第四章 霊媒師OJT24
「あ、カフェだっけ?そこ絶対に私も行くからね!で、奥さんなんだけど、お嬢さんの顔のケガの事、ここに来る前から気にしてたのよ。お嬢さんが殺された時、警察に呼ばれて遺体を確認した時に見てしまっているからねぇ。それで奥さんに治し方教えてあげたの。娘のケガを治したいという強い気持ちを言霊に練り込んでもらって、ついでに内緒で私の霊力投げ込んでおいたから、ふふふ、唱えてくれたら一発で治っちゃうよ、ほら、いよいよ、奥さん唱えるみたい」
僕と先代は、ぎこちなくも言霊を唱えようとする奥さんに目線を移した。
なにはどうあれ女性が顔にあんなに酷いケガを負っているんだ。
それが治るなら、しかも治してくれるのがお母さんなら、他に何もいう事はない。
『貴ちゃんは1人でよく頑張ったね、えらかったね……お母ちゃん、一番辛い時に助けてあげられなくてごめんね……でもこれからはお母ちゃんが一緒だからね。さあ、ケガを治そう。貴ちゃん、そこに座って。ええっと……いくわよ』
うん、と小さく頷いた田所さんはぎゅっと目をつむり正座して、まるで小さな子供のようにお母さんのエプロンを握りしめている。
お母さんは田所さんの潰れた顔を両手で優しく包み込んだ。
そして、少し恥ずかしそうに、でも、真剣にこう唱えた。
『痛いの痛いの……飛んでいけ、痛いの痛いの……飛んでいけ、痛いの痛いの……』
あ……
お母さんはこの言葉を言霊に選んだんだな。
僕はささやくような優しい声に懐かしさを感じていた。
昔、僕が小さかった頃……遊んでケガをして家に帰ると、母親もよくこう言いながら傷の手当をしてくれたっけ。
母親は元気でやってるんだろうか……?
落ち着いたら、たまには実家に帰ってみようかなぁ。
そんな事を考えながら二人を眺めていると、言霊を唱えるごとにお母さんの手のひらが反応し、徐々に白く眩く光り出した。
『あらぁ、あらあらぁ、なにこれ、きれいねぇ。それになんだか温かいわ』
お母さん曰く温かいその光は、速度をもって輝度を上げていく。
やがてその光はお母さんと田所さんの輪郭を消す程に輝いて、その眩しさに目を開けていられなくなった僕は手で目を覆い蹲ってしまった。
◆
『岡村さん、岡村さん、大丈夫ですか?』
蹲った僕の肩をトントンと叩くのは心配そうな声の田所さんだ。
僕は目を閉じたまま顔を上げる。
瞼に強い光が透けて見えないから、さっきの光はおさまったものと判断し、僕はゆっくりと目を開けた。
『大丈夫ですか?』
そう言って覗き込む田所さんと至近距離で目が合った。
ほんの数瞬、ガッチリと目線を合わせていた僕だったが、再び慌てて目を閉じる。
そりゃあもう、ぎゅっと固く、できる事なら僕もお母さんのエプロンにしがみつきたいくらいのソワソワした気分で。
『岡村さん、大丈夫ですか?もしかしてさっきの光で目が痛くなっちゃったんじゃないですか?そうなんでしょう!お母ちゃん、こちらの方は岡村さんっていってね、私にとても良くしてくれた人なの。どうも目が痛いみたい。ねぇ、お願い。岡村さんも治してあげて』
『そうなのかい?まぁまぁ、娘がお世話になって、ありがとうございます。今すぐ治してあげますからね、さあ、こっちを向いて、“痛いの痛いの……”』
優しいお母さんは、無傷の僕にさっそく回復の言霊を唱えようとしてくれた。
だけど僕は目なんか痛くない。
言っちゃえば目だけじゃなくて、どこもかしこも痛くない。
「ああ!待ってください!違います!目は大丈夫です!まったく問題ありません!心配かけてごめんなさい!眩しいって思った時にすぐ目を閉じたし、手でも覆いましたから、」
『え、そうなんですか?それならいいけど……』
僕は田所さんと目を合わせないよう、上を向いたり下を向いたり横を向いたり……それでいてチラチラと彼女を盗み見たりもして。
ああ、何て事だ、これじゃあ、まるで変質者みたいじゃないか……
お母さんの娘を想う愛の言霊は(先代の霊力入り)、グシャグシャに潰された彼女の顔も、束で抜かれた髪の毛も、骨ばった痩せた身体も、すべてきれいに治してしまった。
いや、“治してしまった”なんて言い方はおかしいか。
治ってくれて、本来の姿を取り戻して、こんなに嬉しい事はない。
この気持ちはまごうことなく本心だ。
なのに彼女をチラチラ盗み見て、決して目を合わせないようにする変質者っぷりには理由がある。
これは僕の個人的な問題な訳で……
『岡村さん!やっぱり変ですよ?』
そう言って僕の前に回り込む、ケガの治った田所さんは、その……なんていうか……要は、とてつもない美人なのだ。
陶器のような滑らかな白い肌、濡れたような長いまつ毛の大きな目。
スッとした鼻に、形の良い桜色の唇、長い髪は艶やかで、細身ではあるが痩せすぎではない……ってダメだ、こんなの完全アウトな変質者だ。
僕を心配してくれる田所さんに、内心こんな事考えてるって知られたら……きっとまた、あの虫ケラを見るような目で僕を見るに違いない。
ああ、違うんだ!理由があるんだ!
僕は自他ともに認める草食系で、たいしてモテた経験の無いものだから女性に対する(特に美人)免疫が無い。
そんな僕が、こんな美人を前にまともに話せる訳がないじゃないか。
田所さんはそんな僕の気も知らずに心配して纏わりついてくる(いや、ありがたいけど)。
僕は耳まで真っ赤にさせながら彼女から逃げ回り……って、いやはや困った、この危機的状況をどうしたらいいものか?
だけど……
冷静に考えれば、今現在、一番に困っている事がこの程度の事なのだ。
最初に田所さんに会った時、彼女は潰れた目の隙間から膨大な憎悪を撒き散らし、この世のすべてを呪っていた。
それが今、こんなにキレイで、他人の僕をこんなにも心配してくれている。
彼女を縛る負の鎧が砕けて散って、本来の優しい女性に戻ってくれたのだ。
もう少し、なんだと思う。
彼女が成仏できるまで、たぶん、あと少しなんだと。




