第四章 霊媒師OJT8
田所さんと僕を繋ぐ電流を切り離した。
繋いだままだと、さっきみたいな転倒事故に繋がるかもしれないからだ。
光源は四散した電気の欠片が、まだいくつか点在してるので問題は無いだろう。
田所さんはさっきより少し落ち着いてきたみたいだけど、まだ完全に話せる状態ではない。
焦らせてはいけない……今はただ待つことしかできない僕は、現場に来る前、放電の研修中に社長に言われた事を思い出していた。
“他にも応用できる事はたくさんあるぞ”
社長、とりあえず懐中電灯代わりにはなりましたよ、僕はひとり小さく笑う。
他にもか……あとは一体どんな事ができるだろうか?
◆
田所さんに背を向けて一心不乱に手先を動かしていた僕は、最初彼女に声を掛けてもらっていた事にまったく気が付かなかった。
何度目かの声に僕がやっと振り返ると、少し離れた場所でしょんぼりと肩を落とす田所さんが言った。
『あの……私、落ち着きましたから……いろいろ迷惑かけてしまってごめんなさい』
「あ、いや!僕の方こそ声を掛けてもらってたのに気付かなくってごめんなさい!」
『そういえば、さっきからなにをしているんですか……?』
「ああ、えっと、僕は高校生の頃だけですが美術部に入っていまして。あっ、だからといってそんなに手先が器用という訳じゃないのですが……」
『なんの話でしょうか……?』
「田所さんは今が何月かご存知ですか?」
『今?今は……8月、ですよね?』
「いいえ田所さん、今は3月です。まだ肌寒い日もあるけど外の桜はもう七分咲きで、もう春なんですよ」
『3月……?春……?桜……?』
「そう春です。田所さんは桜の花は好きですか?」
『……好きです。近所の商店街の道……そこが桜通りになっていて、昔はそこを娘と一緒に手をつないで歩いたんですよ。娘が私に“お花きれいだねぇ”って嬉しそうに言うんです……あの頃は楽しかったなあ……』
「そうですか……桜には楽しい思い出があるんですね、良かった。田所さん、そこで見ててもらえますか?娘さんと見た桜よりは劣ると思うけど、」
僕は大きく息を吸い、田所さんから少し離れた所に立つと湾曲した左右の手のひらを上に向け神経を集中させた。
緊張で手が汗ばんできたが、その水分が電気の力を増幅してくれる。
うまくいくだろうか?
期待を持たせておいて失敗したら……いや、その時はあやまってもう一度やり直そう。
僕はどうしても田所さんに見せたかった。
手のひらに集まった電流に、いつもより3割減の弱い電流を大量に流す。
さっき気が付いたんだ。
力を抑えてうまくすれば、赤色が薄まって、ちょうど桜のようなピンク色になる事を。
田所さんを待っている間、たくさんの電気の花を造っておいた。
あとはこれを、
田所さんの目の前に咲かせてみせる、
支えきれない電流に身体が、
手のひらが、
ガクガクと震えだす、
もう少し、
あと少し頑張って、
そしたら、
この薄闇に、
桜の花が_____
バチバチッ!!!
大音量の電気の弾け散る音がして、僕はそのまま後方に飛ばされた。
腰と背中の痛みに半泣きになりながらも、仰向けに倒れた視界に映る柔らかな眩しさに大きく息を吐いた。
「はは、ははは……咲いた……!」
眼前に広がる満開の桜の花に僕は跳ね起きて出来を確認する。
僕の桜に幹はないけど、闇に浮かぶ発光の花は遥か向こうまで咲き溢れていた。
放電したこの場所から360度、どこを見ても桜、桜、桜……ライトアップされた夜桜のような仕上がりだ。
造っておいた電気の桜は百輪弱、これを元に同じものを放電時に複製し宙に放す。
電気のコピー&ペーストだ。
イメージだけでうまいくか心配だったけどなんとかなった。
僕の直線距離での最大飛距離は約1m、でもこれなら桁違いに距離が伸びる。
社長や先代がが見たら褒めてくれるだろうか……?褒められたいな。
エイミーすごいじゃないか!この見事な満開の桜って……いや、桜は言いすぎか。
近づいてよく見ると花の形は不揃いだし、色が少し濃いかもしれない。
だけどまあ、目を細めればおおよそ桜と言えなくもないから総評60点と行ったところか。
質より量な感じは否めないが、田所さん喜んでくれるといいな……。
僕の数メートル先にいる田所さんは、右に左に忙しく顔を動かしていた。
時折“なんで?どうして?”の声が混じり、桜の花に触れようとしてるのか、細い腕を懸命にのばしている。
爪先立ちの彼女の指先がやっと一輪の花を捉えた。
途端、その花は蛍のように仄かに光る。
幽霊と電気の桜が接触すればそうなるのは当然だが、知らない彼女は一瞬驚いて手を引っ込めると、慌てて僕に振り返った。
僕は彼女に笑って見せる。
彼女は何か言いたげに数瞬僕を見つめたが、またすぐに前を向き、指先を桜につけては光らせて引っ込めて、それを何度も何度も繰り返していた。
良かった……田所さん、楽しそうだ。
どのくらいそうしていたのか。
僕は仰向けに寝転んで、はしゃぐ田所さんを眺めながら時折指先から放電し、桜の花が散らないようにメンテナンスを行っていた。
会社建物を守る蔦の結界。
あれを思い出した僕は一か所起点を決め、そこから電気を補充していた。
そんなに補充はいらなそうだけど念の為。
ぺたぺたと足音が耳元に聞こえた。
うっかりうたた寝をしていた僕は薄く目を開け飛び起きた。
田所さんがそばに来ていたからだ。
だってそうだろう?
田所さんはスカートだ、覗く訳にはいかない。
田所さんは子供のようにモジモジと指先をこねている。
そして小さいけれど弾む声でこう言った。
『岡村さん、桜……桜がきれいです……ありがとう、本当にありがとう』
「あ!そんな!桜というか桜モドキというか、よく見るといびつな花ばっかりだし!でも田所さんが少しでも喜んでくれたら僕もすごく嬉しいです!こちらこそありがとうございます!」
喜んでくれる女性を前に僕のこのテンパりようといったら……
仕方ないだろう?
あまり免疫がないんだから……でも嬉しい。
『岡村さんは、私を見ても“化け物”って言わないんですね』
「そりゃ、化け物じゃないですから」
ケガを負った女性に化け物なんて思わないよ。
『私を“田所”と名前で呼ぶわ』
「だって田所さんでしょう?」
さっきは図々しくも“貴子”なんて言っちゃったけど。
『それと私に桜を見せてくれた』
「だから、モドキですって」
あまり近くで観察しないで。
『岡村さん、さっき私の話が聞きたいって、すべてが知りたいって言ってましたよね?』
「はい……でも軽率な事を言いました」
あなたを傷つけてしまった。
『岡村さん、私が殺された時の話、聞いてくれますか?』
「え……でも辛いでしょう?無理しなくていいですよ」
本当に無理しないで、気を使わないで。
『確かに辛いです。でも、岡村さんには聞いて欲しい』
そう言い切ると田所さんは、細い肩を震わせて真っ直ぐに僕を見つめた。
固い決意が伝わってくる。
「座りましょうか」
僕らは満開の桜の下、向かい合って座った。
その時、風もないのに大きく桜が揺れた気がした。




