第四章 霊媒師OJT38
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『じゃあよ、岡村は貴子を消しちまった訳じゃあ、ねぇんだな?』
近い……。
真っ直ぐ前を見る僕の横側で、眉間にシワを寄せたお父さんが、これでもかとギリギリまで迫っている。
今、少しでも動いたら、お父さんの荒れてザラザラとした唇が、僕の頬に当たりそうな距離感だ。
決して動くまい……なぜなら僕は霊体を物体として捉える事ができるのだ。
享年70才の超強面からのハプニングキッスなんて絶対に絶対にお断りだ。
僕は石化を死守しながら「そうです」とだけ短く答えた。
『……ふん、どうやらウソをついている感じじゃなぇな』
なんとか信用してもらえたのか、そう言うとようやくお父さんは僕から離れてくれた。
そして人を取って食らいそうな悪鬼の顔から一変。
人って表情だけでこんなに変わるの!?ってなくらいの恵比須顔で、
『ユリ!良かったなぁ!貴子は、ママは無事だ!』
とか、
『道草くっちまったな、早くアパートに行こう!貴子のヤツ、大きくなったユリ見たらびっくりするぞ!』
とか、
『立派になったユリの姿を見せて安心させたら、爺ちゃんが一緒にちゃんとあの世に連れて行くからな』
とか言いながら、ユリちゃんのまわりを右に左に忙しく宙を舞っている。
だけど当のユリちゃんは口を真一文字に結び、固い表情で返事をしない。
悪鬼改め、恵比須となったお父さんの顔に焦りの色が浮かび上がる。
お父さんは身を屈め、大事な孫娘の顔を覗きこむ、が、しかし、ユリちゃんはぷいっと顔を背け、だんまりを決め込んでいる。
『……ユリ?どうした?なんか爺ちゃん悪い事言ったか?』
うわぁ、社長の顔面に躊躇なく膝蹴りを食らわした男と同一人物とは、とてもじゃないけど思えない優しい声なんですけど。
お父さんにとってユリちゃんは目の中に入れてグリグリされても痛くないくらい大事なんだろうなぁ。
ああ、その優しさ、少しでいいから僕にください。
「爺ちゃんはさ、私がなんで怒ってるかわからないの?」
やっと口を開いてくれたとユリちゃんだったが、お父さんに対して不満があるようで、プンプンとしかめっ面だ。
『う……やっぱりなんか怒ってるのか。爺ちゃん、ユリになにかしたか?爺ちゃん男だからよ、細けぇコトわかんねぇんだ。爺ちゃん、なんか悪いコトしたんなら教えてくんねぇか?』
「爺ちゃん、いつも私に言ってたよね?悪い事をしたら素直に謝りなさいって。それから人の話はキチンと聞きなさいとも。昔、爺ちゃんが早とちりして行き違ったせいでママが家から出て行っちゃったんだって、そう言ってたでしょう?」
あーアレだ。
田所さんが東京に行く前の晩のコト言ってるんだな。
確かにあれはお父さんが悪い。
話を全部聞く前に暴走しちゃうのは悪いクセですよ。
僕はユリちゃんの話を聞きながら小さくウンウンと頷いていると、一瞬で悪鬼の顔に戻ったお父さんがギッと僕を睨みつけた。
こ、怖っ……!!
「ちょっと爺ちゃん、私の話聞いてる?」
『あ、ああ、ちゃんと聞いてらぁ。爺ちゃん、気が短けぇからよ。まどろっこしい話は最後まで聞いてらんねぇんだ。けどよ、爺ちゃん、ユリの話はちゃんと聞いてんだろ?あと婆さんの話もだ。爺ちゃん、貴子の話を最後まで聞かなかった事ずっと後悔してるからよ……』
そう言って頭を垂れるお父さんは、やはり田所さんの死に対して重い十字架を背負ってきたのだろう。
昨夜視た、若かりし頃のお父さんが目を細め娘のアルバムをめくる姿が鮮明に浮かぶ。
あの時の幸せそうな顔。
ちょっとしたボタンの掛け違い、それが親子を永遠に引き裂いてしまった。
もう二度と同じ失敗はしない、絶対にユリちゃんを守り抜く。
そんな強い想いがこの頑固なお父さんを変えたんだ。
「爺ちゃん、ちゃんと謝って!」
『ユ、ユリ、落ち着け、わかった、わかったから、な、』
そう、いまひとつ迫力に欠けるユリちゃんの剣幕に、アワアワと慌てふためく弱々な爺ちゃんになっちゃうくらいに。
だけど、ユリちゃんは一体なにに怒ってるんだろう?
社長と流血の闘いをした事か?
「爺ちゃんはさ、私や婆ちゃんの話はちゃんと聞いてくれたじゃない。なのにどうして他の人の話は半分くらいしか聞けないの?私には人の話は最後まで聞かないとダメだぞなんて言うクセに。だから爺ちゃん、ちゃんと岡村さんに謝って!」
えぇ!!
僕ぅ!?
完全に傍観者と化していた僕は、突然の巻き込みに心臓がキューーーっと縮み上がった。
ユ、ユリちゃん?
なに言っちゃってるの?
そんでもって、お父さん、俯く振りして僕を睨むのやめてください、マジ怖いっす。
そうだ、社長!社長は?
アウチ……ダメだ……すっごいニヤニヤしてる、あれ絶対助けてくれない時の顔だ。
そして窮地の僕にユリちゃんがトドメをくれる。
「岡村さんは昨日ママと婆ちゃんに会ったって言ってた。2人とも優しい人達だったって言ってくれたんだよ。そんなふうに言ってくれる人がママ達にひどいコトするはずないじゃない!なのに爺ちゃん、岡村さんの話最後まで聞かないでチェーンソーで脅すなんて、あれじゃあ話たくても話せないよ!さっきのは爺ちゃんが悪いんだから岡村さんに謝らなくちゃダメ!」
いいですって、大丈夫ですって、僕ぜーんぜん気にしてないですから!
むしろ、あんな格好良いチェーンソー間近で見せてもらって感謝してるくらい!
本心とは真逆だが、その場しのぎの事無かれトーク砲の発射を試みるも、口からは擦れた空気が漏れるだけ。
そうこうしてるうちに、お父さんが僕の目の前に立った。
後ろではユリちゃんが、爺ちゃんガンバレ!とエールを送っている。
ユリちゃんからお父さんの表情は見えない。
真っ直ぐに僕を見るその眼は……危険度メーターを完全に振り切っていた。
『岡村ぁ、まぁ、なんだ。ちったぁ俺も悪かった か も しれねぇ。だけどよ、オマエがさっさと貴子を消してねぇって事を言ってくれりゃあよ、話はややこしくならずに済んだんだ。だからな、岡村、オマエも謝れ。な?そしたらよ、許してやらんでもねぇからよ』
えっと、僕、今、すごく斬新な謝罪を受けてる?
でも……これでもすごく頑張って言葉を発してるんだろうな。
確かに強引に話に割り込んででも、先に田所さんの無事を伝えるべきだったんだ。
そうすれば、お父さんだってチェーンソーを出す事もなかっただろうし。
お父さんだけが悪いんじゃない。
僕が先に謝れば丸く収まるんだ。
よし……わかった。
ついこの間までは謝罪で給料をもらってた僕だ。
うっとりするよな「大変申し訳ございません」を聞かせてやる。
社内謝罪コンペ連続優勝の経歴を持つ元お客様センター主任、岡村英海の華麗なる謝罪を受けてみるがいいっ!
「お父さん、僕、」
と、最高のテンションで謝りかけたその時、突如僕の脳内に聞き慣れた声が響いた。
__あ、あ、テス、テス。こちら持丸。聞こえますか?私は今、再び岡村君の脳に直接話しかけています。業務連絡、業務連絡。岡村君と清水君は、旦那さんとお孫さんを連れて至急アパートに戻られたし。繰り返します。至急アパートに戻られたし、オーバー。
「気持ち悪っ!!」
2度目とはいえ、前触れなく突然脳内に入り込む老年の声は心臓に悪いし気持ち悪い。
ああ、だけど。
先代からの業務連絡の意味するもの、それってやっぱり、うん、きっとそういう事なんだろう。
家族が、家族が揃って再会できるんだ……!
思いがけず立ち会う事になりそうな状況に、僕の胸はこれ以上ないくらい高鳴っている……と、
『岡村ぁ……!オマエ俺の誠心誠意の謝罪が気持ち悪いだと?あぁ?いい度胸じゃねぇかぁ!』
あ、ヤバ。
悪いタイミングで業務連絡がかぶっちゃったな。
お父さん、めっちゃ怒ってるけど怯んでる場合じゃない。
「お父さん、すいません。気持ち悪いってのはお父さんの事じゃありません。本当です、謝ります。そんな事より行きましょう!」
気が急いてるせいか華麗なる謝罪とは程遠い、雑な"すいません"でお茶を濁す。
『あぁ?そんなふざけた言い訳……、チッ!一応聞いてやる。どこに連れてく気だ?』
「僕の話を最後まで聞いてくれるんですね、ありがとうございます!行先はアパートです。今、会社の上司から業務連絡がありました。お父さんとユリちゃんを連れて至急アパートに来るようにと。行きましょう、貴子さん達が待っています!」




