第四章 霊媒師OJT32
3月終わりの早朝。
宙を舞う細かい粒子が、朝の光を浴びて白く繊細に輝いて見える。
空気の冷たさは感じるものの、肌を刺すような鋭さはなくどこか柔らかい。
昨日の異空間での出来事がすべて幻だったのではないかと思うほどの爽やかな朝だ。
「岡村君、清水君、こっちだよ」
今度は耳から入ってきた優しげな声。
見れば先代が、社長の車にふわりと腰掛けて手招きをしていた。
「岡村君も清水君もご苦労様。さっきね、お嬢さん達と村越さんの所に行ってきたよ」
「本当ですか!?大丈夫でした?」
「うん、大丈夫だったよ。お嬢さんと奥さんが誠心誠意謝ったら許してくれた。村越さん、とても優しいご婦人だったよ」
「ああ……良かった。これで1つ、田所さんの心残りが消える」
僕はホッと胸を撫で下ろした。
と、同時に一つの疑問が浮かび上がった。
「先代、許してくれたという事は、田所さんと村越さんは話ができたという事ですか?村越さんってもしかして霊感をお持ちの方なのでしょうか?」
「いいや、ご婦人に霊感はまったくなかったよ」
「ならどうやって話をしたんです?」
「幽霊がどうしても生者に伝えたい事がある時。だけどその相手に霊感が無い場合。そんな時に使える非常用チャンネルがあるんだよ」
「チャンネル?テレビ……ですか?あ!わかった!ニュース速報的な?」
「あははは、あながち間違いじゃない。チャンネルって経路の事だね。いろんな所で使われる言葉だけど、商売する人なら商品をお客さんまで届ける為の流通経路。流通チャンネルとか販売チャンネルとか聞いた事無い?」
「そのチャンネルか!て事は、通信で言うとデーダを伝送する経路の事ですね?」
「そうそれ。そっか岡村君は通信会社出身だったね。だから私達でいうと霊感チャンネルといって……ま、早い話が夢枕に立ってきたの」
「それじゃあ、田所さん達は村越さんの夢の中に入って謝ってきたんですね」
「うん。私も一緒に行ってきた。とは言っても端で見守っていただけだけど。ご婦人はね、お嬢さんのきれいになった姿見て、良かったって泣いてしまって大変だったんだ。奥さんも一緒に謝ったんだけど、近くに住んでたのに娘さんを助けられなかったって逆に謝ってたよ。幽霊となって部屋に縛られるお嬢さんが恐くもあったけど、あんな事になって気になってたんだろうねぇ」
「そうですか……これでわだかまりも消えますね」
土曜日の朝という事もあってか、アパートの前の道に人はほとんど通らない。
平日に通勤通学のみなさんもまだこの時間じゃ朝寝坊を堪能しているのではないだろうか。
「エイミー、眠いだろ?俺の車で寝てていいぞ」
社長はスキンヘッドに朝の光を反射させ神々しさすら感じさせながら気遣ってくれた。
だけど僕は一睡もしていない割に眠気を感じなかったから、その好意を丁寧に辞退する。
「大丈夫です、なぜかあんまり眠くないんですよ」
「そうか?まあ、いろいろあって気が張ってんのかもな」
「そうかもしれません、それに……田所さん達が戻ってきた時に寝てたんじゃ、悪いような気がして」
僕達は今、田所さん母娘の帰りを待っている。
生きていた頃、彼女のご両親は一度も娘の住む町に来た事がなかったそうだ。
家出同然に実家を出て、なんの相談もなく結婚し仕事を辞め……そんな状況だったから成仏する前に近所だけでもと、田所さんはお母さんを連れて出かけて行ったのだ。
「だけど良かった。これで田所さんが成仏してくれたら、新しい入居者の方も安心して長く住めますよね」
「ね、社長」と、横を見ると、さっきまで神々しく輝いていた頭のかわりに、逆さになった彼の両脚が視界に入りギョッとする。
「な……なにしてんですか?」
僕は目線を地面まで下ろし問いかけた。
「あぁ?見てわかんねぇか?逆さ腕立てだよ。待ってる間ヒマだろ?だからさ、空いた時間でトレーニングしてるんだ。こうやって逆立ちして腕を曲げ伸ばしするだけなら場所もとらないし、軽い運動になるだろ?」
真隣で音も無く逆立ちして、そのまま腕立てすんのが軽い運動って……この人ホントに化け物だわ。
先代はといえばこういうのに見慣れてるのか、車のボンネットに座ったままニコニコと笑ってる。
社長は一定の速度で腕の曲げ伸ばしをしつつ、こう続けた。
「いやー、新しい入居者が来る当日の朝までかかっちゃったけど、間に合って良かった。今回けっこうギリだったよなぁ。もしもさ、新しい入居者に部屋の中でぶっ倒れたエイミーが唸り声上げてるの見られたら、不気味がって入居キャンセルされたかもしれないだろ?そうなったらさすがに村越さんからクレーム入るだろうしさ」
「あははは、ですよねぇ。さすがに引きますよねぇ。にしても、ちょっとだけ羨ましいな。だって一応この部屋って訳あり物件だから、少しは家賃下がってるんでしょう?だけど田所さんは成仏するだろうから、もはや普通のアパートじゃないですか」
「確かにお得かもな。だったらさエイミーも訳ありの安い物件に引っ越せよ。で、自分でお祓いすりゃいいじゃん」
「えぇ!?まぁ、そういう考えもアリですけど、でも、やっぱりちょっと、まだ1人でお祓いは自信ないというか……」
「じゃあ、俺に依頼するか?社割きくぜ?」
「あははは、ウチ明瞭会計ですしね。でもなぁ、それをやっちゃうと大家さんを騙すみたいで若干良心の呵責が……」
「そうか?いいんじゃねぇの?つーかさ、ウチの会社って自社ビルだって知ってた?中央線沿線、急行も止まるT駅が最寄の徒歩1分。けっこう良い立地だし高そうだろ?ビルは当時相場の半分以下の値段でジジィが買ったんだ。なあ、エイミー。なんでそんなに安かったんだと思う?」
「え……?それって、この話の流れからして、まさか、」
「そう、そのまさかだよ。あのビルも事故物件だったんだ。昔、あそこで殺人事件があってさ。犯人含めて複数の死人が出たんだ。それから数年間、犯人達の霊が夜に限らず日中も出るわ、ポルターガイスト現象はあるわ、激しい霊障で体調不良になる人は出るわで、そのうち借り手がつかなくなってな」
「ははは……ウソでしょ……?」
「こんな事でウソなんかつかねぇよ。で、無人ビルになって暫くしてから破格の値段で売りに出されたんだ。それまでウチの会社ってジジィの自宅が兼事務所みたくなってたんだけど、ジジィが広告見て家売って、その金であのビル買ったんだよ」
「そうだったんだ……それでお祓いは、やっぱり自分達で……?」
「そりゃ俺らでやったさ。あん時は1カ月くらいかかったかなぁ?警察に射殺された犯人達の霊が聞き分けなくてよ。考えてみ?日本の警察が逮捕じゃなくて射殺ってよっぽとだろ?あいつら本当にタチ悪かったんだ」
「成仏……させたんですか?」
「させねぇよ。あいつらは祓って滅した。あの3人は罪の無い一般人何人も殺してたからな。まして死して尚、生きてる人達に害を及ぼしてたし……よっと、」
逆立ち腕立てと話をひと区切りさせた社長がスッと立ち、首をコキコキ鳴らしながら僕を見る。
「いやーあれは大変だった。でもな、あの霊達のおかげで良い立地の建物が相場の半額で買えるわ、自分達でお祓いしなくちゃならん分、社員の技術研修代わりになるわで、ホントお得な買い物だったんだよ。だからさ、エイミーもゴッツイ悪霊憑きのアパートに引っ越せよ!なんなら俺が探してやろうか?そんなトコ住んだらあっという間にスキルアップできんぞ!」
ヤバい……この人、めっちゃ楽しそうな顔してる。
下手すりゃ本当に曰く憑き物件を見つけてきそうな勢いだ。
確かに家賃は下がるのはいいけれど、それと引き換えに社長のおめがねにかなうくらい気合の入った悪霊と同居なんて勘弁してほしい、祓うのだって手こずりそうだ。
なんとか穏便に断りたいのだが……なんてタジタジしていると助け舟がやってきた。
春とはいえまだ肌寒く、薄手の上着が必要なこの春の日に、半袖のTシャツとスカート姿で元気に手を振る美しき元地縛霊__田所貴子さんと、そのお母さんだった。
『岡村さん!ただいまです!』
彼女の表情は明るく花が咲いたように見える。
お母さんとの散歩がよほど楽しかったのだろう。
「おかえりなさい。散歩はどうでしたか?11年前に比べて変わってましたか?」
『ううん、全然!あ、でもコンビニは増えたかな。でもね、それ以外は変わってなかったです!昔よく買い物に行ってた商店街もまだまだ頑張ってるみたいだし、あっ、私言いましたよね?その商店街、街路樹に桜の木が植わってるの。さっき通ったら桜の花がすごくキレイで!そこで幼かったユリと二人で歩いたの!私、懐かしくて泣きそうになっちゃいました、お母ちゃんにも見せる事が出来て本当に良かった!』
◆
『いろいろとお世話になりました』
田所さんとお母さんは、そう言って深々と頭を下げた。
僕達3人も「元気で」とか「気をつけて」とか言いながら頭を下げる。
『私達、成仏する前に一度田舎に帰ろうと思います。大きくなったユリに会いたいし、お父さんにも謝りたいので』
去年お母さんが亡くなった後、田舎にある実家では、娘のユリちゃんと田所さんのお父さんが2人で暮らしているとの事だった。
その2人に霊感があれば直接話せるけど、そうでなければ非常用チャンネルで夢枕に立つ予定らしい。
先代が母娘に言った。
「ご実家を心に念じれば一瞬で戻れますよ。奥さんは霊歴1年だから方法はわかるでしょうが、お嬢さんはわからないでしょう?お教えしましょうか?」
『ありがとうございます。でも電車で帰ります。時間はかかるけど、お母ちゃんと2人で旅行気分でのんびり行きたいなぁって。生きていた頃、そういう事できなかったから』
そう言って楽しそうに顔を見合す母娘は、何度も振り返りながらもアパートを後にした。




