第二十章 霊媒師 瀬山 彰司ー77
恐怖に縛られ動けなくって、もう駄目だと心が負けて、魂と命と、その両方を諦めかけた僕を間一髪で救ったのは、
『うっな゛ーーーーーーーーーーーっ!!!』
逃がしたはずの大福だった。
炎の筒のてっぺんから疾風で降りてきた猫又は、僕の首を後ろ側からガブリと噛むと、足で地を蹴り再び上に高く飛んだ。
不意打ちに長の手は解け、身体が浮いたと思ったら一瞬で視界が変わる。
あったはずの長の顔は今では遠く、遥か下で小さくなっていた。
牙を立てずに唇で首を噛む大福は、飛びながら僕を振り上げ(怖っ!)、フワッフワな背中に乗せかえた……のだけど、ひぃぃぃ! 高いぃぃぃ!
地上にいれば風はないけど、空を飛べばビュービューと空気が流れ、高さと風と、溶ける景色はすこぶる早いし、油断をすれば落ちそうだしで、僕は必死にしがみついたんだ。
「だ、大福ぅぅ! もうちょっとゆっくり! ゆっくり飛んでーっ!」
大声で頼み込めば、猫又は気持ち速度を落としてくれた。
が、僕は生者で普段空は飛ばないし(てか飛べない)、ハンググライダーもバンジージャンプもした事ないし、初めての高い景色にパニック状態だった。
そりゃあもうテンパって、さっきまでの絶望は”大福コースター”に上書きされる。
そうなると言いたいのはこれだ。
「ちょ、ちょっとー! なんで戻ってきたのよー!」
風の音で声が消されそうになるのを頑張って音量を上げてみた。
それを聞いた大福も大声で、
『うっなーーー! うななななな! にゃごにゃごにゃごーーっ!』
「えぇーー!? 最初から逃げる気はなかったってー!? 長を油断させて助けるタイミングを計ってたのー!?」
『うーななー! にゃふにゃふにゃふ……ウニャリ』
”そうだにゃー! 作戦通り……ニヤリ(悪そうに)” なんて言っている。
ああん、もー、せっかく逃がしたってのにぃ。
まったくもって言うコトなんか聞きやしない、困った猫又だ。
だけど、だけどさ……そうは言ってもありがたいよ。
大福が来てくれなければ、今頃僕は喰われてたもの。
魂は消え、生身の身体は長が手に入れ、悪事を重ねるのだろう。
本当は……僕だけでなんとか出来れば良かったんだ。
だけど1人じゃ無理だった。
気持ちが恐怖に負けてしまって、”みんなを助けるんだ”なんて意気込んでたのに、それさえもダメにしそうになっていた。
この仔が助けてくれたから、今こうして生きているんだ。
負けた気持ちが徐々に元気になっていく。
大福、ありがとね。
心から感謝してる、大好きがまた増えた。
こういうの、ちゃんと言葉で伝えたいなぁと、しがみついた背中から声をかけようとしたんだ。
だけどその時、猫の首とか頭とか霊体とか、至る所に目が釘付けになった。
「これって……」
フワフワでツヤツヤで良い匂いがいつもする。
大福の、ついでに僕も自慢に思う真白な毛皮が、何か所も焦げていた。
茶に色が変わってて、チリチリと毛が縮み、焼けて透ける地肌は赤く斑になっている。
これ……ヤケドだ。
火の筒から飛び込んできた時、それから僕を咥えて飛んだ時、いずれも火を避ける余裕がなかったんだろう。
それでアチコチ焼けてしまったんだ。
「大福…………」
名前を呼んで、恐る恐る焼けたところを撫ぜてみた。
猫又は前を視たまま『うなぁ?』と答える。
「…………あのね、ごめんね。助けてくれてありがとね」
ヤケド、痛そうだ。
こんなになってまで、助けに来てくれたんだ。
僕は猫の首に顔を押し付けギュゥと抱きしめた。
少しの間そうして、その後は涙を拭いて顔を上げた。
そして、大福の傷を治すべく、癒しの印を結び始めたのだ。




