第四章 霊媒師OJT40
アパートまでの短い道のりを笑いで埋め尽くした僕達は、ふたたび敷地内に車を停めた。
「ユリ、荷物はこれだけか?」
トランクルームからユリちゃんのキャリーバックを取り出すと、社長は肩にそれを担いだ。
「清水さん、私、自分で持てますから!」
恐縮して慌てるユリちゃんに社長が振り向くと、
「あぁ?いいよ軽いし。もう1個なんか袋持ってんじゃん。それ持って先に玄関開けてくれよ。そこまで運んでやるからさ。たぶん部屋の中にはユリの母ちゃんと婆ちゃんとウチのジジィが一緒に待ってる。俺らはジジィだけ回収して帰るからよ。あとは家族水入らずでやってくれや」
「そっか……部屋で……ママが待ってる……ママに会えるんだ、ヤバ、緊張するな」
「緊張か、ま、そーだよな。だって11年振りなんだろ?」
「はい、」
小さな声でそう呟くと、ユリちゃんはそのままモジモジと立ち尽くし動けなくなってしまった。
ついでにお父さんも落ち着かない様子でユリちゃんのまわりをウロついている。
なんともいえない緊張感と沈黙の中、ようやく口を開いたのはお父さんだった。
『……誠、岡村、おまえら、甘いもん好きか?ちょっと寄ってイチゴのケィキ食べてかねぇか?どうせおまえらヒマなんだろ?このあと用事もねぇんだろ?ユリが持ってるその袋はよ、中身はケィキなんだ。ああ、その、なんだ。美味いと思うぞ?なんたって店で1番大きくて、1番高いのを買ったんだから、』
まさか、そしてしかもこのタイミングでお父さんからケーキのお誘いがあるとは思わなかったけど、よく見ればユリちゃんの持っている大きな包み袋、そこには”sweets&cafe☆bebe”の文字が印刷されている。
あ、あれは……!
それを見た瞬間、僕は平常心を失った。
「あーっ!ベベのケーキじゃないですか!僕、ベベのイチゴケーキ大好きです!甘さ控えめの上品な味がたまらない。僕の家の近所にはカフェと併設になってる店舗があって、よくそこにケーキを食べに行くくらいトリコなんですっ!」
乱心状態で、はしたなくも大声を上げてしまった僕に、お父さんが満面の笑みで詰め寄ってきた。
『お、そうなのか?ここのケィキは美味いのか、そらぁ良かった。なに、貴子がよ、昔からイチゴがのったケィキが好きでよ、それで途中土産に買ってきたんだ。東京のケィキ屋なんてよく知らねぇけど、どうやら当たりだったみてぇだな。岡村ぁ、そんなにこの
ケィキが好きなら遠慮はいらねぇ!食ってけ!もちろん誠も一緒にな!』
僕の肩に鋼鉄のごとく硬い腕をまわし、がっしりとホールドして離さないお父さん。
そんなに食いてぇなら仕方ねぇなぁと豪快に笑っているけど、肩越しに伝わる微かな震えに僕はハッとした。
お父さん、強がっているけど田所さんとの再会に緊張してるんだ。
もしかして僕らに一緒にいてほしいんじゃないだろうか……?
本当は社長が言った通り、田所さんやお母さんに御挨拶して、少しだけ再会に立ち会ったら先代を連れて会社に戻るつもりだったけど状況は変わった。
こんなに不安そうなお父さんを残して帰る訳にはいかないじゃないか。
それなら僕が言うべき事はこれしかない。
「お父さん、ありがとうございます。ちょうど甘いものが食べたかったんです。ね、社長、ベベのケーキは男性にも人気があるんですよ。だから一緒にご馳走になりませんか?」
社長は僕の真剣な訴えと、お父さんの縋るような表情にフッと息を漏らすとこう言った。
「ったく、爺さんがそんなガチガチじゃ仕方ねぇな、付き合ってやるよ。ついでに幽霊がどうやって食事をするのか、エイミーにその説明もできるしな。てことで話は決まった。ユリ、鍵開けろ。みんなでケーキパーティー始めようぜ!」
◆
ユリちゃんの鍵を持つ手が震えていた。
鍵穴に挿しこんでクルリと回転させる。
それだけの作業に数分はかかったのではないだろうか。
ガチャリと鈍い金属音。
ユリちゃんはお父さんに振り返る。
僕の位置からお父さんの表情はわからないが、大きな背中を丸めユリちゃんの耳元でなにか言っているようだった。
ユリちゃんは何度か小さく頷くとふわりと笑顔になり「開けるね」と、誰に言うでもないことわりを入れ、ゆっくりとドア開けた。
『……ユリちゃん、』
開けた玄関先に立っていたのは、青地に白い鈴蘭の花が描かれたエプロン姿。
田所さんのお母さんだった。
『ここまで遠かったでしょう?無事に着いてよかったわ。……ああ、婆ちゃん、ユリちゃんにまた会う事ができて本当に嬉しい、さあ、こっちにいらっしゃい。顔を良く見せて』
「……婆ちゃん?……婆ちゃん……婆ちゃん……!」
大好きな祖母との1年振りの再会に、ユリちゃんは子供のように泣きじゃくった。
そんな孫娘にあらあらと困ったような笑顔を向けるお母さんもまた泣いていた。
『ユリちゃん……元気だった?この1年風邪ひかなかった?あなた風邪引くと熱が出ちゃうから心配だったのよ?』
お母さんは優しく孫娘の頬に手をあてた。
拭ってやりたいであろう、孫の涙はお母さんの指先を通過して床に落ちる。
「ば、婆ちゃん、わ、私ね、大丈夫だよ、風邪引かなかったよ。去年婆ちゃんが死んで、爺ちゃんと2人になって、私が寂しいといけないからって、爺ちゃんすごく頑張ってくれたんだよ。ゴハンだって週末は爺ちゃんが作ってくれたんだ。風邪引かないようにってニンニクいっぱい入った餃子とか、豚肉と野菜がいっぱい入った豚汁とか、見た目はすごいけど美味しいの、すごく美味しかったの。毎日たくさん話して、トラックに乗せてもらって一緒に山も行った。だから風邪引くヒマもなかったんだ。婆ちゃんが死んじゃって辛いのは爺ちゃんも同じなのに……なのに……すごく大事にしてもらったから、」
お母さんは涙でぐしゃぐしゃのユリちゃんの頭を撫でるように手をかざし、柔らかな笑顔をお父さんに向けた。
『お爺さん、先に死んじゃってごめんなさいねぇ。でもね、私、なにも心配してなかったんですよ?お爺さんなら私がいなくなってもユリちゃんを任せられるって信じてましたから。でも……ちょっと早かったですわねぇ。少なくてもあと10年は生きていてほしかったわぁ。でも……こればっかりは仕方ないわね。寿命には逆らえませんもの』
心なしか顔が赤いのは気のせい……でもなさそうなお父さんは指先で鼻の下を高速で掻きながら、
『俺だってよ、婆さんが死んで、せめてユリが嫁に行くまでは生きる予定だったんだ。けどよ……クソッ!あれからたたった1年で死んじまった。俺は男だからよ、婆さんみてぇな美味いメシも作れねぇ。年頃の女の子が喜ぶ物もわからねぇ。だけどよ、俺にとってユリは宝だ。貴子と同じくれぇ大事な宝だ。男だから、ジジイだから、そんな言い訳でなにもできねぇなんてこたぁ言いたくなかった。俺なりに考えてユリが寂しくねぇように、惨めな思いをさせねぇように頑張ってきたつもりだ。少しでもユリが幸せだったと思ってくれてりゃいいんだがな……』
地声の大きなお父さんだが、最後の方は細切れに弱々しい。
そこにユリちゃんが怒ったように割って入ってきた。
「爺ちゃんなに言ってるの!幸せにきまってるでしょ!幸せなのはここ1年だけじゃない!11年前、ママが死んで一人ぼっちになった私を迎えに来てくれた日からずっと幸せだった!私、ママが死んじゃって、それから2年くらい声が出なくなって……まわりの人達から口もきけない厄介者は施設に入れた方がいいって言われるたびに爺ちゃんも婆ちゃんも、ユリはどこにもやらないって怒ってくれたじゃない。私が夜にうなされて眠れない時は3人で川の字で眠ったじゃない。庭にブランコ作ってくれたじゃない。いつだって私の話をたくさん聞いてくれたじゃない。私、すごく愛されてるって思ったよ。すごく幸せだって思ったよ。爺ちゃんと婆ちゃんの孫で本当に良かったって思ったよ」
はぁはぁと息荒く一気に喋ったユリちゃんは、頬を真っ赤に染めて泣いていた。
そんなユリちゃんを、お父さんもお母さんも時が止まったように見つめていたが、やがてお父さんの膝が折れ玄関に崩れると、滝のような涙を流し声を絞り出した。




