第四章 霊媒師OJT36
僕が首を傾げていると、それを邪魔するかのようにお父さんが叫んだ。
『かかってこい若造!さっきから避けてばかりじゃねぇか!口ばっかり達者なハナタレ小僧がぁ!ウチの山にいた熊の方がよっぽど元気だぞ!』
嬉々として攻撃の手を止めないお父さん。
悪鬼の笑顔がこんなにも恐ろしいものとは……知らなかった。
その悪鬼の渾身のローキックが社長の左足を襲う。
その時、またあの音が聞こえた。
ブンッ
あっ!光った!
謎の起動音と共に社長の左足も発光を始める。
これで両手両足、全ての四肢が無色透明の光を放ち、まるで陽炎のように揺らめいている。
陽炎……?
確か、社長の目から視た霊体は全体的に陽炎に覆われていると言ってなかったか?
あんな感じなのだろうか……?
ブンッ、ブンッ、ブーン
更に短い2度の起動音の後、何かの電波を拾いっぱなしのようなブーン音。
その段階で、社長の身体全体が揺らめく陽炎に完全に覆われた。
「エイミーよく見とけ。今の俺の姿、これが俺の目から視える霊体だ。わかりやすいだろ?俺はエイミーほど霊力がないから、霊体を視る事はできても触る事はできない。だけどな、俺が格闘系霊媒師って呼ばれてるのを覚えてるか?」
「覚えてます。で、でも、どうやって闘うんですか?社長は……その、霊体に触れないのに、」
「ああ、触れない、普段はな。ならどうやって闘うんだって話だろ?それはな”纏う”んだ。俺の生身の肉体に薄切りにした死者の魂を服を着るみてぇにな。そうすると、表面だけだが俺は霊体になる。そうなりゃ話は簡単だ。同じ霊体同士。殴るも蹴るも、全く問題なくできるっ」
横をチラリと見る事も無く、社長の左手はお父さんの攻撃を受け止めて、そのまま後方へと弾き飛ばす。
「す、すごいです!霊体のお父さんを完全に捉えてる!すごい!すごいですよ!社長みたいに強くて霊体にも触れるんなら無敵じゃないですか!”魂を纏う”ってすごく便利なんですね!あ……だけどその魂って……え……?そういえば社長……さっき死者の魂を薄切りにしてって言ってましたよね……?」
「あぁ、言った」
「それって、元々誰かの魂だったのを使っている、という事なんでしょうか?」
「ああ、そうだ」
「それは、その……昔生きていた方の魂で、今は亡くなっていて、それで、その方は、そんな事して成仏できるんでしょうか……?」
「できないよ。少しずつ削られて最後には無になるんだ。この魂の主は……そいつらは全部で3人、罪もない一般人何人も殺してきた凶悪犯達だ。最後は警察に射殺された、」
「もしかしてウチの会社に憑りついてた殺人犯3人……の、事ですか?」
「そうだ、俺はあいつらを成仏させて楽にしてやる気なんざ、まったくなかったからな。さっきエイミーには祓って滅したって言ったけど、正確には祓って俺の中に閉じ込めて、小出しに有効活用してる、だ。今俺が纏っているのもアイツらの一部って事。引いたか?」
驚かないと言えば嘘になる。
だけど当時ビルに憑りついた悪霊3人、祓うのに1カ月かかったと聞いている。
その間、彼らに反省の気持ちがあれば社長や先代の事だ、きっと成仏させていたに違いない。
それでも滅する事にしたという事は、凶悪犯3人は最後の最後まで人の心を取り戻さなかったのだろう……。
「……僕は、社長を信じます、だから引きません。でも大丈夫なんですか?そんな凶悪犯を社長の中に閉じ込めて、体調悪くなったりしないんですか?」
「あいつらより俺の方が強いからな、心も身体も。まったく問題ねぇよ」
あぶねっ!
不意に来たお父さんの回し蹴りから僕を守ろうと、社長に突き飛ばされた勢いでバランスを失い、危うく転びそうになる、が、しかし、転倒は免れた。
誰だか小さな身体にぶつかって、結果、僕は支えられたのだ。
「すいません、」
慌てて体制を立て直し振り向くと、そこにいたのはユリちゃんだった。
こんな華奢な女の子にぶつかってしまうなんて、僕は大いに慌てた。
「大丈夫ですか?ケガしてないですか?痛かったでしょう?ごめんなさい!」
「大丈夫です。ケガもしてませんし、たいして痛くもなかったです。だから気にしないでください。そんな事より、」
言いかけて僕を見上げる彼女の髪にはリボンがまかれていた。
遠目から見た時はカチューシャだと思ってたけど違うみたいだ。
それにしても随分と古そうなリボンだな。
若い女の子の髪を飾るには少々レトロすぎやしないだろうか?
着ている服の新しさから比べると妙に浮いている。
色はあせた青色で、所々退色して白っぽくなってるし。
と、その時。
僕の脳内に割り込むように浮かんだのは幼い日のユリちゃんだった。
____夏の空のような青いリボン。
____それを髪に飾ってもらい満面の笑みで喜ぶ姿。
……あぁ、
……そうか、このリボンはあの日の、
「ユリちゃん、その髪につけてるの……11年前の夏祭りに、お母さんがつけてくれたリボンだよね」
田所さんからもらったリボンを、大きくなったいまでも大事にしているのかと思うとなんだか僕まで嬉しい。
ユリちゃんは指先でリボンに触れながら驚いた顔で僕を見る。
「そうですけど……なんで知ってるんですか?それは……その、」
そして持っていた僕の名刺をチラリと見た。
「岡村さん、ですよね?この名刺に”霊媒師”って書いてあるけど……私の母に会ったって言うのは本当ですか?……母は11年前に亡くなっています、それでも本当に本当に会ったんでしょうか?」
「うん、会ったよ。ユリちゃんのお母さんとお婆ちゃんにもね。2人ともとても優しい人達だった。それと、それとね、ユリちゃんは本当にお母さんにそっくりだ」
田所さん譲りの大きな目に、ぶわっと涙が溜まっていく。
ユリちゃんは両手で口元を押さえ、肩を震わせている。
泣かせるつもりはなかったんだけど……でも、これは悲しい涙ではないだろうから許してもらおう。




