第四章 霊媒師OJT20
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煮えたぎる蝉の声がいつの間にか消えた。
訪れた静けさにゆっくりと顔を上げると、そこは電気桜が淡く揺らめく薄闇の中だった。
真夏の暑さが嘘のように引き、かわりに身震いするような肌寒さに襲われる。
僕はたまらず首をすくめズルズルと鼻をすすった。
そんな僕を心配そうに覗き込む田所さんは、僕の手をしっかりと握りしめている。
ずっとこうしていたのか……。
おそらく自身の一番辛かった最後の日を語るにあたり、途中で挫けないように、すべてを話しきれるように、そしてなにより思い出す事による恐怖に打ち勝つ為に、僕の手を握り続けていたのだろう。
今思えば……だからこそ僕は彼女の過去そのものに行く事ができたのではないだろうか?
僕の不安定な霊視力に彼女の思念が握られた手からダイレクトに流れ込み、たとえるなら過去の映像をストリーミング再生のような感じで見ていたのだと思う。
僕は田所さんの力があったからこそ過去に飛ぶことができたんだな……。
『岡村さん、大丈夫ですか?私の話を聞いて気分が悪くなってしまったんじゃないですか……?』
オロオロと心配そうに気遣ってくれる田所さんに、僕は慌ててこう言った。
「あ、いや、大丈夫です!ただ、その、急激な温度差にやられたというか……さっきまで霊視で真夏の暑さを体感してたのに、霊視終えたら3月に戻って寒くなっちゃって……それで……それで……ハックション!す、すいません!失礼しました!とにかく田所さんの話を聞いたから震えてる訳ではありません!僕がオッサンだからです!30過ぎると急激な温度変化に対応できないんです!ハハハ!だから気にしないでください!」
『そっかぁ、寒くなっちゃったんですね……本当は、寒い時にはホットミルクでも飲ませてあげられたらいいんですけど、ここにはキッチンもなにもないからなぁ……』
「ホットミルクって……僕、30過ぎのオッサンなんですが……」
『あっ!ごめんなさい!あ、あの、ユリがね、あの子がホットミルク大好きで、寒い日や風邪ひいた時なんか、必ずホットミルクが飲みたいってねだるから、ついそれが出ちゃって……そうですよね!岡村さんは大人ですものね!子供と一緒にしちゃってごめんなさい!』
「そうですよ、まったく。だいたい田所さん28才でしょ?僕より年下なんですから子供扱いしないでください。まぁ、ホットミルクがおいしいのは認めますけど」
『ご、ごめんなさい!って、え?あはは、なあんだぁ。岡村さん、カッコつけてるだけで本当はホットミルク好きなんじゃないですか。年上ぶっても7才のユリと同じですね』
「な!?」
『ふふん』
田所さんの勝ち誇ったような“ふふん”で顔を見合わせた僕達は、思わず同時に吹き出してしまった。
空気が柔らかくなるのがわかる。
壮絶な過去を語ってくれた彼女と、それを霊視した僕。
彼女の怒り、悲しみ、痛み、悔しさ、恐怖。
それらがどんなに重く、長きに渡り彼女を縛り苦しめてきたかは計り知れない。
だけど__
彼女は今、細い身体をくの字に曲げて笑ってる。
僕に話をした事で、ほんの少しだけその重荷が軽くなったとしたら。
彼女を縛る鎖に亀裂が入ってくれたとしたら。
これ以上嬉しい事はない。
僕は思わず頬が緩む、と同時に改めて気を引き締めた。
そう、まだここはゴールじゃない。
彼女にはもっと先に進んでもらいたい。
こんな寒くて暗い闇の中じゃなく、もっと暖かくて明るい場所へ。
優しくて愛情深い彼女にこそ相応しい、天国へと昇っていってもらいたいのだ。
ああ、だけど、それにはどうしたらいいのだろう?
僕は笑い疲れて床に寝転ぶ彼女を見ながら思案する。
確かに僕は彼女から話を聞かせてもらえた。
最初は頑なで攻撃的で、僕に対して敵意しかなかった女性とよくここまで距離を詰める事ができたと思う。
だが、言ってみればそこまでだ。
僕に対して心を開いてもらえても、このあと彼女をどうしたら成仏させてあげられるのかまったくわからない。
研修ではまだそこまで習っていないのだ。
僕は答えがでないのは重々承知で、それでもあれやこれやと考える。
考えながら放電し、手先をこねては桜の花を量産した。
すでに辺り一帯電気桜でいっぱいだ。
これ以上造る必要はないけれど、なんとなく手先を動かしていた方が頭が冴える気がしたからだ。
『わぁ、岡村さん、また桜を造っているの?キレイ……』
いつの間にそばにきたのか、田所さんのほころぶ声に僕は情けない笑顔を向けた。
「田所さん……僕はまだ霊媒師見習いでスキルもなくて、こんな事しかできなくてごめんなさい。でもね、僕はあなたが成仏できるように、もっと明るくて暖かい場所に行けるように、全力で頑張りますからね、」
僕は言いながら造りすぎた桜の中から、より上手くできた幾つかを彼女の髪に挿した。
「うん。すごくキレイだ。田所さんは桜の花がよく似合います」
『え、あ、ありがと……』
田所さんはそう小さく答えると、僕に背を向けて黙ってしまった。
やっぱり……こんな不出来な花じゃ嬉しくないかぁ。
形がなぁ、こうもっとうまくできればいいのになぁ。
僕も田所さんもなんとなく押し黙る沈黙の薄闇。
時間だけが流れていく中、いい加減何か話さなくては……と、焦り始めたその時、
「ああん、もう!若いっていいねぇ!清水君もさ、デートで車の話ばっかりしないで、女の子の髪に花を飾るくらいできれば振られる事はなかったのにねぇ!岡村君、今度清水君に教えてあげてよ!」
え……?
え…………?
このしわがれた声、この話し方、もしかして、もしかして……!
僕はコンマ1秒の素早さで、声のする後方を振り向いた。
するとそこには、
「岡村君、一人でよく頑張ったね」
そう言って笑うミニマムな老紳士、僕の先代がキュートにちょこんと立っていた。




