第四章 霊媒師OJT23
「ほっほっほっ。岡村君の夜桜がキレイだったからねぇ、使わせてもらったよ。こういうの若い子はなんて言うんだっけ?ほら……ほら……ええっと……そう、”コラボ”!」
先代は僕とコラボしたと嬉しそうに笑ってる。
そして、
「口寄せ、最後の仕上げだ。お嬢さんの負の結界を突破して外とココを繋ぐ道を通したからね。あとは来てもらうだけ、」
そう言って先代は大きく息を吸いこむと、両手を口に添えて大きな声で叫んだ。
「奥さーん!もうこっちに入って来れるから!桜の道を真ーっ直ぐ歩いてきてー!そうすればここまで来れるからねー!それから足元気をつけてよー!ゆっくりねー!」
ああ、もう……せっかく途中までは陰陽師みたいでカッコよかったのに。
最後は近所の奥さん、家に呼ぶみたいになっちゃってるよ。
でも、まぁ先代らしくていっか。
それにしても奥さんって一体……?
この騒ぎですっかり泣きやんだ田所さんと僕は顔を見合わせて首を傾げた。
サク……サク……と花びらを踏みしめる音が聞こえてきた。
先代が口寄せした”奥さん”は、桜の道の足元を確かめるようにゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
徐々に距離が縮まるにつれ僕は既視感を覚えた。
年の頃は60代半ばくらいだろうか。
白髪交じりの髪を後ろで1つにまとめた、優しそうな小柄な女性。
ついさっきまで台所仕事をしていたかのようなエプロン姿。
あのエプロン……
僕は懸命に目を凝らし、その色と柄をじっと見る。
ああ、そうか、
そうだったんだ……
そのエプロンは澄んだ空のような青色に小さな白い花__そう田所さんが教えてくれた鈴蘭の花が描かれている。
昔、少女だった頃の田所さんが”お母さん”の誕生日にあげたエプロンだ。
僕は横で震える田所さんの肩を強く抱いた。
奥さんは……いや、田所さんのお母さんは、そんな僕達を見て、ひとたび足を止めると深々と頭をさげた。
『お、お母ちゃん……?お母ちゃん……お母ちゃん……!』
聞こえるか聞こえないか。
田所さんは小さく呟くと、なぜかそのまま後ろを向いてしまった。
そして、せっかく再会できた母親に背を向けたまま震える声でこう言った。
『お母ちゃん……私……ごめんね……こんな事になっちゃって……先に死んじゃって……親不孝でごめんね……もう二度と会えないと思ってたお母ちゃんに会えて本当に嬉しい……お母ちゃんを連れてきてくれた持丸さんにも感謝してる……ちゃんとお母ちゃんの顔見て話したい……だけど……私の顔見たら、きっとお母ちゃんを悲しませちゃう……私ね……ひどい顔してるの……これ以上心配かけたくないよ……』
そうか……確かに大事な一人娘が大怪我を負った顔を見たらショックを受けてしまうだろう。
田所さんはお母さんを気遣って、あえて背を向けたんだ。
『貴ちゃん、だいじょうぶよ、いいからこっち向いてごらん。そんなのお母ちゃんがみんな治してあげるから、』
お母さんは言いながら田所さんを後ろから抱き締めた。
そして回した腕に感じる骨ばった感触に、堪えきれない涙を落しながら、
『ああ、貴ちゃん……こんなに痩せて……かわいそうに……ごめんねぇ、お母ちゃんがもっとしっかりしていれば貴ちゃんをこんな目に合わせなくて済んだのに、みんなお母ちゃんが悪いんだ。貴ちゃんは何一つ悪い事なんかしてないのに、ケガをしたのだってユリを守る為だったんだ。あんな卑劣な男に立ち向かって……だけど貴ちゃんのおかげでユリは助かったんだよ』
『お母ちゃん、ユリを知ってるの!?』
ユリちゃんの存在がお母さんの口から出た事で、田所さんは顔の事も忘れ振り向くと、
『ああ、やっとこっちを向いてくれた』
お母さんは田所さんの潰れた顔を愛おしそうに撫で、そして続けた。
『ユリはあなたに似て本当に優しい子よ。貴ちゃんが亡くなった時、東京の警察から家に連絡がきて、すぐにお父さんと上京したの。その時初めて貴ちゃんが結婚して子供がいる事を知ってね……あの日はあなたを失った悲しみに泣いたけど、同時にユリというかわいい孫がいる事がわかってどんなに嬉しかったか。お母ちゃんもお父さんもね、ユリを引き取る事になんの迷いもなかった。貴ちゃんのかわりにユリを守ろう、ありったけの愛情で育てていこうって、それが私達の生きる希望になったのよ』
『ああ……それじゃあ、ユリは、ユリはお母ちゃんとお父さんが引き取ってくれたのね、あの子は元気でいるの?あれから11年が経ったんでしょう?それならあの子は18才になったの?あんなに小さかった娘がそんなに大きくなったなんて……信じられない……!』
田所さんにとっても生きる希望であったユリちゃんが、あの男から離れ、もっとも信頼できる父と母に引き取られていたという事実にわんわんと泣いた。
『ああ、もう、そんなに泣いて。貴ちゃんは昔から泣き虫なんだから』
お母さんは目にいっぱいの涙を浮かべ、それでも無理に笑いながら田所さんの涙を拭う。
そしてまじまじと娘の顔を見て悲しそうに呟いた。
『かわいそうに……こんなになって……どんなに痛かっただろう、どんなに恐かっただろう……お母ちゃんが代わってあげれたら良かったのに……ああ、だけど、もう大丈夫だからね。お母ちゃんがみんな治してあげるからね』
ユリちゃんの事で夢中になっていた田所さんは、お母さんの言葉で思い出したのか、咄嗟に顔を隠そうとする、だが、
『貴ちゃん、ケガしてるトコちゃんと見せてちょうだい。でないと、お母ちゃん治してあげられないでしょう。見られたくない気持ちはわかるわ、お母ちゃんを思って隠そうとする気持ちもわかるわ。でもお願いよ、こっちを向いてちょうだい』
お母さんの必死の説得に、田所さんは躊躇いながらも、おずおずと顔を上げた。
それにしてもお母さんは、さっきから田所さんのケガを治すって言ってるけど……そんな事できるのだろうか?
『大丈夫よ、そう、そのまま、お母ちゃんの方を見てて。貴ちゃんのケガを治す方法を、さっき持丸さんに教えてもらったのよ、』
え?
先代に?
僕が先代を振り返るとミニマムな老紳士はコソコソと僕に耳打ちした。
「お嬢さんの顔はね、私が治してあげる事もできるんだけど、ほら、ここはやっぱりお母さんに治してもらった方が嬉しいでしょう?そうやってお嬢さんの心の満足度が上がれば上がる程、円満に成仏してくれる可能性が高くなるの。私もね、できればお嬢さんには納得して成仏してもらいたいと思ってるからねぇ」
「そうだったんですか……確かにお母さんが治してくれた方が嬉しいですよね。でも、どうやって治すんですか?実際に身体がある訳じゃないから治療って言ったって……」
「岡村君も使った事がある術だよ。前に清水君と放電の訓練してた時、能力を高める方法として“言霊”を使ったでしょ?あれを使ってだね、」
言霊……
『いいか、エイミー。“この浮気者―!お仕置きだっちゃーっ!“このセリフを、んぷっ!裏声で唱えてから放電してみろ。んぷぷっ!エイミーは知らないだろうが、これは“言霊”と言ってだな、ぷぷぷーっ』
僕の脳裏には完全に騙されたとしか言いようのない、社長直伝のあの恥ずかしい言霊が蘇ってきた。
思い返せば社長は最初から笑ってたし、スマホ構えて撮る気マンマンだったんだ。
「あー、えっとですねー、使ったというか、あれは、そのー、騙されたと言うかですねー」
結局あの時は、言霊の威力で放電ができるようになった訳じゃなく、むしろあの恥ずかしい言霊を人前で唱えたくなくて必死に自力で習得したというか……でも、まぁ、結果的にはあのインチキ言霊があったからこそスキルが上がったんだけど……って、そういえば、あの動画、まだ社長のスマホに保存されてるんじゃないか……?
「ど、どうしたの?岡村君、真顔で一点、見詰めちゃってるけど」
「はっ!い、いや、なんでもありません。古傷が痛んだというか……あ、いえ、こっちの話です。それでですねぇ、あの、お母さんの言霊はどんなのにしたんですか?先代が考えたんでしょう?」
「いんや、言霊自体は奥さんに考えてもらったよ。言霊って唱える本人に思い入れがある言葉じゃないと、あまり効果が出ないの。あれ?岡村君も前回、自分で考えたんじゃないの?」
「そうだったのか……くぅ、重ね重ね騙しおったな、社長めぇ……!」
「な、なんかあったみたいね」
「いや、お気になさらないでください。帰ったら社長にランチご馳走してもらいますから!」




