第四章 霊媒師OJT5
強く擦りすぎたのか目元がヒリヒリと痛む。
「あの……」
僕はズズッと鼻を啜りながら、おずおずと田所さんに声をかけた、が、後が続かない。
さっきは“この人にこそ助けが必要だ”なんて思ったけど、どうしたらいいのか。
こんな姿になってまで娘さんを守る為に縛られている田所さんを、ただアパートから祓うのではなく、出来れば納得して成仏してもらいたいと願ってしまう。
ああ、でも、霊媒師見習い、研修5日目。
やっと放電ができるようになっただけの役立たずの僕に一体なにができるのだろう?
“役立たずの僕__”
ネガティブなワードはネガティブな思い出を瞬時に呼び起こすもので、こんな時に思い出したのは前の会社で営業部からお客様相談センターに異動になった事を告げた時の、元カノの言葉だった。
__『お客様相談センターに移動になったって本当?相談センターじゃ営業部と違ってインセンティブつかないから給料さがるでしょう?はぁ……私、そろそろ英海と結婚してもいいかなって思ってたのに。大体さぁ、営業成績良かったのになんで相談センターなの?クレーム客の話をただ聞いてるだけの仕事じゃない……』
“クレーム客の話をただ聞いているだけ”か。
確かに元カノから見たらそうなのかもしれない。
営業部のような華やかさも目に見える生産性も無いし、電話の向こうで怒鳴り散らすお客様には、どれだけ案件をこなしても慣れる事無く、いつだって手が震えていた。
それでも僕の中では営業部も相談部もさして変わりはないと思っていて、どちらもお客様のお話をどれだけ沢山お聞かせいただく事ができるか、それによってどれだけ心を開いていただけるか、商品をご購入頂くのもお怒りを鎮めて頂くのも、まずはそこをクリアしなければ話は始まらないのだ。
……
…………
これはもしかして田所さんにも同じ事が言えるんじゃないだろうか?
僕が田所さんについて知っている事は、ネットの中で見た古い事件の記事だけだ。
直接田所さんに聞いた訳でもないただの情報だ。
田所さんに成仏してもらいたいなら、田所さんともっと話をして田所さんの気持ちを、望みを知るところから始めなくちゃいけない気がする。
そしてこれが霊媒師としてのスキルがゼロに等しい僕が今、唯一できる事なんじゃないだろうか……?
「あの……田所さん!僕は霊媒師見習いの岡村英海と言います。僕はあなたが娘さんを守る為にずっとここで闘っている事を知っています!傷はまだ痛みますか?寒くはないですか?おなかすいてないですか?僕はあなたと話がしたいです!あなたに何が起こったのか、あなたの気持ち、あなたの望み、あなたの全てが知りたい!」
つい力が入って勢いで喋ってしまったけど、ちょっとまずかったかな……?
自他ともに認める草食系男子である僕だけど、それでも初対面の女性に向かっていきなり“あなたの全てが知りたい”なんて、怪しすぎる……。
僕は慌てて取り繕った。
「あ、ごめんなさい!その、すべてが知りたいっていっても変な意味じゃなくてですね、その、えっと、」
前職の時はもっと滑らかに言葉を間違える事無く話す事ができたのに、なぜこの女性の前ではこんなにもしどろもどろになってしまうのか。
幽霊だからか?
いや、多分そうじゃない。
僕と田所さんを繋ぐ電流、そこから伝わってくる微かな振動。
彼女は僕を前に両手を広げ睨みつけてはいるけれど、生前あんな姿になる程暴力を振るわれて、僕と加害者の旦那さんを被らせているのか……今度は僕に暴力を振るわれるかもしれない、それでも娘さんを守る盾となり震えながら立ちはだかっているんだ。
だから僕はあなたに危害は加えませんよ、という事を解ってもらいたくて変に力が入ってしまう。