壊していく。
善悪を見失ったまま内戦を終わらせ、英雄となった勇者は、世界の終わりへと突き進んでいきました。




