第二章 霊媒師面接
駅を背中に真っ直ぐ100m。
男の足で歩けば1分程度で到着できる好立地にその会社はあった。
レンガの外壁に蔦が絡まる三階建ての古いビルで、玄関口の横には『株式会社おくりび』の看板がある。
「ここみたいだな……」
僕はスマホに表示された地図と見比べ、目的地に間違いが無い事を確認した。
現時刻は9時50分。
約束の時間は10時だからちょうどいい頃合いだ。
僕は昨日、ハローワークで職員さんのふりをしていた『株式会社おくりび』の先代の社長の幽霊に霊媒師としてスカウトされた。
彼曰く、僕には気付いていないだけで高い霊力があるらしい。
以前の僕なら突然そんな事を言われても、その胡散臭さに関わらないようにしただろう。
だけど無職になった30すぎの就活がどんなに厳しいものなのか、身を持って思い知らされた僕は藁にもすがりたい心境で救いの手に見えたのだ。
だってそうだろう?
この半年で落ちた企業が2桁をこえる僕にとってはまさに神様仏様!(幽霊だから仏様に違いないし)状態で、気持ちが動かない訳ないじゃなか。
とはいえもちろん不安はある。
今まで幽霊なんて見た事もないし、金縛りさえかかった事のないこの僕に、霊媒師なんて勤まるのだろうか?悪霊や地縛霊を相手にして危険はないのだろうか?などなど。
それでも今日僕がここに来たのは、霊媒師という仕事への不安より、一人暮らし30才無職独身の預金残高の方が数倍も恐ろしかったからだ……。
◆
中に入ると外観とは打って変わって爽やかだった。
白い壁に光取りのすりガラスが等間隔ではめ込まれ、柔らかく差し込む光がなんとも明るく心地よい。
さり気なく花なんかも飾ってあって、どこをどう見たって普通の会社だ。
僕は人がいないのを良い事に、辺りをキョロキョロと見回しながら奥へと進み、丁字の突き当りで立ち止まった。
左を見れば給湯室、右を見れば閉ざされたドア。
ドアの横には壁掛けタイプのビジネスホンが付けてあり、すぐそばには“御用の方は内線ボタンを押してください”というゴシック体の張り紙が貼ってあった。
手続きにどこを訪ねたらいいかわからない僕は、とりあえず受話器をあげて内線ボタンをプッシュした。
プル、ガチャッ!
出た!早いっ!
1秒程の呼出音で瞬時に応答されて焦ったが、それでも僕は精一杯の余所行きの声を出し、
「お忙しいところを恐れ入ります。私、本日10時にお約束」
させて頂いた……と続けようとした僕を、聞き覚えのある弾んだ声が遮った。
『岡村英海君でしょ?よく来たね!待ってたよ!ドア開いてるから!入ってきて!』
「えっ、あ、はい!」
今の声は昨日の先代に間違いない。
まったくせっかちだ、話し終わる前に“入ってきて!”だもの。
って、あれ……?ちょっと待てよ?
なんでフルネームを知っているんだろう?
昨日は特に名乗らなかったと思うけど。
もしかしてハローワークで僕の書類を見たのかな?
それともこれが霊視というやつなのか……?
コンコン
「失礼します」
部屋に入ると先代の他にもう1人男性が立っていた。
ツルツルに剃り上げたスキンヘッドに、天井のLEDが見事なまでに反射している眼光鋭い男前だ。
そしてなによりデカい。
スーツの上からでもかなりの筋肉質だという事がわかる。
霊能力者というよりも格闘家のような印象だ。
今日の入社手続きに同席しているという事はこの人が現社長なのだろうか?
だとしたらずいぶんと若い社長だな。
たぶん僕とそう変わらない、いっても30代半ばくらいだろう。
「良く来てくれたねぇ!」
と、先代が満面の笑みで右手を差し出した。
僕は咄嗟に自分のスーツで手をゴシゴシを拭いてから握手に応じる。
ガシッ!
「いやあ!岡村君みたいな有能な人材が来てくれて本当に嬉しいよ!」
ギュウッ!
え?痛……。
仏のようなニコニコ顔とは裏腹に僕の手を強く握る先代。
お年寄りにしては力が強い……。
「こちらこそ、お声をかけて頂きありがとうございます」
無難な返事を返したけれど、僕の手は先代に握られてジンジンしている。
なにもこんなに強く握らなくてもいいだろうに。
でも、それだけ歓迎してくれているのかもしれないぞ。
このご時世にありがたい事じゃないか……って、なんだ?誰かが僕を見ているような……先代じゃない……もっと強烈な……強い視線を感じる……。
気になった僕がさり気なく後ろを見ると……いた、視線の主はスキンヘッドさんだ。
彼は僕と先代の握手のあたり一心不乱に食い入るように凝視している。
僕は少々居心地の悪さを感じ、その視線に耐えきれず失礼とは思いながらも先に手を離してしまった。
先代は特に気にする様子も無くこういった。
「じゃあ、そろそろ面談と入社手続きを始めようか。岡村君、こちら私が死んだ後に新しく社長に就任した清水君。年は34歳だから岡村君より少し上だね。元格闘家で高い身体能力と霊力を併せ持つ格闘系霊媒師だ。岡村君の教官になる予定だよ」
やっぱり格闘家だったのか。
あの身体は鍛えてなければああはならない。
僕は妙に納得しならよろしくお願いしますと頭を下げた。
「岡村君だったよね?こちらこそよろしく。先代から話は聞いてたけど君スゴイねぇ!」
先程の凝視から一転、満面の笑みだ。
「えっ?何がすごいのでしょうか……?」
「いや、握手だよ!さっき先代としてただろう?」
「はい、してましたけど、それがなにか……」
「昨日、先代が嬉しそうに話してくれたんだ。『私の姿が見えて、話せて、触れる男に会ったよ!』ってね。並みの霊力者では霊体に触る事はまずできない。なのにさっきの熱い握手は“触れる”程度のレベルじゃない、完全に物体として捉えてる。たいした霊力だ。なぁ、岡村君。君の目に先代はどう映っているの?半透明?それともはっきり見えてる?」
「えっと……半透明ではないですね。生きている人と変わりなく見えます。だから昨日もいきなり消えてしまうまで、ハローワークの職員さんとばかり思っていましたから」
「ああ、そう!そうなの!生きた人間と見分けがつかないくらいはっきり見えちゃうんだ!こりゃスゴイ!ちなみに俺は、はっきりとは見えるけど身体の輪郭に陽炎のような揺らめきがあるかないかで判別してる。揺らめいていれば霊体だ。おそらく岡村君は今までも霊体を見てきたのだろうが、人間だと思って気が付かなかったんだろうな!」
ツルツルスキンヘッドの格闘系霊媒師、清水社長が熱く語る中、先代が得意気に話に入ってきた。
「どう!清水君!すごいでしょ?すごい子見つけちゃったでしょ!」
「はい!予想以上です!もう俺、絶対岡村君を離しません!こんな子、余所に取られたら、とんでもない商売敵になりますよ!さあ、先代!彼に逃げられないように、さっさと入社手続きしちゃいましょう!」
逃げられないようにって……。
僕は思わず笑ってしまう。
「よし、わかった!岡村君、ここに座って!今から職務経歴を霊視させてもらうよ!」
先代はそう言って僕の背中をぐいぐい押して事務椅子に座らせた。
変なテンションの清水さんは、「よしきたっ」と叫んだと思ったら、グルングルン僕ごと椅子を回転させる。
なにがきたの?なんで?やめて?ちょっと酔いそう。
「じゃあ、始めるけど気楽にしてね。見るのは職務経歴だけでプライベートな事は覗かないから大丈夫だよ!」
「あーーーーはぃぃ、ょぉぉろしくお願いします……だぁぁぁけど、僕どうしたらぃぃぃのでしょうかぁぁ?」
楽しそうな清水さんの椅子回しに加速がついたせいだろうか?
心なしか僕の声にドップラーっぽい現象が出始めた。
「何もしなくて大丈夫。ただリラックスして座っているだけで良いから……って清水君!嬉しいのはわかるけど椅子回さないで!おとなしくしてて!」
先代の一喝でやっと止まった椅子の上、軽い吐き気を催しながら僕は大人しく座っていた。
すると先代がテレビで見た催眠術のように僕の額に手をかざしてきた。
なにやらブツブツと呟いているが内容までは聞き取れない。
やがてウンウンと頷きながらゆっくりと僕の職務経歴を語りはじめた。
「……大学卒業後…新卒で××通信社に入ったんだ……そこで3年間……営業職を……ああ大変だったねぇ。取引先の会社さんで……クレームかな?すごい怒鳴られてるじゃないか……ああ、でも……うまいね、すっかり丸く収めてさらなる契約を取っている……お、その後の5年間は同じ会社のお客様相談センターに配置換えか……まあ、あれだけ客あしらいがうまいなら適所だが……おぉ……!去年主任になったんだねぇ……おめでとう……あ、でも……あら……あららら……会社が不渡り出しちゃったのか……それで……××通信社……頑張ったけど……潰れちゃったんだねぇ……そうかそうか……」
えっ?えっ?えぇぇぇぇ!!
ちょっとそんな細かい所まで見えるんですか?!
恐るべし、先代の霊視力……!
さっきプライベートな事は見ないって言ってたけど、それ本当ですよね?
見てないですよね?
絶対見ないでくださいね!
枯れ木のような先代の手が、汗ばむ額からゆっくりと離れていった。
そして清水さんに向き直ると、
「聞いた?清水君」
「聞きましたよ、先代。お客様相談って要はクレーム処理班ですよねぇ?」
「そうだねぇ。ふふふふ……」
「そうですねぇ。ふふふふ……」
なんだろう、この二人の意味ありげな笑いは。
あっ、もしかして僕の職歴にがっかりして、笑うしかない状況なのだろうか。
確かに霊媒師とはまったく関係ない仕事だからなぁ。
ほんの少し霊能力があるからって(まだ僕に実感がないけど)、これじゃあ使えないって思われたのかもしれない……。
なんだかこの流れに既視感を感じるぞ。
内定かなぁって思わせておいての不採用通知ってパターンを、僕はいくつも知っている。
勝手な想像で落ち込んでいる僕の前に、バサバサっとたくさんの書類が積み上げられた。
ハッとして顔を上げると、頭にLEDを映り込ませた清水さんが破顔して立っていた。
「岡村君!これ入社手続きの書類!うちの会社、お客様情報の取り扱いがあるから誓約書も!あと年金とか保険の継続手続きは早い方がいいから来週頭には提出してね!」
「書類の提出って事は……僕はもしかして…」
「そう!今日から『株式会社おくりび』の社員!霊媒師見習いの研修生だ!おめでとう!そしてヨロシク!覚えてもらう事がいっぱいあるけど頑張ろうな!あ、岡村君の名刺発注しなくちゃ!」
「は、はい!ありがとうございます!頑張りますのでよろしくお願いします!」
僕は嬉しくてガバッと立ち上がると前屈の測定バリに頭をさげた。
ニヤニヤがとまらない。
ああ!やった!やったぞ!嬉しいぞ!
仕事が決まったんだ!
長くて辛かった無職生活が、今、終わったんだ!
先代は幽霊だし社長も格闘系スキンヘッドで、なんだか少し変わった会社だけど、拾ってくれた先代に感謝して霊媒師の仕事を一生懸命頑張っていこうと思う。
そりゃ少しは不安だけど、大丈夫、なんとかなるさ。
だってみんな言うだろ?
霊媒師、平たく言えば技術職。
って、言わないか。
ひゃっほう!