第四章 霊媒師OJT22
「岡村君!」
先代の僕を呼ぶ声で我に返る。
「は、はい!なんでしょう?」
「お嬢さんが泣きやまないよ!だから女の子が喜ぶ物をなにか造ってちょうだい!」
「あ、はい、わかりまし…って、えぇ!?女の子が喜ぶ物ってなんですか!?それにココには何もないですよ?なにをどうやって造るんですか!?」
「岡村君、放電できるでしょう?それでなにか造ってあげなさいよ。この桜だって岡村君造ったんだから手先器用じゃない!」
「うぅ、そんなに器用じゃないですよ。桜も良く見れば不揃いだし。それにこれだけ桜の花を造っちゃったからなぁ。もうさすがに花はないだろう……なにを造れば彼女は泣きやんでくれますかね?」
「うーん……あ、そうだ!岡村君、プードル造んなさいよ!」
「なっ!プードルって犬の?難易度高いですよ!」
「いや、この間ね、駅前のロータリーで若い女の子が風船配ってたの。細長い風船をグリングリン捩じって、あっという間にプードルの形にしててねぇ。いやぁ、アレは見事だった」
「ああ、バルーンアートの事ですね。風船を捩じってプードルの他にもキリンとかクマとか色々できるみたいですよね」
「なんだ知ってるじゃない!それ!それ造ってやんなさい!コレ先代命令ね」
「ちょ!バルーンアートを見た事あるだけで造った事ないですよ!プードルもキリンもクマも難しくて造れませんって!」
「そこは気合で!」
「清水社長みたいな事言わないでくださいよぉ。気合入れてプードル造ったとしても、おそらく”呪われたプードル”的な出来になるかと思います、桜より難しいもの。そんなグロテスクなプードルプレゼントしたら、逆に恐がらせちゃうかも……」
「……そんなに不気味になりそうなの?」
「おそらく」
「ふむ……ふふふ……いいじゃない、面白そうだから造ってみてよ。不気味なプードルを差し出して、お嬢さんがびっくりしたところで、私の霊力でもってそのプードルを動かす。こう両手をあげて二足歩行でテテテテテ……と、」
「気持ちわる!」
「失敬な!お嬢さんはまだ若いんだから、これくらいしないと」
「絶対田所さんイヤがるよ……。あの、先代ってもしかして小さい頃、虫持って女の子追いかけたりしてませんでした?」
「小さい頃?ああ、やったねぇ。蝉とかカマキリとか蛙とか持って追いかけるとキャーキャー言われちゃうのよ。ふふふ、懐かしいなぁ。あ、もしかして私の事霊視した?」
キャーキャー言われてたんじゃなくて、女の子達は悲鳴あげて逃げてたんだろうなぁ。
「いや、霊視じゃなくて想像の範囲です」
「ああ、そう。にしても……お嬢さんは泣きやまないねぇ。こういう時、男ってのは本当に役に立たないよ。やっぱり、ここはひとつ、奥さんにお願いするしかないね。ちょっと早いけどココに来てもらおう」
奥さん?
誰の事?
ここに僕達の他にも人がいるの?
不思議がる僕を制した先代は、背筋を伸ばし左手の人差し指と中指を立てた。
そしてその二本の指をゆっくりと顔の前で固定させると、僅かに空気が振動する程度の小さな声で何かを唱え始める。
あれは……映画で見た事があるぞ。
あのポージングは陰陽師だ。
社長が言ってたな。
先代の霊力はハンパないって。
そう言えば僕は先代が霊力を使っているところを見た事ないや。
こんな時になんだけど、これは勉強になる。
先代は一体なにをしようとしてるのだろうか……?
薄闇に女性のすすり泣く声と、先代の地を這うような呪文が重なる。
僕は固唾を飲んで先代を見詰めていた。
すると不意に先代が言った。
「口寄せだよ」
くちよせ?
僕は聞いた事のない言葉にハテナマークを浮かべた。
「霊魂を呼び寄せる術の事。術者の呼び掛けで黄泉の国、もしくは現世を彷徨う霊魂を強制的に術者の元に呼び寄せる事ができるんだよ」
それって陰陽師で見た事あるぞ!
僕の心臓は跳ね上がった。
そんなすごい術を目の前で見る事ができるなんて……!
ああ、ココにノートがあれば良かったのに。
ぜひともメモを取りたかった。
あ……という事は先代が言う”奥さん”という方はすでに亡くなっている?
それにしても先代も幽霊だし、どちらかと言えば口寄せされる方ですよね?
うーん、幽霊が幽霊を口寄せするのか。
なんかスゴイ図だな。
「その方ね去年病気で亡くなったの。だけど成仏しないで、ここ1年くらいずっとお嬢さんのそばに……正確にはアパートの周辺にいたんだよ。本当は部屋に入ってお嬢さんと話をしたかったんだろうけど、お嬢さんの無念が強すぎてねぇ。その行き場のない無念さが年々少しずつ蓄積され10年をこえる頃には、我々で言う結界に近いものが出来てしまった。それで奥さんは弾かれちゃって、今まで部屋の中に入る事が出来なかったの」
「田所さんが結界を……?でも先代、僕や清水社長、それに以前アパートに入居した人達は普通に部屋に入れますよね?その結界に阻まれないんですか?」
「ん?ああ、岡村君達のような生きている人間は別だよ。考えてごらん?ウチの会社だってビル丸々1棟結界に守られてるけど、清水君や岡村君は自由に出入りできるでしょ?結界は幽霊にしか効かないの。逆に工事現場なんかにある部外者立ち入り禁止で設置されてる高い壁。あれは生者は入れないけど、物質を通り抜けができる幽霊なら入れる。まぁ、私の場合霊力が強いからどちらも自由に行き来できるんだけどね」
「なるほど……」
「さあ、続けよう。私にしたら、お嬢さんの無念の結界なんぞ屁でもない。おっと失礼、今のは女性の前で少々下品だったね」
先代、紳士だ……。
ああ、ごめんなさい。
僕さっき田所さんにもっと下品な事言っちゃいました。
どこからともなく風が吹いてきた。
田所さんとファーストコンタクトの時のような熱風ではない。
もっとこう優しくて強い、春の嵐のような突風が電気桜を巻き込んで舞い上がる。
泣いていた田所さんも目を細めてそれを眺めていた。
ミニマムな先代はその嵐の中心でぶれる事無く立ち続けている。
そして小さく呪文を唱えながら、顔前で立てていた二本の指を勢いよく斜め下に振り落した。
途端、乱舞していた桜の花びらが柔らかく地に降りて集まって、やがてそれらは1つの形を造り始めた。
「道……?」
先代が降らせた桜の花びらは、僕達のいるこの場から遥か遠く見えなくなるまで、薄紅色の光る道と姿を変えた。




