第四章 霊媒師OJT34
「あ、あ、あの、その、すみません!ごめんなさい!」
脊髄反射で謝罪の言葉が口から出る、が、しかし社長の無体な指示にさらに僕は青ざめた。
「エイミー!その電気線、ロングのまんま、もう1本コピれ!でもって、オマエの彼女に投げるんだ!」
えぇ!嘘でしょう?ムリムリムリムリムリ!
だって、お爺さんの顔見て!絶対殺される!
僕を見るお爺さんは悪鬼そのものといった恐ろしい顔で、刻まれたシワを更に深く寄せて睨んでいる。
「いいから、やれ!はよ!これも勉強なんだ!」
勉強ってなにを?
学習する前に殺されそうなんですが!
僕は死を覚悟した。
だって、あの人絶対カタギじゃない。
あんな人に喧嘩売っちゃってタダで済むはずがない。
ああ、ペット可のアパートに引っ越して猫を飼いたかった。
彼女だってつくりたかった。
だけど、
「エイミー!いけ!」
ええい!ままよ!
僕はお爺さんをブッ刺した電気線をコピーして、少女に向かって投げた、次の瞬間。
バチッ!
「イタっ!やだ、静電気かなぁ?」
少女は立ち止まり、電気線があたった右腕をさする。
電気は彼女に触れた途端、小さくスパークし一瞬で消えた。
一方、お爺さんに刺さった電気の線は、赤い火花を散らしながら僕の指先までしっかりと繋がっている。
ああ、そういう事か。
放電の飛距離が見たかった訳じゃない。
社長と先代はお爺さんが死者だってわかってたんだ。
僕だけが視えすぎちゃって分からなかったって事だ。
だから、あえて放電させて、死者と生者の反応の違いを分からせようとしてくれたんだ。
ん。
確かに勉強になる。
なるっちゃーなるんだけど……。
僕は改めて、僕を睨むお爺さんとその横でぽわんと立ってる少女の顔を見た。
__やっぱりそうだ、間違いない。
僕は社長に振り返る。
すると、さっきまでふざけ半分にはしゃいでいた社長の顔が真顔になって、目の合った僕に向かって頷いた。
先代はそんな僕達をチラリと見て頷くと煙のように消えた。
僕と社長は失礼すぎる程、目の前の少女を見た。
なめらかな白い肌、吸い込まれそうな大きな目、長いまつ毛は濡れてるようで、背中まで垂らした髪は漆黒色に艶めいている。
まだ幼さは残るけど、その美しさは、そう、まさに咲き誇る百合の花。
こんな日に、こんな所で、出会うなんて。
これが廻りあわせというものなのだろうか?
それにしても__
ああ、田所さんは本当にお父さん似だ。
そして君はこんなにもお母さんにそっくりだ。
「ユリちゃん……」
思わず呟いた僕の擦れた声に、少女が不思議そうにこう言った。
「……どうして……私の名前を知ってるの?」
声はユリちゃんの方が少し低いだろうか。
ネイビーのデニムにオレンジ色のパーカー姿の彼女は、僕と社長を交互に見ると、わずかに眉間にシワを寄せ表情を曇らせた。
それはそうだろう。
突然見知らぬ男に本名を呼ばれたら不審に思うに決まってる。
最近なにかと物騒なのだ、女の子はそれくらいの警戒心があったほうがいい。
とは言え、僕らは決して怪しい者ではない。
どうにかそれをわかってもらって話を聞いてもらわなくちゃ。
それにはまずは自己紹介だ。
「あの……!突然失礼しました。僕は、」
言いながらジャケトの内ポケットをゴソゴソ探る。
そんな僕をじっと見ていたユリちゃんは、途中一瞬ハッとしてさらに深く眉間にシワを寄せた__って、あちゃー、コレか……ジャケットの前ボタンはしっかり締めていたのものの、動作によって見え隠れする引き裂かれたワイシャツに不信感メーターが上がってしまったのだろう。
僕は慌てて横を向いた。
そしてなんとか目的の物を取り出した。
そう、社長が入社面談当日にすぐに発注してくれた、僕の名刺だ。
僕は両手でそれを丁寧に持つと、ユリちゃんに差し出した。
本当はポケットから直接取り出すのはマナー違反なのだけど、昨日突然支給されたのだ。今回は無礼を許してもらおう。
「申し遅れました。僕、株式会社おくりびの霊媒師、岡村英海と申します。ご縁があって先日、ユリさんのお母様でいらっしゃる貴子さんとお会いしました」
僕が田所さんをあえて”貴子さん”と呼んだのは、お父さんに対する配慮のつもりだ。
大事な娘を殺した男の苗字でなんて呼ばれたくないだろうから。
ユリちゃんは突然現れた、見知らぬ中年男性に本名を呼ばれ、ましてや亡くなったお母さんに会ったと言い出した僕に対して、相変わらず不信感をあらわにしているが、彼女の身体がさっきよりも、わずかにこちらに傾いている。
人というものは興味を持った話に無意識に身体を向けるのだ。
よし、いいぞ。
少しずつでも話を聞いてもらえたら、誤解を解く事ができれば、行き違いになっているこの家族を再会させてあげたい。
そのためには、昨日からのあらましを伝えなくてはならない、が__。
ゴォッ!
と、いう擬音が実際に聞こえたわけじゃないけれど、両手で僕の名刺をじっと見つめるユリちゃんの背後から、同じく僕の名が印刷されたそれを食い入るように凝視していたお父さんが、ユリちゃんの盾になるかのように前に出た。
そして、
『霊媒師だぁ?うさんくさいヤツだ。だけどさっきからお前、』
そう言ってお父さんはもう一度僕の名刺に目線を落し、再び灼熱のビームでも放ちそうな眼光で僕を睨んだ。
『岡村、だったか?確かにさっきから俺と目が合うし、俺が喋るたんびに馬鹿みてぇに頷いてるな。アレか?あぁ?岡村は俺が視えてんのか?』
「は、はい、視えてます。一応、僕、霊媒師なので……あ、でもまだ見習いなんですが、でも、視えてます。それだけじゃなくて、あの、さわれます」
『あぁ?なに気色悪ぃ事言ってんだ。霊媒師だがなんだか知らねぇが怪しいヤツだ。だいたいな、名刺なんざ誰だって作れるんだ。そんな紙切れごときで岡村を信用する訳にはいかねぇな。俺の大事な大事な孫娘に気安く話しかけるなんざ、死刑でも軽いくらいだ』
「死刑って……社長、なんとか言ってくださいよ」
僕は助け舟がほしくて社長を振り返る__が、しかし、笑ってる。
肩を振るわせ、腹に手をやり、声を殺して笑ってる。
訳がわからないよ、ここ笑うトコ?
あれだ、きっと”死刑”ってワードにハマったんだ。
34才のクセして”うんこ”とか”死刑”とかそういう小学生受けするワードにはちょくちょく反応する人だし。
大体、このお父さんもしゃべるたびに”あぁ?”って言うし、社長の口癖と同じじゃないか、それになんで呼び捨て?
『おぅ、岡村。免許証出せ。保険証じゃだめだ。顔写真が載ってるヤツを見せろ』
免許証拝見って……職質?
でも死刑にはなりたくないので財布から免許証を取り出して、表面が見えるように差し出した。
『ふん、名刺の名前と免許証の名前、それに顔写真も同じみてぇだな。で?貴子は俺の大事な一人娘だが、娘に会ったって言ってたな?岡村ぁ、正直に言え。娘になにかひどい事なんざしてねぇだろうなぁ?』
「いえ、そんな、まさか、はは、はははは……」
逆ですよ。
僕が娘さんに首絞められたんです。
そんな事は言える訳もなく曖昧に笑った。
『ハッキリしねぇ男だな、だらしない顔で笑うな。……岡村、おまえ霊媒師って言ったな?』
「は、はい。そうです」
『霊媒師って言ったら、幽霊を祓うっていうアレか?』
「まあ、そんな感じです。すべての霊を祓う訳ではないのですが、」
『もしかして……霊媒師がこの辺ウロついてて、貴子に会った事があるって事は……まさかアパートに行ってたのか?大家にでも頼まれて』
「え、あ、はい」
『まさか……まさか……岡村よ……貴子を祓ったのか……?』
空気が変わった。
ピッと頬に痛みが走り、手をやると指先には血がついている。
そしてお父さんの足元で、ザザッっと立たないはずの土煙が上がったかと思った次の瞬間、僕は目を疑った。




