第四章 霊媒師OJT3
手放した意識が細い糸を手繰るようにゆるゆると僕の身体に戻り始めた。
目を閉じていても回転しているのがわかるくらいの眩暈。
頭が割れるように痛む。
冷え切っているのか身体の震えがとまらない。
そして鼻を刺すような濃厚な血の匂いと腐敗臭。
僕の意識がはっきりするにつれ、胃の中のものが喉元までせり上がってくる。
駄目だ__。
起きて窓を開けて換気をしなくちゃいけない。
それからお手洗いを使わせてもらえるだろうか?
僕は硬い床に横たえた身体をなんとか起こし薄く目を開けた。
…………?
あれ?
真っ暗だ。
もしかして思ったより長く気を失っていたのだろうか?
その間に夜になってしまったのか。
まだ働かない頭を弱々しく振りながら目を凝らす。
もし今が夜だとしてもカーテンの付いてない窓から外の光が見えるはず。
が、どこを向いても広がるのは闇ばかり__。
ここは……どこだ?
ドクン__と心臓の音が響いた。
口の中は乾ききり引いたはずの冷たい汗が全身から噴き出してくる。
「社長……?どこですか?いるんでしょう?」
おそらく社長はここにはいない。
なぜかそう確信を持ちつつも呼ばずにはいられなかった。
しんと静まった闇の空間。
夜の海の真ん中に放り出されたような不安感。
せめて光があれば。
視覚的に情報がほしい。
だけどどこに電気があるのだろう?
どうもアパートの中とは思えない。
せめて懐中電灯でもあればいいのだけど、そんなもの持ち歩いているはずもない。
懐中電灯のかわりになるようなものがあれば……そこまで考えてハッと気づいた僕は勢いよくジャケットの内ポケットに手を突っ込んだ。
なんで忘れていたんだろう。
スマホがあるじゃないか。
僕は自嘲気味に苦く笑った。
とりあえずスマホの光で辺りを見れば何か情報が掴めるかもしれない。
それから社長に電話をして迎えに来てもらおう。
現場初日から迷惑をかけてしまって申し訳ないけど大丈夫だ。
こんな事で怒る人じゃない。
手のひらに収まる程度の小さな端末機1台で、現状の8割解決したような気分になった僕は意気揚々と電源ボタンを押した。
いつもなら一瞬で点灯し、待ち受け画面に設定したエレガントに首を傾げる実家の猫が映るはずだった。
なのに__
画面はブラックアウトしたままでなんの反応も無い。
焦った僕は電源ボタンを連打したり長押ししたり、あらゆる事を試したけどスマホに光が戻る事はなく……僕は絶望した。
どうしたらいいのだろう?
僕は暗闇の中、思考を巡らせていた。
相変わらず血と腐敗した何かの臭いで充満したこの空間に光は無いけど、僕の目が暗闇に慣れてきたのか、近づければ自分の手がうっすらと見える。
たったそれだけの事ではあるけれど、さっきまで絶望の淵にいたのが少しだけ持ち直し解決策を考えようと言う気になれた。
社長の元に帰りたい。
その為にはどうしたらいいのか。
僕は試しに叫んでみる。
「社長ーーー!先代ーーー!近くにいますかーーー?」
頭の中で10数えたけど返事はなかった。




