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第4話 『善悪の立場』

「ただいま戻りました、国王陛下」

「ちっ……まだ死んでおらんかったか」


偽勇者の汚名を背負った勇者は、残る魔王軍四天王の討伐に駆り出されました。


南の砂漠地帯で火の四天王を。

東の湖で水の四天王を。

北の高山で雷の四天王を倒しました。


西の荒野を支配していた風の四天王は最初に倒していた為、これで全ての四天王を倒したこととなります。

そんな第殊勲を挙げて舞い戻った勇者に対して、国王は忌々しげに舌打ちをして、その労をねぎらう素振りもありません。


表向きは、復興途上の王都に必要な資源を確保する名目での、勇者の派遣。

しかし本当の狙いは、死地へと誘い、その命を亡きものとする為の命令でした。


王女の美貌にも靡かない勇者は、俗物的な国王にとって異質に思えます。

今は大人しくこちらに従っているものの、いつ反抗してくるのかわかったものではありません。

四天王の力を取り込んだ勇者の力は、味方にとっても脅威だったのです。


もちろん、勇者に謀反を起こすつもりは一切ありませんが、疑心暗鬼に駆られている国王は不安で堪りません。

だから、その懸念を払拭するべく、勇者に最も困難な任務を与えました。


「なにをぼさっとしておる。四天王を倒したならば、早いところ魔王に挑んでこい」


しっしっ! と、追い払われて、勇者は一礼して謁見の間を後にしました。


四天王を倒したことにより、王都の近くで魔王城へと続くと見られる、大穴が開きました。

どこまでも続く、その深淵を見て、人びとは魔王がその穴から這い出てくるのではと怯えきっています。

ならば、その恐怖を払い、世界に平和を取り戻すことが自らの最後の使命であると信じて、勇者は王都で傷んだ身体を休めて戦いに備えようと思ったのですが。


「あら、もう戻っていらしたの?」


廊下で待ち構えていた王女。

戦いの余波でボロボロになっている勇者を見て顔を顰めて鼻をつまみ。


「そんな汚い格好でよくもまあこの城に入れたものですね。さっさと消えなさい」


まるで汚物のように、勇者を城から追い立てました。


疲れた身体を引きずって、久しぶりの王都を歩いて進む。

宿舎へと向かう勇者に、人びとは石を投げつけます。


「この、偽勇者め!」


何度もそう罵倒されても、関係ない。

ただひたすら、自分の信じる正しいことを遂行するのみ。

石を投げつけられた額からは、血が流れ、乾いた涙の代わりに、頬を伝いました。


ようやく、宿舎へとたどり着いても、そこには何もなく、投石によって窓が割られている始末。

しかし、不思議なことにガラスは散乱しておらず、綺麗に整えられたベッドのシーツも埃一つありません。

どうやら、誰かが勇者の帰還を聞きつけて、部屋の掃除とシーツの天日干しをしてくれたようです。


《君もなかなか隅にはおけないね》


嫌われ者の偽勇者にも味方はいる。

謎の声は言外にそう語ります。

しかし、長旅で疲れた勇者はそれを気にすることなく、お日さまの香りがするベッドへと倒れ込み、深い深い眠りにつきました。


別に、誰かに褒められたいわけじゃない。

それでも、部屋を掃除してシーツを干してくれた者に、感謝しながら、眠る。


………………

…………

……


「ん……朝、か」


目覚めると、既に日が昇っていて。

気づくと、石が当たって血が出ていた額に包帯が巻かれていました。

慌てて部屋を見渡しても誰もおらず。

その代わりに、けたたましいノックと共に、けたたましい声が響きました。


「おい、偽勇者! いつまで寝てやがる、飯を食ったらさっさと魔王討伐に向かえ!!」


ガシャンと、部屋の前の床に食事が置かれる音。

勇者が扉を開けて、粗末な食事を口にします。

持ってきた兵士の唾が入った残飯。

それを食べ終えて、戦いに向かいました。


王国が出兵した100名程の兵士が、ぞろぞろと勇者の後に続きます。


これまでの四天王討伐に際して、50人程の兵士が同行していました。

彼らの任務は、勇者に加勢することではなく、主に戦果の運搬。

勇者が四天王を倒し終わったことを確認して、魔族の村々から金目の物や食べられそうな食料を奪っていました。


戦いに専念していた勇者ずっとその所業に気づかず、最後の四天王となった、高山の頂上に君臨する雷を司る巨大な竜を倒した折に、その光景を目撃したのです。


勇者が倒した四天王配下の魔族の家族が暮らす、小さな集落。

そこには女子供しかおらず、王国の兵士はそれをいいことにやりたい放題。

荒らし、陵辱し、踏みにじり。

そして最後には火を放ちました。


住居の残骸の柱に縛られ、生きたままその身を焼かれる魔族の悲鳴に気づいた勇者は、戦利品を運ぶ兵士を咎めます。


「どうしてこんなことをする!?」


それに対して、ヘラヘラと兵士は答えます。


「へへっ……これも国の為でさぁ」

「く、国の為だと……?」

「王国の復興には資源が必要だってことは、偽勇者のあんたにもわかるだろ?」

「それはわかるが、しかし、女子供にこのような仕打ちは……」


勇者が正論を口にすると、それまでヘラヘラしていた兵士の目つきが変わり、ぺっと地面に唾を吐きつけて、問いかけてきた。


「たとえ偽者でも、あんたは王国側の勇者だろうが! 履き違えんな!!」


兵士は勇者の胸ぐらを掴み、自らの行いを正当化し始めます。


「いいか、あいつらは魔族だ! ガキだろうとメスだろうと関係ない! 全員敵で、だから1人残らず殺す! 後に残して仇討ちなんかされたら堪らないだろ? それにメスの魔族で愉しんだって、責められる謂れはねぇ。なにせ、どうせ殺しちまうんだならな!!」


聞くに堪えない暴言を吐いて、醜悪な哄笑をあげる兵士。


そこでふと気づく。

中年の彼には、見覚えがあった。

よく見ると、昔婆ちゃんが助けた、若者だった。

あれから歳月を経て、ゴロツキに奪われる側だった弱者は、奪う側となっていたのだ。


「強い奴は弱い奴から何もかも奪う権利がある! なあ、お前らもそう思うだろう!?」


そんな彼の言い分に、周りの兵士もそうだそうだ!と同意して、一緒になって笑い出す。


やめてくれ。

認めたくない。

せっかく婆ちゃんが助けたのに。

それなのに、どうして、こんな。


これが、人の国の兵士だった。


彼らの言うことは、人の国を守る勇者の胸に深く突き刺さった。

自分は人であり、魔族は敵。

履き違えるなと言われて、自覚した。


自分の認識は、あまりに曖昧すぎた。


強きを挫き、弱きを助ける。

それが正義と信じていた。

では、この現状はなんだ?


人の立場から言えば、正論。

勇者が今抱える胸の痛みは、魔族の立場に立っている証拠と言えた。


強きは、人。

弱きは、魔族。


勇者の存在で立場は逆転している。

弱いから、奪われ、踏みにじられる。

その仕組みは立場が逆転しても変わらない。


一見すると平等。

しかし、同時に不平等。

正しさとは何か。

それを見失いかけた、その時。


《君の好きなようにしなよ》


その為に力を授けたのだから、と。

猫なで声で囁く声。

それに後押しされて、勇者は水の四天王の力を用いて、唯一生きていた魔族の少女を助けたのだった。


しかし、これは間違いでした。


………………

…………

……


魔王討伐に向け、王都を出発して間も無く。

後方で荷馬車を引いていた兵士が悲鳴をあげた。


騒ぎを聞きつけて、駆けつけると。


「死ねっ! 死ねっ! 死ねぇっ!!」


魔族の少女が、何度も何度も鋭い爪を兵士に突き立てていた。

返り血で赤く染まった頬には、また新しい火傷が見て取れて、すぐに勇者が助けたあの村の魔族の女の子だとわかった。


勇者は最低限の応急処置をして、その最中に気を失った少女を、安全な場所に寝かしつけてから村を後にした。

目が覚めた時には、村は完全に燃え尽きていて、彼女の母は炭化していた。

それを見て、恨みを募らせた彼女は、こうして復讐の機会を伺っていたのだ。


目の前で母を組み敷き、ついでとばかりに自分も乱暴され、事が終わったら柱に繋がれて村に火をつけた、鬼畜共。


まだ火傷も癒えぬうちに、こうして後をつけて王都の近くで潜伏して、襲撃を敢行。

勇者が駆けつけるまでに10人以上の兵士を殺した。

非力な少女がそれだけの被害を出せたのは、恨みを力に変えたから。


「もうやめろっ!!」


そんなことをさせる為に助けたわけじゃない。

新たな犠牲者を生む前に、割り込んだ。

止めに入った勇者に気づき、それが自分を助けた者だと知ると、少女の怒りは頂点に達した。


「お前だな! 私を助けたのは!!」


勇者に飛びかかり、首を絞めながら、少女は怨嗟の言葉をぶちまける。


「どうして助けた!? どうしてあのまま死なせてくれなかった!?」


少女は限界だった。

寝ている間にまた人に襲われると思って、夜も満足に眠れない。

自分だけが生き残った罪悪感。

穢された時のことが何度も蘇り、何を食べてもすぐに吐いてしまう。

目の周りのクマ。

ガリガリに痩せた身体。

その全てで勇者を責めながらも。


それでも、命を救われた恩を感じて、勇者の首に爪を突き立てられずに。


「殺してくれ……頼むから」


大粒の涙を流しながらの、懇願。

一瞬、それは本当は自分が口にした言葉なのではないかと錯覚した。

殺して欲しいのは、勇者の方だった。


《しっかりしなよ》


声が、腑抜けた勇者に喝を入れる。


《弱きを助けるのが、正義なんだろう?》


言われて、為すべきことを知る。

目の前の少女を救いたい。

救う為には、方法はひとつしかなかった。


「……すまない」


牛刀を一閃。

悲鳴もなく、少女の首が飛んだ。

痛みを感じることなく、最期は安らかに、魔族の少女は死んだ。


これが、救い。

そんなの、認めたくない。

だけど、それが現実だった。


騒動が収束して、兵士たちは怯えている。

また襲われるのではと、怖がっていた。

死んだのは、婆ちゃんが救った中年の兵士と、その取り巻きだった。


因果応報。

それは当然のことかも知れない。

それでも、少女を助けたのは勇者だ。


王都に戻れば、その罪を責められるだろう。

あの国王のことだから、この機に勇者を斬首するかも知れない。

そう判断して、このまま進むことを決めた。


………………

…………

……


目の前には、大地に空いた大穴が。

ご丁寧に、縁には階段が設けられている。

火の四天王から吸収した力を使い、剣に火を灯して、明かりとする。


間接的とはいえ人を殺めてしまった勇者はもう、後には引けません。

生き残った兵士を引き連れて、深い深い深淵へと続く螺旋階段を、下に下に降りて行きます。


長い長い時間をかけて、暗闇を降り。


ついに勇者は、目的地である魔王城へと辿り着きました。

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