第五章 霊媒師休日2
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僕の住むアパートから最寄駅は2つ。
1つは徒歩5分という近さにあるF駅。
駅前にはコンビニとラーメン屋しかない寂れっぷりだけど、今のアパートに決めた理由の9割はこの駅までの近さにある。
前の会社では残業で終電になる事が多かった。
仕事で神経をすり減らし気力も体力もゼロに近い中、駅からさらに20~30分歩いて帰るのは拷問に等しい。
月に数回午前様になれば、瀕死のサラリーマンはついフラフラとタクシー乗り場に向かってしまう。
深夜料金。
これも積もれば安くはない、だったらいっそ、その安くない交通費分を家賃にあてて駅近のアパートに住んだ方がいいのではないか……と、探し回ったのが今の部屋。
駅から多少距離のある物件に比べたら少々割高になるけれど、必要経費だと思って納得している。
もう1つの最寄駅は、ゆっくり歩いて15分程の場所にあるM駅だ。
こちらはF駅と違って、駅ビルをはじめファッションビルが数棟建ち並び、休日にもなればショッピングを楽しむ若者で溢れかえる賑やかさだ。
近くには大きな神社があり、お正月には初詣の参拝者で長い長い列ができる。
参拝が終われば、そのまま初売りへと流れ込むのがお決まりのコースだ。
そして、なんといっても僕が愛してやまない”sweets&cafe☆bebe”も駅ビルの1階に入ってるんだ!
よし、今日はのんびり歩いてM駅方面に出かけよう。
ベベの前に神社に行ってお参りして、おみくじなんかも引いちゃおうかな。
たくさん歩くぞ、という事で玄関では迷う事無くスニーカーを選んだ。
そしてワンショルダーの斜め掛けバックを掴みドアを開ける。
やっぱり、まだ少し肌寒い。
今日の僕はジーンズにグリーンのシャツだけの軽装だ。
だけど大丈夫、歩いてたらそのうち丁度良くなるだろう。
月曜日の9時過ぎという時間帯は人の数もまばらで、朝の通勤時間帯のような足早に歩く人もいない。
いるのは犬を連れたお婆ちゃんに、大学生くらいの女の子達、それに宅急便の屈強なお兄さん。
この時間、主婦のみなさまは掃除や洗濯で大忙しなのか(僕の適当な掃除とはレベルが違いそうだ)、そのくらいの年齢の女性の姿はない。
ああ、それにしても……桜の花がきれいだなぁ。
空気は冷たいけど日差しはポカポカ暖かいし、なんだか平和だなぁ……なんて思いながら、たまに立ち止まっては桜や空の写真を撮る。
「あ、キレイに撮れた。これ社長にラインしとこ」
って、もう。
なんで送る相手が社長なんだよ。
ああ、彼女でもいればなぁ。
前の彼女に振られて以来、僕に恋人はいない。
まぁ、ここ半年ほど無職だったしそれどころではなかったんだけど。
てか、これからもし出会いがあっても、
「岡村さんって仕事なにされてるんですか?」
「え?僕?霊媒師!」
これ……めっちゃ引かれる気がするんだけど大丈夫か?
やっぱり最初のうちは「技術職です」で通した方が無難だろうか?
いや、なに考えてるんだ、もし最初にそんな事言って後から霊媒師だってばれたら、余計ややこしくなるじゃないか。
そもそも霊媒師って営業職とか販売職に比べて身近じゃないだけで、決して隠さなくちゃいけない職業じゃない……ない……そうなんだけど……やっぱり女性はそういうの恐がっちゃうよねぇ……。
って、ああ、もう!
せっかく楽しく散歩してるのに、こんな事考えるのはよそう。
大体、出会ってもいなければ近々出会う予定もない、妄想の中のみに存在する女性に対してあれこれ悩むのはあまりにも馬鹿げている。
今後、奇跡でも起きてそんな女性と出会った時に改めて悩む事にしよう。
よし、気を取り直して散歩の続きを楽しむぞ。
あ!
神社見えてきた!
相変わらず大きな鳥居だなぁ。
あの鳥居をくぐって神社に入ると、途端に空気が変わるんだ。
なんて言うのか、悪いものか浄化されるような感じ。
昔は『ここは清らかな場所』っていう先入観で、そう感じるだけの事だと思ってたけど、今ならわかる。
きっと神社にも結界が張られていて、中に入るとその浄化作用で参拝者の身を清めてくれるんだ。
この神社はウチの会社の敷地面積の何倍もあるけれど、やっぱり神主様が張ってらっしゃるのだろうか?
だとするとこの規模じゃあ、大変な作業だろうな。
やっぱり神主様はすごいや。
僕は神社の神様と神主様に敬意を込めて、鳥居前で一礼をする。
そして参道の端を歩き、いつもの手水舎へと向かった。
祓いの水はひんやりと冷たかった。
僕はまず右手に持った柄杓で左手を流す。
そして今度は持ち替えて右手を流す。
ああ、なんだか厳かな気分になるなぁ。
さて、次は右手に持ち替えて口をすすぐ……え?
えっと……え?
え?え?え?
えーーーー!!
にゃんこキターーーーーー!!
手水舎の大きな楕円の石甕の縁。
いつの間に飛び乗ったのか、爪先立ちの四足は僕の隣で一心不乱に水を飲んでいる。
時折、不機嫌そうに後ろ足や前足を順にブルブル震わすのは、足が濡れるのが嫌なのだろう。
嫌ならこんな所で飲まなければいいのに……と、思いつつも、僕はエレガントに水を飲む猫に釘付けになった。
キレイな猫だなぁ……毛の色は一点の染みのない純白、そして短毛。
この仔はどこかで飼われてる猫なんだろうか?
首輪はないけど、艶々でふわっふわな毛並みは野良猫とは思えない。
年の頃は……うーん、けっこう身体が大きいから3才から5才くらいかな。
さ、触りたい……しゃ、写真撮りたい……。
だけど急に触ったりしたらびっくりして逃げちゃうかもしれないぞ。
ここはひとつ、驚かさないように静かに見守ろう。
それでこの仔が水を飲み終えて、僕を見たらゆっくり瞬きして友好の気持ちを伝えるんだ。(※猫はゆっくり瞬きする事で相手に敵意がない事を伝え、争いを避けたり友好関係になったりします)
うまくすれば、少しだけ撫でさせてもらえるかもしれない。
たぶん僕の顔は相当だらしなくニヤついていたんだと思う。
白猫が水を飲み終えるのを待つ為、柄杓片手に突っ立ったままの僕を見た通りがかりの参拝者が、まるで可哀そうな人を見るような目線を投げかけてくるからだ。
だけど僕は耐える。
せっかく逢えた白猫だ。
少しでも長く一緒にいたい。
にしても……まだ水飲んでるよ。
この水すごく冷たいし、こんなに飲んでちょっと心配。
んばぁ!
といった感じで白猫が水面から顔を上げた。
満足そうにベロンベロンと口のまわりを舐める。
うわ!あのちっちゃいベロ!かわいいなぁ!
更にニヤける僕を、通りがかりの参拝者がギョッとした顔でチラ見する。
くっ、負けてなるものか。
ここまで待ったんだ。
人の目を気にするあまり、慌てて白猫に手を出してピューっと逃げられては元も子もない。
ああ、だけど僕の愛で対象第一位が猫で良かった。
こんな行動、人間の女性にやったら通報モノだ。
たっぷりの水に満足した白猫は狭い石甕の縁で器用に方向転換すると、後ろ足を蹴って優雅に地面に着地した。
そしてスタスタと参道のど真ん中を陣取ると、濡れてしまった四足を一本一本丁寧に舐めはじめた。
最初は前足。
これは普通に座った格好で右、左と順番に……なんて優雅なんだ。
次に後ろ足。
今度はドテっと尻というより腰を地につけるように座り、前足を後方について大きな体を支えながらのベロンベロン。
魅惑のアンヨをあっちに曲げ、こっちに曲げながらのベロンベロン。
四足の水分がキレイにとれたところで、お次は後ろ足をⅤ字に開いて、ワーオなポーズで
タプタプお腹をベロンベロン。
って、ずいぶんだらしのない格好だ、さっきまでの優雅さはいずこ、あれじゃまるでオッサンみたいな風格だ……
ぷっ。
堪えきれず僕は小さく吹き出した。
同時に白猫は動きを止め、おもむろに小さな顔を上げた。
と、その時、手水舎の前に立ち、参道の白猫とは1mくらいの距離に立っている僕と目線がぶつかった。
チャーンス!!
突如降ってきた幸運に、ここぞとばかり白猫に向かってゆっくり瞬きを繰り出した。
僕は悪い人間じゃありませんよ。
無理に撫でさせてもらおうなんて思っていません。
もしも気が向いたらササっと一撫でさせてもらえれば泣いて喜びます。
でも嫌ならもちろんさわりません。
お腹空いてないですか?
もしよかったらひとっ走りペットショップまで行って猫専用おやつを買ってきますけど。
キレイな毛並みですね。
僕はアナタに一目惚れです。




