第四章 霊媒師OJT37
一方、そんなユリちゃんの後方では、拳でわかり合おうとする老年幽霊と中年半霊が激しい闘いを続けていた。
『小僧っ!お前も一緒にあの世に連れてってやろうか!』
「ふざけんな!誰が爺さんなんかに負けるかよっ!アンタこそ俺の中に取り込んで、ソウルアーマーにしてやろうか!」
もはや肉眼では追い付けない光速で拳と拳がぶつかり合っている。
儚げに涙を零す少女の背景にしては、すこぶる暑苦しい。
なにもわざわざ喧嘩しなくても、一言「娘さん滅してませんよ」と言えば済む話だってのに。
僕はいい加減2人を終息させたくて社長に声を掛けた。
「社長、ちょっといいですかね?」
「あぁ!?」
瞬間、社長の目線が僕に向いた。
同時、対にいたお父さんがニィっと笑う。
ほんの半瞬。
僅かにできた隙にお父さんの手が社長の両耳を掴んだ。
社長の目が大きく見開く。
『林業なめんなぁぁぁぁぁ!!』
背筋も凍る雄叫び。
林業をなめた事など、いまだかつて1度もない、誓ってない、社長だってそうだろう。
だけどそんな事はおかまいなし。
お父さんは掴んだ耳はそのままに、頭ごと思いっきり下に引っ張った。
そして無情にも90度に曲げ上げられたお父さんの膝が、社長の鼻を捉え潰す。
一瞬で地が赤く染まった。
お父さんは社長の耳を開放すると、口元を三日月に歪ませて薄く笑う。
この不適さ……ラスボス感が半端ない。
だがこの時、今度は勝利を確信したラスボスに隙が生まれた。
そう、自身の強さに明らかに油断したのだ。
ラスボスは若き僧兵が事切れたと見誤った。
だがそれは大きな間違いだった。
その鼻をクラッカーよろしく盛大に血を撒き散らし、そのまま惨めに沈むはずだった社長の両手が力強く地を掴んだ。
先程の逆さ腕立ての応用で、天高く振り上げた脚に速度を持って螺旋を描かせる。
空を切った豪脚は凶暴な竜と化しラスボスの顔面に特攻をかけた。
ガツッ!
低く鈍い音と共にラスボスがぐらりと揺れた。
山の怪物。
樹齢五百年は下るまい大樹がゆっくりと倒れるように、ジジィ界のマッスルレジェンドが土煙を立てながら大地と接吻した。
続けて中年界のマッスルレジェンドも、その隣に倒れ込む。
ハァハァハァ……
荒い息が重なる。
社長が仰向けに倒れながら、鼻の穴を片方ずづ押さえ鼻血を勢いよく放出させた。
ピッと飛んだ血液がお父さんの木の皮のような頬にペッとつく。
え……?
社長、もしかしてわざとですか……?
『おぃっ!汚ぇぞ、小僧!テメェの鼻クソまで飛んでくらぁ!』
「うっせーぞ!爺さん!小せぇ事でグダグダ言うなや!」
『かーーっ!まったくもって口が減らねぇ!』
「お互い様だコノヤロー!」
『…………』
「…………」
『時に小僧、テメェなんて名だ?』
「あぁ?誠だ、清水誠。どこどう見たって25才にしか見えねぇだろうが、今34だ」
『はっ!野郎のクセに年サバ読んでやがったのか』
「ちげーよ!それは爺さんが勝手に勘違いしただけだろ!んな事より爺さんの名前は?人に名乗らせてテメェはバックレとかなしだかんな」
「俺か?俺もマコトだ。藤田真、どこどう見たって50代にしか見えねぇだろうが、今70だ」
「ぶっ!フジタマコトって必殺かよ!?」
『古いな、純情派でもいいんだぜ?』
「それだって充分古いっつの」
フフフ……
フハハハ……
フハハハハハハハハハハハ!!!
中年生者と老年死者が大地に横たわり、俺達は拳で解り合えたんだと言わんばかりの馬鹿笑いに、僕とユリちゃんはポカーンと棒立ちになっていた。
「なんかよく解んないけど仲良くなった、みたいですね?」
ユリちゃんは深―い溜息をついたあと、
「はぁ、そうみたいですね。岡村さんごめんなさい。びっくりしたでしょう?ウチの爺ちゃん、ほんっっっっとうに喧嘩っ早くて……でも、あちらの方、清水さん?でしたよね。すごく強そうだし、爺ちゃんに似た雰囲気だから、とりあえず見守ろうかなぁって、」
「ははは、ウチの社長もあんなんだし、彼らの場合はこれで良かったのかもしれないですね」
「爺ちゃん、昔からああで。ウチ……母があんな事になったから、私を引き取ってからずっと、私を守る事に使命感を燃やしちゃって。田舎でも有名だったの”オマエんちの爺ちゃん恐いな”って。でもね、私にはとても優しい爺ちゃんで、強くて、頼もしくて、いつだって豪快に笑ってて、」
呆れるでしょう?と言いながら、祖父自慢をしているのがほほえましい。
ユリちゃんはきっとたくさんの愛情で守られてきたんだな。
「すごく優しい婆ちゃんもいたの、だけど去年病気で……なのに今年、続けて爺ちゃんも死んじゃった。それでね、爺ちゃんが死ぬ前に、母が最期まで私を守ってくれた話と……それと、母が、母が昔住んでたアパートに成仏できないまま縛られてるって話を聞いたんだ」
聞いた時は辛かっただろうに。
「だから私、ママの事、アパートの事、事件の事……ネットで検索してみたの。そしたらいっぱい出てきた。オカルト板の殿堂入りもなってた。だけどそれのほとんどが無責任な嘘ばっかりなの!私悔しい。ママは化け物なんかじゃない!すごくキレイで優しくて、私の自慢のママだった。いつだって父親から……アイツから私を守ってくれた。11年前のあの日だって、そう……」
いつの間にか、”母”ではなく”ママ”と呼んでいるユリちゃんは唇を震わせ耐えていた。
僕に当たっても仕方ないと思ったのだろうか、何度か深く息を吸い気持ちを落ち着かせているように見える。
当たってもいいのに。
それで少しでも心が軽くなるならいくらだって聞くし、僕に当り散らしてもかまわない。
「私ね、これから東京で一人暮らしをするの。昔住んでいたあのアパートの同じ部屋で。爺ちゃんの遺言なんだ。あの部屋に縛られているママに、私が大きくなった姿を見せてやってくれって。それでママを安心させたら、爺ちゃんが一緒に天国に連れていくからって。それで今日がその引っ越しの日で……」
「えっ!ユリちゃんだったの!?あの部屋の新しい入居者って!」
それまで黙って聞いていた僕だったが、思いがけない廻りあわせに、意図せず先に声が上がってしまった。




