第四章 霊媒師OJT25
21年振りの母娘の再会。
募る話もあるだろうと、僕と先代は少し離れた場所に腰をおろした。
ここまで来たんだ。
時間の許す限り語り合ってもらいたい。
母娘の時間、それは僕にとっても好都合だった。
なにせ先代には聞きたい事が山ほどあるのだ。
時間はある。
早速1個目の質問だ。
「あの、先代はいつ、お母さんの事に気が付いたんですか?」
僕の問いに、知りたい~?なんておどけて見せながらも、先代は丁寧に答えてくれた。
「なんかおかしいなぁと思ったのは、会社で“どう頑張っても現場に辿り着けない”って、弥生ちゃんから清水君に電話があった時かなぁ」
「弥生さんというのは……もしかして、」
「あ、ごめん。まだ会った事なかったか。弥生ちゃんもウチの霊媒師だよ。この現場の本来の担当者ね。で、おかしいと思ったのは補足説明もあるから少々長くなるけど……」
先代の話はこうだった。
お祓いや失せ物探し、会社には様々な依頼が入ってくる。
それぞれの現場に霊媒師を何人付けるか、それは依頼内容によって決められる。
失せ物探しや人探し(いなくなったペットも含む)なんかだと危険度は低い為、新人でない限りは1人で向かう。
またお祓いに関しては、生者に危害を加える悪霊が相手なら(霊によるケガ人や死人が出ているような場合)霊媒師は必ず複数で向かわなければならない。
だが今回の田所さんのように、出現場所はアパートの一室のみ、他の部屋の住人からの目撃情報は無く、対象の部屋に入居した数名が接触しているものの、誰1人かすり傷1つ負っていない……こういったパターンだと危険度は低いとみなされて、霊媒師は1人で担当する事になる。
担当の弥生さんは霊媒師歴10年の中堅で、田所さんが女性の入居者に対して“庇うように覆いかぶさる”といった行動をとる事から、男性霊媒師より女性霊媒師の方がいいだろうと自分から現場入りを希望したのだ。
だけど弥生さんは現場には来れなかった。
霊の妨害にあってどう頑張っても辿り着けなかったからだ。
実際、霊媒師が現場へ向かう途中、対象の霊に勘付かれ妨害される事は珍しくない。
そういった妨害をするのは大抵危険度の高い悪霊で、足止めに手段を選ばない為、霊媒師が命の危険を感じる事もあるというのだ。
逆に危険度の低い霊は、ゼロではないがほとんど妨害行為はしないらしい。
だが今回、危険度が低いとされていたこの案件で弥生さんは妨害を受けた。
幸いな事に弥生さんは足止めは食らったものの、命の危険も無ければかすり傷も負ってない。
ただ数々の小さな珍現象に振り回されて……そう、あまりに小さな攻撃に、まさかそれが霊の妨害であるとは思わなかったのだ。
「弥生さんは、一体どんな妨害を受けたんですか?」
「ああ、弥生ちゃんねぇ。あの子、今回バスと電車で来ようとしたらしいんだけど、まずバスが来ない、待てども待てども来ない。だけどバスが遅れるなんて珍しくないでしょう?だから諦めて駅まで歩こうとしたの。そしたら弥生ちゃんの頭の上にカラスがどんどん集まってきて……」
「まさか、襲われたんですか?突っつかれたとか……」
「いやぁ、それがねぇ、かわいそうに。あの子、何十羽というカラスからフン攻撃を食らったみたいでねぇ」
「……フン攻撃?」
「そ。フンよ、フン。要は頭の上から大量のウンチが降ってきたの」
「えぇ……そりゃまたヒドイ……」
「でしょう?もう全身ウンチまみれ。さすがにこれじゃあ、電車に乗れないと思って引き返して風呂に入って着替えてさ、よし行くぞって家出たら目の前の電線がたわむくらいにズラーっとカラスが待ち伏せしてて、」
「うわぁ、ホラーだ!それめっちゃホラーだ!」
「だよねぇ。だけど彼女はそれでも頑張って傘さして出発したんだ。で、10分くらい歩いたところで、ようやくカラス共も弾切れでいなくなったんだって」
「弾切れって、ウンチ出しきっちゃったって事ですか?」
「まあ、そういう事だね。で、カラスもいなくなった事だし電車に乗ろうと思ったんだけど、ウンチまみれの傘持ったままじゃ電車に乗れないじゃない。かといって捨てる場所もないし、仕方ないから少し歩いた場所にある公園に行ったの。そこなら水道があるからね。でも……」
公園に着いた弥生さんだったが、今度は散歩中の複数の犬に襲われた。
襲われたと言っても噛まれた訳ではない。
公園の水道で傘の汚れを洗い流していた弥生さんを見た犬達が、ちぎれんばかりに尻尾を振って、飼い主さんのリードを振り切ると、彼女目掛けて一斉に飛びかかったのだ。
そして弥生さんの顔をベロンベロンと舐めまくり、遊ぼう!遊ぼう!と飛び跳ねて、結果泥まみれになったという。
普段はこんな事しないのに、と、平謝りする飼い主さんになんとか犬を押さえてもらい公園を脱出し、駅に着いたはいいけれど、なぜか反対方向の電車に乗ってしまった弥生さん。
慌てて乗り換えてホッとしたのも束の間、降りる駅を寝過ごしてしまったり。
なんのかんの必死で頑張ったはずなのに、気付けばそこは群馬県、終電もなくなった。
「日付が変わったあたりでね、もしかして霊に妨害されているんじゃって思ったらしいの。もっと早くに気付けば良かったんだろうけど、霊の妨害にしてはやる事がねぇ、ぬるいというか平和というか……もっとこう、誰もいないのに駅のホームで突き飛ばされたとか、車が突っ込んできたとかなら、もしかして悪霊?って思うけど、カラスのウンチとか犬に好かれすぎるとか電車を乗り間違えるとか居眠りじゃ気が付きにくいよねぇ、ふふふ」
「そうかもしれないですねぇ。それにしても悪霊の妨害ってそんなにハードなんですか?なんかめっちゃ怖いんですけど……」
「ああん、そんなのよくあるよ。だけど心配しないで、そういう時は結界張れば大丈夫だから。その為に危険度大は2人以上で組ませるの。交代で結界張っていけばまず安全だから」
「交代で?1人では無理なんですか?」
「うーん、そうねぇ、ちょっと難しいねぇ。結界を張りながら同時に別の動作ができるのは今のところ私と清水君だけ。それがどんな感じかって言うと……例えば清水君の車はマニュアルでしょう?アレ、常にギア動かして大変そうじゃない。ギアを動かすには同時にクラッチ踏んで、切り替えたらアクセル踏んで、それでいてウィンカーやらハンドルやら操作いっぱいでしょう?当然まわりの状況も見てなくちゃいけないし」
「確かに。僕はオートマ限定だからスゴイなぁって思ってました」
「そうだよねぇ。じゃあ、あれだけたくさんの操作をする走行中、同時にコンビニ弁当食べられる?もちろん袋から出して、テープでとめられたフタ外して、割りばし割って、そういうのも全部自分で処理しながら、ハンドルの上に弁当のせて、前見て弁当見て、必要に応じてギアチェンジしながら、箸でこぼさずに食べるの。当然、車の事故は起こしちゃダメ、両方同時に完璧にね」
「それは無理です!オートマだってできないですよ!……あ、そういう事か」
「そんな感じです。そんな事したらどっちか片方成功すればいい方で、たぶん両方の動作が崩壊すると思うのよ。ちなみに清水君は昔、あの車運転しながら幕ノ内弁当食べててさぁ!それ知った時、本気で怒ってやめさせたけど……あの子は変に器用だから。あ、それからね、その弥生ちゃんなんだけど、今は霊の妨害も止んでこっちに向かっている所だから、うまくすれば会えるかもしれないよ。本当はねぇ、疲れてるだろうし、清水君と岡村君が現着して対応中だから、そのまま直帰していいよって言ったんだけど、新人さんに会いたいから行きます!って聞かないの」
「わぁ!僕、社長と先代以外に会社の方に会った事ないから楽しみです。でも緊張しちゃうなぁ。……そう言えば、弥生さんを妨害してた霊って田所さんじゃないですよね?だって彼女、自分が亡くなってから11年経ってる事も知らなかったし、常に覚醒してたようでもないから、自分を祓いに霊媒師が来るって事に気付きようが無かったんじゃないかって思うんです」




