第四章 霊媒師OJT41
『ユリ……ユリ……ありがとうな。爺ちゃんも婆さんも、貴子が死んでよ、助けてやる事が出来なくてよ、悔やんでも悔やみきれなくてよ、悔しくて、情けなくて、悲しくて、辛くてよ、貴子のかわりに俺が死ねばよかったのにって思ってよ。だけどな、ユリ、おまえがいてくれたから、爺ちゃんも婆さんも生きてこれたんだ。おまえがいなかったら爺ちゃんらはとっくに死んでた。おまえが救ってくれたんだ、おまえのおかげで本当に幸せだった。ありがとうな』
「爺ちゃん、死んでから泣き虫になったね。えへへ、いつもと違うからなんかへんな感じ」
『なに!?爺ちゃん泣き虫なんかじゃないぞ!泣き虫なのはユリだろう?おまえだって泣いてるじゃないか』
「私だけじゃないよ、婆ちゃんだって泣いてるもん!」
『そうねぇ。ユリちゃんもお爺さんも私もみんなして泣いてたんじゃあ、貴子に笑われるわね』
「ママに笑われる?」
『そうよ、笑われちゃう』
「そっか……うん……涙拭く!ほら!爺ちゃんも早く拭いて……って、やだっ!爺ちゃん鼻水出てるよ!汚いなー先に鼻拭いてよねー」
『なに言ってんだユリ、おまえだって鼻水垂らしてるぞ』
「え!ウソでしょ!」
ユリちゃん、本当です。
まあ、僕にしてみれば鼻水垂らしてくれてた方がより話やすくていいんだけど。
僕は黙ってポケットティッシュを差し出した。
「あ……なんかすみません」
素直に受け取った彼女は、僕に背を向けビィィィィっと豪快な音をさせ鼻をかみ、丸めたティッシュをパーカーのポッケに突っ込んだ。
「この11年本当に温かくて幸せだった。だけどいつも思ってたんだ、ここにママがいれば最高なのにって、」
『……そうだな、爺ちゃんもずっとそう思ってたよ』
お母さんがユリちゃんとお父さん、そして僕達にも中に入るように手招きをした。
玄関を入ってすぐにあるキッチンを抜け、間仕切りの引き戸の向こうはリビングだ。
田所さんが待ってる。
ユリちゃんの小さな爪先が、引き戸の取っ手にかかった。
見ていて思わず手を差し伸べたくなるくらいの手の震え。
途中何度も真っ赤な目と鼻で僕らを振り返り、
「……もうっ!ママに、早く、逢いたいのに!手が、震えて、うまく開かないよぉ……」
と、半泣きだ。
心配そうに見守るお父さんとお母さんは現世の物質に干渉できない、ゆえに引き戸を開けてあげる事ができない。
だからといって僕や社長がかわりに開けるのは何か違う気がする。
だからね、ユリちゃん、君しかしないんだ、頑張れ、頑張れ、頑張れ……。
震えのとまらないユリちゃんは、いったん取っ手から手を離すと、ペチペチと自分の手を叩き始めた。
「とまれ……とまれ……震えるな……」
ペチペチ!ペチペチ!ペチペチ!ペチペチ!
や、ちょっと、叩きすぎじゃないだろうか……?
手の甲が赤くなっている。
僕はそんなユリちゃんを止めるか否か迷っていた時、引き戸の向こうから柔らかな、それでいて慌てたような声が聞こえてきた。
(ユリ……落ち着いて……)
「え……?……ママ!?」
(ユリ……だいじょうぶだから、ママはここにいるから、あわてないで……)
「ママ!ママの声だ!ママ!ママ!本当にそこにいるのね?本当に逢えるのね?」
(そうよ……ペチペチ音が聞こえたわ……ユリ、自分のこと叩いているんでしょう?ダメよ、そんな事しなくていいからね……)
「だって!ママに逢えるから嬉しくて、嬉しすぎて震えが止まらないの!早く逢いたいのに、顔が見たいのに、戸がうまく開けられないの!だからね、ペチペチしたら震えが止まると思って、それで、それで、」
(そんな事しなくていいのよ。自分を傷つけちゃダメ。さあ、目を瞑って、深呼吸して。ゆっくり、ゆっくりね。安心して、ママはここにいるわ、ママだって早く逢いたい。でもね、あわてなくていいの。だから自分を叩いたりしないで、のんびり震えがとまるのを待てばいい……だいじょうぶ、何時間だって待つわ。だって……今まで11年も待ったんだもの。それに比べればあっという間でしょう……?)
「あ……ママ……うん……そうだね。11年に比べたらぜんぜんだね。待ってて、ママ。私、頑張るからね」
引き戸1枚隔てて、優しく話しかける母親の声に落ち着きを取り戻したユリちゃんは、もう震えてなどいなかった。
背筋をのばし、その細い脚でしっかりと立ち前を向く。
そして桜色の小さな爪先は、ゆっくりと引き戸を横に滑らせた。
開け放たれた引き戸の向こう。
暖かな陽射しが降りそそぐなにもない部屋の中。
生きていた頃のすべての悲しみと苦しみを手放して、この世とあの世のすべての幸せと喜びを湛えたような、愛だけがそこにある幸せの涙を流し、くしゃくしゃに笑う田所さんの姿があった。
『ユリ……』
擦れた声で娘の名を呼ぶ田所さんは、それ以上言葉が続かなかった。
きっと話したい事はたくさんあるのに、一生懸命笑おうとするのに、あとからあとから溢れる涙が嗚咽となって邪魔をする。
ユリちゃんは田所さんにとって唯一の生きる力であり希望だった。
自分の命と引き換えに守り切った大事な娘。
あの頃ほんの7才だった幼い娘。
小さな身体で母を庇い、あの男の前で両手を広げた強くて優しい娘。
逢いたくてふれたくてたまらなかった愛おしい娘。
そのユリちゃんが11年の時を経て、今、ここにいる。
田所さんは流れる涙はそのままに、娘の頬に触れようと細い腕を伸ばした。
その指先に引き寄せられるようにユリちゃんの脚が、一歩、また一歩と前に出る。
そして__くぐもった涙声で何度も何度もつっかえながら、
「……ママ……本当…に……?ママ……なの……?あぁ……でも…そうだ……ママ……ママ……!ママ!ママ!!」
最後は叫ぶように母親を呼ぶと小走りに駆け寄った。
11年前は田所さんの腰のあたりしかなかったユリちゃんは、今ではほとんど変わらない身長だ。
「ママ……ママ……逢いたかった……ずっとずっと逢いたかった……」




