第八章 霊媒師弥生-4
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「ねぇ、先代。この猫エイミーちゃんの大事な子なんですって。どうにかして会社の中に入れるようにできないかしら」
僕らより少し遅れてやってきた先代に、大福が社内に入れるようにしてくれないかと頼んでくれているのは弥生さんだ。
本当なら僕が頼むべき事なんだけど、大福が意識を失った事でみんなを巻き込みあれだけ大騒ぎしてしまったのだ。
これ以上迷惑をかける訳にはいかない。
僕は涙を呑んで大福の丸い顔を包み「やっぱりお庭で待っててくれる?」と、後頭部に熱い接吻の連続技を繰り出していたのだが、そんな僕を見かねたのだろう。
弥生さんは出社してきた先代に、開口一番で交渉してくれたのだ。
ありがたいなぁ……でもね、そのお気持ちだけで充分です。
だって社長の結界は完璧だもの。
こんな強固な結界を大福が突破するのは無理だろうし、もしまたなにかあったら僕は後悔しきれない。
「弥生ちゃん、おはよう。ん?岡村君の大事な猫?猫の1匹くらい私の許可なんていらないよ、入れてあげればいいじゃない。えっ?事情があるの?ん?あら?あらら、そうか、この猫ちゃんか」
言いながらしゃがみこんだ先代は、大福の顎の下をコチョコチョしながら、まじまじとその顔を見ていた。
先代と大福、幽体同士は触れ合う事が可能なのだ。
「そうなの、この猫なのよ。せっかく会社につれてきたのに結界に弾かれちゃってねぇ。それでさっきエイミーちゃん大泣きしちゃったの」
や!ちょっと!弥生さん!?
大泣きとかそういう話はしなくていいですって!
「あらら岡村君、大泣きしちゃったの?まあ、まだ岡村君は小さい子だから仕方ないねぇ。気にする事ないよ」
えぇ!?
なに言ってるんですか、先代!
僕30才ですよ?
いいオッサンですよ?
そんな中年つかまえて”小さい子”っておかしいでしょう?
失礼ながらボケたのか?
てか、幽霊でもボケるのか?
とにかくそのへんキッチリ突っ込もうかと思ったその時、酒焼けのしゃがれた声が滑り込んできた。
「そうよねぇ!78才の先代から見たら30なんて”小さい子”と同じよねぇ!わかるわぁ!ね、ね、じゃあ私は?私は?」
「弥生ちゃん?弥生ちゃんだって、まだ38才でしょう?38なんて私から見たら成人前の少女だよ。そうねぇ、40才でやっと少女卒業かな?」
あーっと、先代?
めっちゃ良い顔で笑ってますけど、40才で成人って……それってダブルスコアですって、間違ってますって。
「きゃーーーー!やっぱり先代大好きーーーー!そうよねぇ、38才なんて成人前の小娘と一緒よねぇ!わかってるぅ!っしゃ!2年後は振袖着なくちゃ!誠!聞いた?先代見習いな!」
してやったりな顔で社長を見る弥生さん。
一方社長はこれでもかと眉間にシワヲ寄せつつ声を張り上げた。
「40が成人とかある訳ねぇだろ! おぃ!ジジィ!あんまり弥生を甘やかすなよな!ただでさえ30過ぎてから図々しくなってんだからよ!38は少女と一緒なんて言ったら、あちこちからクレームくるわ!」
「うっせーぞ!このハゲ!この会社じゃあ、先代の言う事が絶対なんだよ!38はまだまだ若いんですぅ!再来年は振袖買うから今から給料上げやがれっ!」
「そんな理由で上げねーわ!つーか、おまえが行けなかった現場、エイミーだけが行ったんじゃねーぞ?俺だって行ったんだからな!礼ぐらい言えっつの!」
「はいはい、ありがとうございますぅ!でもさ、先代に聞いたよ?一番活躍したのはエイミーちゃんだっていうじゃない。研修中の初現場だってのに頑張ったよねぇ。誠、もしかして世代交代なんじゃないのぉ?きゃはははは!」
マシンガンの打ち合いのような2人の会話には入り込む余地がまったくない。
まぁ、両者共に口は悪いが殴り合いをしてる訳じゃなし……って、そりゃ当然か。
190cm越えの野獣のような社長に比べ、シンプルな黒いワンピース姿の弥生さんは、その威勢の良さとは反対に華奢で小柄な女性だ。
いくら喧嘩っ早い社長でも、自分の身体の半分もない女性に手出しするはずもなく、むしろ弥生さんの方がバシバシ社長を叩きまくっていた。
にしても……弥生さん、朝まで飲んでいたとか言ってたけど元気だなぁ。
完徹で長い巻き髪はだいぶくたびれているけど、フルメイクで派手なタイプの美人さんは一体どんな飲みっぷりなのだろう?




