第六章 霊媒師-大福6
◆
「残念でしたね」
“虹の橋のふもと”の役人は心底同情した顔で私を見ていた。
「いいえ……いいんです。私が死んだ時、お姉ちゃんは死んじゃうんじゃないかってくらい泣いてました。長い人生です。あのまま泣いて暮らすより笑って生きてほしかった」
「だからって、ねぇ……」
「気を使わないでください。きっと……私が死んだ後、あの白いハムスターがお姉ちゃんの心を慰めたんです。死んだ私には出来なかった事を……あの子がしたてくれたんです」
私はあんなに仲が良かったネズミっ子を”小雪”と呼ぶ事がどうしてもできなかった。
だからあえて”ハムスター”と呼ぶ。
「まぁ、でもね、小雪さんの飼い主さんだって決してあなたを忘れた訳じゃないと思うんですよ、彼女は享年63才。しかも亡くなる数年前から痴呆の症状も出ていました。それでもうわ言のように『小雪、小雪、』って言っていたもんだから、家族があまり手のかからないハムスターを連れてきたんです。きっと痴呆でなければ小雪さんの事、忘れたりしなかったでしょう」
でも、ハムスターの事は覚えていた____
そう吐き出したいのを喉元で押さえつけ私は沈黙した。
“好き”と”嫌い”だけしかなかったあの頃なら、こんなに苦しくならずにすんだのだろうか?
今の私は濁った感情が渦巻いている。
先に死んでしまって”悔しい”、こんなに待ったのに忘れられて”悲しい”、白いネズミっ子が”羨ましい”。
あぁ、なんで私は人の言葉が理解できるようになってしまったんだろう?
なんでたくさんの感情が生まれてしまったんだろう?
なんでお姉ちゃんは私を忘れてしまったんだろう?
でも……もしもここで私が選ばれていたら、あの小さく頼りないハムスターはどうなってしまっただろう?
私のように苦しみ絶望したのだろうか……?
それはあまりにかわいそうだ。
「小雪さん、」
私は現実に引き戻された。
「申し上げにくいのですが……入場手続きの時のご案内、覚えてますか?小雪さんは人の言葉を理解する。だから、」
「はい、覚えています」
「そうですか……これも規則で、私個人としては大変心苦しいのですが……」
「いいえ、お気になさらず。あなたはあなたの仕事をしてるだけ、、、あ、ごめんなさい。あなたは何一つ悪くないのにね、これじゃあ八つ当たりだわ」
「すみません」
「あやまらないで、私は大丈夫。”虹の橋のふもと”の入場にあたり、注意事項第22条。飼い主が死亡後も迎えに来なかった場合、または複数のペットを飼っていてお迎え対象に選ばれなかった場合、単独で黄泉の国へ進む事はできない、ですよね?」
「はい、そうです。それと小雪さんは生まれ変わる権利も放棄されてますから、それも叶いません。ですが、小雪さんは人語を理解する。もしでしたら上席にここの役人になれるよう掛け合ってみましょうか?」
「……ありがとうございます。でもいいんです、私、ここにいたら辛くなりそうです」
「そうですよね……それでは、いいんですね?」
「はい、覚悟はできています。私を現世に送ってください」
「小雪さん、どうか絶望しないで。幽体のまま現世に行って、なにも永遠に彷徨うわけではありません。あなたと同じ猫でもいい、犬でも、人でも誰でもいいから、なにか良い事を、役に立つ事を、救う事をなさってきてください。そうすれば戻れます。戻って黄泉の国で気ままに暮らす事も、生まれ変わる事も自由に選択できるんです。今までの最短記録は3日で戻ってきた犬がいます。病気の男の子の夢の中でたくさん遊んであげた事が評価されてね。私、待ってますから。小雪さんが元気になって戻って来てくれる事を」
「ありがとう、」
「それじゃあ、こちらに。今から小雪さんを現世にお送りします。場所はランダムに選ばれた東京都F市……」
案内された鳥居の下で私は目を閉じた。
役人がなにやら機械を操作している。
この装置によって転送された幽体は、霊道でリンクした神社に飛ばされるらしい。
私は現世に戻って一体何をすればいいのだろうか?
お姉ちゃんに忘れられた今となっては、黄泉の国も生まれ変わりもどうだっていい。
向こうに行って最初に出会った"誰か"が望む事。
それをとりあえず聞いてみようかと思う。
ゆるくながされるままに。
霊媒師-大福______了




