第五章 霊媒師休日3
ありったけの想いを込めて、パチ……パチ……パチ……。
何度も何度も瞬きしながら、白猫を驚かせないようにゆっくりとしゃがむ。
目線をなるべく近くにしたいのと、立っていては身体の大きさの違いに怖がらせてしまうと思ったからだ。
白猫はそんな僕の気持ちをわかってくれたのか、それともただの好奇心か、すっと立ち上がると長い尻尾を左右にゆっくり振りながら僕に近づいてきた。
にゃんこキターーーーーーーー!!
が!しかし!この狂喜乱舞な気持ちを表に出すな!
決して怖がらせてはいけない!
尻尾はゆっくりと動いてる!
あれは僕に興味を持っている証拠だ!
あの尻尾が高速で左右に揺れ始めたらイラつき始めたという事だから、尻尾をよく観察しながら距離を縮めよう!
ファイッ!!
僕は更に身を低くする為、正座をしながら両腕を地に着けた。
いわゆる猫でいう香箱座りの格好だ。
遠くから「見ちゃいけません!」という女性の声と幼児の笑い声が聞こえてくるが、もはや後には引けない。
なぁに月曜日の午前中、参拝者はまばらで傷は浅い。
パチ……パチ……パチ……
どのくらい瞬きをしていたのだろう。
数十分とも感じる長さだったが、本当は数分だったのかもしれない、が、僕と白猫の距離は相当縮まったかのように思える。
偽香箱座りの僕の数センチのところで白猫が、スンスン鼻を鳴らしながら僕の匂いを嗅いでいた。
最初は僕の身体からはみ出た左右の拳を、そして僕の鼻先を触れるか触れないかギリギリのラインで。
それからクルっと方向を変え、僕の脇腹をスンスンスンスン。
だがそこまでにとどまらず更に進んで後方にまわる……後方?
ま……まさか……!僕の予想が正しければ白猫が次に嗅ぐのは……!
スニーカーの裏にほんの少しの重みを感じた。
ああ、白猫はあのキュートな前足を靴の裏に乗せているのだろう。
肉球の感触まではわからないけどその重みに愛しさが込み上げる。
そして次の瞬間。
僕の尻を柔らかななにかがつついてきた。
それは不定期なリズムで、ジーンズ越しに、ぽむ、ぽむ、ぽむ、と触れてくる。
同時に後方から、フゴフゴフゴフゴという激しい鼻息音。
明らかに”スンスンスンスン”の上位互換と思われる” フゴフゴフゴフゴ”に僕はパァっと気持ちが華やいだ。
白猫か僕の尻の匂いを嗅いでいる!
これは完全に猫界のご挨拶!
最初に鼻や口周辺を嗅ぎ、次に脇腹、そして最後は尻の匂いを嗅ぐ!
やった……!やったぞ……!
白猫に尻の匂いを嗅いでもらえた……!
これなら白猫をモフモフに撫でまわす事ができるかもしれない!
僕の尻の匂いを嗅いだ後、反対側の脇腹をスンスンしながら一周まわって顔の前に戻ってきた。
ピンボケするかしないかギリギリの至近距離。
白猫のキュートな無表情が僕の視界一杯に映って……って……わぉ……!
桜のようなピンク色のお鼻、その左右にあるウィスカーパット。
要はこの部分→ω、が、ぷくっと膨らみ、弾力のあるすべてのヒゲが僕の方に向いている。
猫は興味のあるものを前にするとヒゲが前を向くという。
この状況……少しは僕の事が気になっているくれているのだろうか?
もしそうなら……嬉しい!
少なからず嫌われてはいないかも、という気持ちから、僕はおそるおそる偽香箱の下から右手を出した。
そして人差し指をゆっくりと白猫の鼻先に近づける。
猫同士、尻の匂いを嗅ぐよりもっとフランクな軽い挨拶を交わす時は、お互いの鼻先を子供のキスのようにくっつけるのだが、僕の人差し指は猫の小さな鼻のかわりだ。
受け入れてくれるといいんだけど。
僕の人差し指が白猫の鼻先を追う。
もちろん同時にパチ……パチ……ゆっくり瞬きも忘れない。
白猫は僕の指先に誘われるように、首をニュウっとのばして距離を詰める。
……もうちょっと、もうちょっとで、この桜色の鼻に触れ、、、
フイ!
スカッ!
あぁ!
なぜ!?
僕の(?)かわいい白猫は、触れ合う寸前、のばしてた首をスチャっと戻して鼻挨拶を拒否、そしてツンとすまして気高くそっぽを向いてしまった。
あぁ……なんてこった。
僕は白猫に憎からず思われていると過信して、調子に乗ってしまったのかもしれない。
行き場のない人差し指をおずおずと引っ込めて、猛省。
僕は自他ともに認める草食男子である。
気になる女性を食事に誘い、「その日はチョット」なんて言われようものなら2度と誘えなくなるよな最弱メンタルの持ち主だが、猫に関してはまわりが引くほどの粘りを見せる。
今日もそれは変わらない。
白猫は鼻挨拶寸前でプイっと僕を振ったけど、決して怖がっている様子はなかった。
今だってすぐ近くで空を見上げる白猫は、たまにチラチラと僕の様子を窺ってくるし、ヒゲはまだ前を向いている。
うん、諦めるのはまだ早い。
2ターン目、ファイッ!
僕はパチ……パチ……瞬きを繰り返しながら、できるだけ甲高い声で白猫に話しかけた。
「シロネコちゃぁん、かわいいねぇ、キレイだねぇ、ツヤツヤだねぇ、」
猫は男性の低い声を嫌う、好くのは女性の高い声。
男性の低い声は、猫がケンカをする時に威嚇で上げる唸り声にトーンが似ているから緊張を強いてしまうと聞いた事がある。
決して猫を怖がらせないように、イメージは田所さんのような優しげな高い声。
現実は……いや、あえて語るまい。
神社で地べたに這いつくばり、猫に向かってオネエになりきる不審者と化した僕は、ミリ単位ではあるが再び白猫との距離を縮めていった。
とにかく褒めて褒めて褒めまくった。
甲高い声で、かわいい!キレイ!ツヤツヤ!と褒めてやると、白猫はまんざらでもなさそうに上を向くのだが、そのタイミングが絶妙だ。
ん?
あれ?
あれれ?
さっきからこの仔……僕の褒め言葉を理解してる?
いやいや、まさかね。




