第四章 霊媒師OJT46
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『いいか、ユリ、よく聞け』
ユリちゃんの前にしゃがみこみ目線を合わせたお父さんは、ここ一番の真面目顔でこう続けた。
『爺ちゃんたち、そろそろ向こうに逝かなくちゃならねぇみてぇだ。このままおまえの傍に居てやりてぇんだがよ、どうもそういう訳にはいかねぇらしい。身体がよ、なにか見えねぇ力で全力で引っ張られてる感じがするんだよ。たぶんもう時間がねぇ』
楽しかったケーキパーティーが終わり、春の陽射しが傾いてなにもない部屋の中は蜂蜜を溶かしたような暖色に染まる。
『いいか、ユリ、よく聞け。これからおまえは1人で生きていく事になる。この部屋で1人きりだ。まずな、戸締りに気を付けろ。ここは田舎の一軒家じゃあねぇ。都会のアパートだ。悪い奴らはそこいらじゅうにいっぱいいる。自分の身は自分で守れ。それからな、爺ちゃんが教えた事、爺ちゃんがいなくなってもちゃんと守って練習を続けろ。なにか怖い目に合ったら、相手の事なんざ考えずに迷わず行け。それから___』
お父さんの話にユリちゃんは目に涙をいっぱいに溜めながら、何度も何度も頷いている。
お父さんはまだまだ話したい事がありそうだったが、時間がないのだろう、お母さんと入れ替わった。
『ユリ、ごはんはなるべく自分で造って食べてね。バランスよくなんでもたくさん食べるの。それから風邪を引きそうになったら生姜湯を飲んでお腹と首を温めて早めに眠りなさい。お風呂にもちゃんと入って身体を温めてね。シャワーばかりじゃだめよ……ふふふ、婆ちゃん、最後まで口うるさくてごめんね。だって、ユリに言い残したい事はごはんの事と健康の事だけなんだもの。ユリ、あなたは優しくてとっても良い子。婆ちゃんの自慢の孫。ユリはユリのままでいてくれたら、ほかに望む事はないわ。婆ちゃん、向こうで待ってるから……そうねぇ……80年後くらいにはまた会えるわ。大丈夫、あっという間よ。ユリにはこれから楽しい事がたくさん待ってるんだもの___』
お母さんはそこまで言うと、もうそれ以上話す事ができなかった。
泣いて泣いて、それでも最後は笑顔で別れたいと無理に笑い、その笑顔もまた涙に邪魔をされる。
お母さんは『恥ずかしいわねぇ』と泣き笑いで呟いて、娘の田所さんに順を譲った。
『ユリ……ママねユリに逢えて嬉しかった。あんなに小さかったユリが、こんなに大きくなって、立派になって、優しくて良い子に育ってくれて、ママね、本当に嬉しい。ねぇ、ユリ、ママの娘に生まれてくれてありがとう。ママね、たぶんユリに逢う為に生まれてきたんじゃないかなぁって思うよ。ユリと過ごした7年間、いろいろあったけど、不甲斐ない親でユリに迷惑かけちゃったけど、ママにとっては本当に幸せな7年間だった。もう二度と逢えないと思ってたのに、今日こうして最後に逢えて、家族みんなで楽しい時間を過ごす事ができて、ママ、本当に嬉しかった。ユリ、本当にありがとう。心から愛してる。ユリ、幸せになってね。それから……この先、好きな人ができて結婚するかもしれないけど、その時はお爺ちゃんみたいな人か、岡村さんみたいな人を選んでね』
えっ!?
僕みたいな人!?
や、ちょっと、田所さん?
冗談でもそういう事言っちゃダメですって。
僕、悪鬼にミンチにされちゃいますよ!
って……あれ?
今のはお父さんにも聞こえてたはずなのに、お父さんは黙ったまんまだ。
目から放たれるレーザービームで僕を焼き尽くしてもおかしくない発言だったのに。
苦虫潰した顔はしてるけど……
「ママ、結婚なんて気が早いよ」
えへへと笑うユリちゃんに、お父さんはヘドバンかってくらい頭を縦に振っている。
「でもね、もしもこの先、私が結婚したら。その時は……今度はママが私の子供に生まれ変わってよ。そしたらまた一緒にいられる」
田所さんは一瞬、時が止まったようにユリちゃんを見詰め、やがてくしゃくしゃに笑い、泣きながら『ありがとう』と呟いた。
◆
部屋の中に広がっていた蜂蜜が夕暮れに呑まれ徐々に薄暗くなってくる。
と、同刻。
窓ガラスの向こう側。
遠くに見える桜の木の間を抜けて、矢のような光がこちらに迫ってくるのが視えた。
『来たみてぇだな』
淋しそうなお父さんの声を聞いた次の瞬間、あまりの眩しさで視界が真っ白になった。
僕は手のひらを目にかざし、何度も瞬きをしながら視界の確保に努めた。
そんな中、ボソボソとなにかが聞こえてくる。
先代の声のようだ。
____私も死んでからまだ一度も向こうに逝っていないから……
____はっきりした事はわかりませんが……
____できない事はないと思いますよ……
____向こうに私の知り合いの霊媒師がいます……
____持丸の友人だと言って訪ねてみてください……
____名はセヤマ……ショウ……ジ
先代……?
セヤマ……さん?って誰ですか?
霊媒師って聞こえたけど……その方も同業者?
先代に聞いてみようか……だけど、まだお父さんとお話し中かもしれないし……なんてためらっていると、
バシィ!!!
痛った!!
誰かに思いっきり肩を叩かれた。
視なくてもわかる。
いきなり叩いてくるようなダメ大人といったら、お父さんか社長しかいない。
今回はどっちだ?
『おい、岡村コノヤロー!』
正解はお父さんでした。
『岡村ぁ!まぁ、なんだ、貴子が世話になったな』
だいぶ目が慣れて、視えるようになった目の前にはふんぞり返ったお父さんがいた。
「いえ、僕なんてなにも……」
『いや、貴子と婆さんから聞いた。貴子、おまえに助けてもらったんだってな。そこんとこは礼を言わせてもらう』
あろう事か、お父さんが僕に頭を下げた。
「そんな!やめてください!僕の力なんて微々たるものでして!なんかすみません!」
僕はしどろもどろで、とりあえず謝ってみる。
『岡村よ、さっき誠にも言ったんだがな、この先、俺らが向こうに逝っちまったらユリはまた独りぼっちになっちまう。明るく振舞ってるけど、あれはまだ18才の小娘だ。本当は不安で淋しくて辛いはずだ。けど向こうに逝く俺らに心配かけまいと頑張って笑ってるんだ。あの子は優しい子だ。けど、その優しさに付け込む下衆だっているだろう。アパートに一人暮らしってのも心配だ。なぁ、頼む、岡村よ。ユリを守ってやっちゃくれねぇか?』
「お父さん……」
『岡村には岡村の生活がある。だから無理にとは言えねぇ。だけどよ、俺達家族にとってユリは宝であり希望なんだ。アイツが幸せになる為なら俺は人だって殺せる。だけど俺は死んじまって、今の俺じゃあユリを守る事ができねぇ。だけどな必ずなんとかする。
だからせめてそれまで守ってやってくれねぇか?頼む!この通りだ!』
言い終わるや否や、お父さんは地に這い土下座した。
僕は反射的に座り込み、頑として頭を上げないお父さんの背をさすり、
「わかりました!わかりましたから顔を上げてください!僕と社長と先代でユリちゃんを守ります、約束します!だから安心してください!」
『本当か?』
「本当です」
『誓うか?』
「誓います」
『ユリになにかあったらチェーンソーだぞ?』
「え……?チェーンソー?」
『そうだ』
「だ、だいじょうぶです」
『そうか、ありがとう。無理言ってすまんな。……岡村さん、ユリの事、どうかよろしくお願いします』
そう言ってお父さんはは僕に深々と頭を下げた。




