第四章 霊媒師OJT33
村越さんへの依頼完了報告と会計を済ませた僕達は、一旦会社に戻る事にして社長の車に乗り込んだ。
初現場が終わった安堵感か、助手席に座った途端、強い眠気に襲われる。
だが同じように眠いであろう社長が帰りの運転をしてくれるのだ、眠る訳にはいかない。
社長も先代も「寝てていい」と言ってくれるけど、助手席側の窓を全開に冷たい空気を顔にあて、眠気と景色を後方へと流す。
心地よい風に髪をなびかせ、5分も道を走っていれば、現場であったアパートもすっかり見えくなっていった。
僕は昔から視力が良い。
薄暗い部屋で文庫本を読んでいようと、パソコンでブルーライトを浴びまくろうと、スマホで延々猫画像を眺めていようと、いまだ両眼2.0を誇る。
今までメガネやコンタクト代がかからなくて良かったなぁ、くらいにしか思ってなかったけど、まさか霊まで視えているとは思ってもいなかった。
まぁ、そのおかげで霊媒師の仕事に就けた訳だけど、平凡を絵に描いたような僕でさえこんな事が起こるんだ。
こういうのが廻りあわせって言うのかな……って……ん?
視力の良い僕は200mくらいの距離なら、ブレル事なくクッキリハッキリと見える。
現在時刻は10時半をまわった所で、土曜日の午前中はまばらに人が増えてきた。
自転車に乗る人、家族や友達で歩く人。
どの人達も一様に笑ってる、楽しい休日を楽しんでいるようだ。
その中で一組。
前方、目測で150m強。
片手にキャリーバックを引きながら、もう片手にはなにやら大きな包み袋をぶら下げて、キョロキョロとまわりを見ながら歩く女性……いや、少女か?
そしてその隣には、白髪頭のがっしりとした筋肉質で、ウチの社長といい勝負の眼光の鋭さは既に2~3人殺った(やった)事がありそうな、うかつに目を合わせちゃいけないと本能に呼びかける危険度高の老男性が、かなりの年齢差と身長差でもって歩いていた。
__どこかで見た事がある。
あの年齢差は祖父と孫娘といったところか。
走行する車は2人との距離をどんどん縮め、100m……50m……10m……9……8……7……6……近づくにつれ僕は2人に釘付けになっていく。
あと3m……2m……1m。
僕は助手席の窓枠を掴んだまま身体を捻り真横を向いた。
助手席側の歩道を歩く2人とすれ違った数瞬、その顔を間近で見た僕は反射的に叫んでいた。
「社長!車止めてください!!」
キキッ!
短くタイヤが鳴った。
「なんだどうした?忘れ物かぁ?」
言いながら社長はハザードランプを焚き、車を端に寄せる。
「社長!先代!今、すれ違った歩行者2人見ました!?」
「あぁ?歩行者って、どの?」
後部座席の先代はともかく、運転席の社長は気が付いてもよさそうなものだけど、顔までよく見てなかったのか首を傾げている。
「ほら!今いたでしょう?左側をキャリーバック持った少女と、その隣にいた強そうなお爺さん!後ろ見てください!後ろ姿だけどあそこ歩いてるでしょう?」
「後ろ?」
僕の必死な訴えに、社長と先代が後ろを振り返る、と。
「ああ、確かにいるな。飯食ってんのか?ってくらい細っこい姉ちゃんと、イカツイ爺さんが。でもよ、アレは、」
「どれどれ?ああ、いますねぇ。女の子1人と、それから……だけどそれがどうしたの?岡村君のお友達?」
社長と先代の呑気な答えに僕は更に声を張る。
「あの2人の顔見ました?特に少女の方!」
「姉ちゃんの方?……ははーん、エイミー。もしかしてアレか?すっげーかわいい子だったのか?」
と、社長はこれ以上ないニヤケ顔。
なぜか先代も乙女のようにときめいて、
「えぇ!そうなの?そんなにかわいい女の子だったの?岡村君、もしかして声かけに行きたいの?あぁん!もう!若いっていいねぇ!生きてるっていいねぇ!」
やばい、今、ウチの上司達のスィッチが入ったようで、2人の顔が嬉々として輝きはじめた。
「マジか!エイミー!声掛けに行きたいのか!でもダイジョブかよ?だってオマエ、ナンパなんかした事ないだろう?俺にはわかる!だって生まれてこの方、草しか食ってねぇって顔してるもんなぁ!がはははは!よし、まかせとけ!こう見えて俺はモテるんだ!かわりに声か掛けてきてやるよ!」
「あぁん!ダメダメ!清水君じゃ女の子が逃げちゃうよ!つるっぱげの人相悪いオジサンが声なんて掛けたら下手すりゃ通報されちゃうよ?それに清水君はさぁ……話題と言ったら車の話ばっかりじゃない。それに比べて岡村君は女の子の髪に花を飾るくらい気のきいた子なんから、清水君とは格が違よ。ここは一つ、岡村君本人に行ってもらった方がいい!」
「なに!?エイミー、おまえ……そんなキザな事を……!草しか食ってねぇ顔して、やるじゃねぇか!でもな!そんなのベタだ!ベタすぎて引かれるわ!」
「ベタでもなんでも、エンジンの話を延々されるよりマシでしょうが、まったく。だーから、清水君はいまだに独身なの!彼女もいないの!反省しなさい!」
「なに言ってんだ!俺はこれから運命の女に出逢う予定なんだよ!結婚だってこれからだ!大体ジジィはどうなんだよ!生涯独身のまま幕を閉じたクセしやがって!」
「ななっ!私の話はどうでもいいの!あのね、清水君。私は君を心配しているんだよ?確かに仕事はできるけど行動に難アリでしょう?このままじゃ淋しい老後になっちゃうよ?だから清水君には誰か良い人探してほしいのよ」
「へっ!ジジィだって生涯独身で寂しい老後だったじゃねぇか!」
「いや、私は違うよ。確かに素敵な奥さんはいなかったけど、それ以上に素敵な社員達がいたからねぇ。ちっとも淋しくないし、むしろ幸せなんだ」
「……なんだよ、ジジィ。それって……俺達の事かよ……?」
「うん」
「っだよー!真顔で恥ずかしい事言うなよなーっ!へへ」
僕はポカーンとしながら毎度おなじみ不毛なやりとりを聞いていた。
よくもまあ、ここまで話を脱線させる。
だけどそのおかげで、逆に僕は冷静さを取り戻していた。
「あのー、お取込み中の所すみませんが……」
今回、良い話っぽくまとまった余韻なのか、社長と先代はアイドルユニットの歌い出しのように両手を合わせ見つめ合っている。
「「なに?」」
息ピッタリにこちらを向く中年&老年に若干引きながら話を続けた。
「あの、僕、とりあえず、あの2人追いかけてきます。他人のそら似ならいいんだけど、あまりにも似てたから、ちょっと気になっちゃって……すぐに戻ってきますからココで待っていてもらえますか?」
そう言って助手席のドアを開けたところで社長が口を開く。
「誰に似てたんだよ?まっ、いいや。頑張ってプロポーズしてこい!」
「あぁん!もうプロポーズ?若いって、い」
さらに脱線しかける不毛な話にストップをかけるべく、僕は先代の話に割り込んだ。
「ちーがーいーまーすー!!初めて会った人にいきなりプロポーズなんかする訳ないでしょう?それに仮にポロポーズするにしても、あんなに強そうなお爺さんが隣にいたんじゃ無理ですよぉ」
背中に”藤田林業”と刺繍された作業着越しから、屈強な背筋が見て取れる逆三角形のその体躯は、社長と張れる程の逞しさだ。
白い髪を黒く染めたら、20は若く見えるのではないだろうか?
「エイミー。爺さんって、オマエの彼女の隣にいるイカツイ爺さんの事言ってんだよな?」
と、社長が眉根を寄せながら僕に問う。
「彼女じゃないですって!今さっきすれ違った子ですよ?彼女な訳ないでしょう!ってもう、あんまりからかわないでください。とにかくあんな恐そうな保護者付の子に変な事はできないですし、って、するつもりもないけど。それに……あのお爺さんにも確かめたい事があるんです……」
僕も負けじと眉を寄せつつそう答えた。
すると社長は、
「ふぅん、そっか、そうだよな。オマエ視えすぎで目視だけじゃ分からねぇんだもんな」
「え……?」
「よし、エイミー。良い機会だから、今ここで2人に向かって放電してみろ」
「放電、ですか?」
「ああ、そうだ。研修でもやったし、昨日の晩で実践もしただろうけど、あの2人は良い教材になりそうだ。ああ、だけどけっこう距離ができちまたな。届くか?」
僕は電気桜を咲かせた時のコピー&ペーストを思い出していた。
今の僕が放電した時の最大飛距離は1m。
どんどん前に歩き続ける彼女達との距離は、目測10……いや15mくらいか。
ならばペーストを15回、いや余裕を持って16回で届くだろう。
背中を向ける人達に放電するのは気が進まないが、当たっても静電気が発生するだけだ。きっと社長は僕の飛距離がどのくらいのびるようになったのか見たいのだろう。
それならと、僕は両手のひらを湾曲し、その小さな空間に電気エネルギーをチャージする。
あれ?心なしか溜まるまでの時間が早くなっているような……昨日の現場で多少スキルが上がったのかもしれないな。
16ペースト分の電気が溜まり、僕は「ごめんなさい」と小さく呟くと、両手を上げて思いっきり前に放った。
予想通り、1mの距離で先端が先細る。
僕は続けて1mの電気線をコピーして、オリジナルの先端に張り付けた。
距離を飛ばす事は出来なくても、先に出来た電気線の上を滑らすように放ってやれば、あとは電気が運んでくれる。
1回、2回、3回と幾度となく繰り返し、やがてそれは、屈強な背中、”藤田林業”の”林”の文字にグサっと刺さった。
『イッテェ!!』
地獄の底から轟くような怒りのこもった声に僕は縮み上がった。




