第二十八章 霊媒師 三年後ー49
赤や黄色のお花が風に揺れている。
岩場の裏側。
お花畑の真ん中で、ひみちゃんは照れた顔をして立っていた。
そこから目測1メートルには、立ち合いの四尾がちょこんとお座りだ。
『……あー、うん、なんだろ。自分が言い出したのにアレだけど、なんかこういうのって恥ずかしいなぁ。でも喋るけど、……えっと……コホン』
わざとらしい咳をした後、ひみちゃんはカメラもないのに真っすぐ前を向いたんだ。
いよいよ始まる、彼の最後の言葉だ……と、構えていたのに。
『んと……や、やあ! ひでみ、元気かい? ……じゃなくて、その前に言っておきたいコトがあったんだ。このタイミングじゃないと言えないヤツ。じゃあ言うよ、言っちゃうよ!
…………ひでみ、
キミがこの映像を視ているというトコは、僕はもうこの世にもあの世にもいなくなっているのだろうね。僕は自分の運命を知っていた。だからこうしてメッセージを残しているのだよ…………
って、うっはー言っちゃった! これ昔ひでみがテレビで視たヤツ! 僕も一緒に視てたんだ! 最後のメッセージでは絶対このネタ入れようと思ってたのよね! どう? カッコよかった? カッコよかった?』
ちょーーーー!
なにを言い出すのかと思ったら、昔視たテレビのネタかい!
確かに覚えがあるセリフだ。
てかこのセリフをガチで言う霊初めて視たよ。
あーもー、構えていたのに、しょっぱなからオフザケか。
まったくキミは子供だな。
嬉しそうに笑っちゃって、勘弁してよ。
”カッコよかった?” って、何度も何度も聞くけどさ、ぶっちゃけあんまり分かんない。
だって……おばかなコトをしてるのに、こんな時になにやってんだと思うのに、キミがはしゃげばはしゃぐほど、僕は涙が溢れてしまって視界がぼやけて視えないの。
ああ、僕はダメな34だ。
ひみちゃんのコト言えないよ。
涙を拭かなきゃ、ちゃんとぜんぶ視なくっちゃ。
彼の言葉を一字一句、すべてを覚えるくらいにね。
散々はしゃいだひみちゃんは、ふと、我に返ると恥ずかしそうに頭を掻いた。
『や、ちょっとフザケすぎたかな。でもまぁ、いいよね。だって ”おくりび” のみんなは、いつでもこんな感じじゃない。僕、中でいっつも視てたから知ってるんだ。楽しくて優しくて頼れる仲間。僕がいなくなったって、ひでみにはみんながついてる、なにも心配してないよ』
心配……してくれたら良かった。
そしたらさ、僕を残して消えようなんて思わなかっただろう?
『えっと……なにから話そう。ひでみに話したいコトはいっぱいあるんだ。まずはそうだなぁ、やっぱりアレだな。この数か月、霊力を奪って体調不良にさせてしまってゴメンナサイ! って、この話はさっきもしたけど、でもね、もう1回あやまっとく。……身体、キツかったよね。精神的にも辛かったよね。本当にごめんね』
ううん、ううん、良いんだよ。
言ったじゃないか、今となっては怒ってないって。
ひみちゃんには理由があった、それにもう終わった事だ。
『僕、ひでみに会えて良かったよ。……知ってた? 僕はキミが、母さんのおなかの中にいた頃から一緒にいたんだ。岡村家の待望の一人息子。キミが生まれた日、父さんも母さんも泣きながら喜んでた。キミは深く愛されて、とっても大事にされていた。裕福ではないけれど、オウチはいつでも愛に溢れて温かかくって……それはもう、視ている僕まで幸せになるくらい。ホントにさ、あんな気持ちは初めてだった。言ってなかったけど……僕はね、過去数百年の間、”理解を担う者”として何人かの ”希少の子” についた事があるんだよ』
え……?
そうなの?
キミは僕だけじゃなかったの?
それに数百年って……途方もない年月だ。
そんなに前からサポートしてたの?
その頃もキミはそんなだったの?
僕の頭は疑問符に埋め尽くされて、まるでそれを察したみたいにひみちゃんは話を続けた。
『その頃は、僕もこんなじゃなくってさ、もっとこう淡々と仕事をしてた。もちろん、”希少の子” の霊力を奪う事もなく、”希少の子” に会いたいからと外に出たりもしなかった、……もっと言えば、”希少の子” のフリをして、まわりの生者に接触だってしなかったし、ましてや、守るべき ”希少の子” とガチなバトルもしなかった。もっと行儀が良かったの』
そ、そうなんだ。
僕の時だけフィーバーしちゃって、それまでは淡々と仕事して……って、ソッチの方が信じられない。
僕が持つひみちゃんのイメージは、視た目は大人で中身はコドモ。
わがままで泣き虫な淋しがり屋だ。
ひみちゃんは、タオルを握りしめていた。
ズズッと鼻を短く鳴らして、真っ赤な目をして上を向く。
今にも泣きそうだ……が、彼は気合いで口を噛み、ニッと笑って前を視た。
『こう言ったらアレだけど、昔ついた ”希少の子達” は揃いも揃って優秀だったの。幼い頃から自分の霊力に気がついて、手探りながらも霊力を使い、早い子なら10才にもならないうちに悪霊くらいは滅してた。彼らは成長するにつれ、”自分の霊力は特別” なんだと自覚して、それを人に役立てようと貪欲に努力をしたんだ。僕はそんな彼らが誇らしかった。だから僕も全力でサポートしてた』
そう……なんだ。
僕とぜんぜん違うよ、……僕は、先代に出会うまで自分に霊力がある事さえも気づかなかった。
同じ ”希少の子” なのに僕はめちゃくちゃ劣等生だ。
ひみちゃん、本当は呆れてるんじゃないのかな……と、嫌な汗を掻いてると、
『ホントに、キミとはエライ違いだよ。ぷぷぷーっ!』
目を糸にして吹き出したんだ。
うぅ、ですよね、やっぱりね、だと思った。
なんかゴメン、とりあえずゴメン。
『僕ね、最初はこう思ってたんだ。キミもきっと、今までの ”希少の子達” とおんなじように、幼くたってすぐに霊力を自覚する、すぐに霊力を発動させるだろうって。だから僕は気合いを入れて、キミの目覚めを今か今かと待ち構えてた。でも……ぷぷっ! いつまでたってもその気配がないんだよ。ひでみは普通の子供みたいに毎日平和にすごしてた。いっぱい遊んでいっぱい眠って、ゴハンを食べてオヤツも食べてニコニコ笑って……それから、その頃飼ってた猫のおはぎに毛繕いをしてもらってた』
あぅぅ、霊能の ”れの字” もない幼少期。
”希少の霊力” と ”サポート” の持ち腐れだわ。
『あははは、思い出すと笑っちゃう。幼い頃のひでみはね、それはそれは可愛かったんだ。素直で優しくて、ちょっぴり気弱な男の子。キミはオモチャもお菓子もなんでもかんでも、オトモダチにせがまれると惜しげもなくあげちゃうし、ブランコの順番だって譲っちゃう。誰かにイジワルされたって、仕返しのひとつもしない。とにかく驚いた。今までの ”希少の子達” とまるでタイプが違うから、この子、こんな調子で大丈夫か? って、ガチで心配したんだよ。そのせいだろうなぁ……あまりにひでみが心配で、とにかく毎日キミばっかり視てたんだ。あの頃はサポートの必要もなかったのにね』
そうだ……僕はいわゆる劣等生で、ましてや当時は幼子だから、霊力の事などなんにも知らずに過ごしてたんだ。
『ああ……懐かしいなぁ。あの頃僕は、キミをずっと視てたんだ。キミの中で目が覚めてから、また新しい ”希少の子” のサポートだと気合いを入れて……でも、どんなに気合いを入れてもさ、やっぱり淋しいんだよね。中はガランと真っ暗闇で、そこでの孤独は数度目なのにちっとも慣れない。サポートをしようにも、ひでみは霊力に気づいてないし……って、まぁ、それならそれで、僕の方から気づくように仕向ける事も出来たんだけど、なんでかなぁ……そんな気になれなかったの。それよりも視ていたかった。”希少の子” のひでみじゃなくて、”普通の子供” のひでみをね』
ひみちゃんはそこまで言うと、少し黙って上を向く。
上げた顔の口元は、薄っすら優しく笑ってる。
『視ていてちっとも飽きなかった。持ってる霊力はえげつないのに、それを知らずに呑気に笑って寝て起きての繰り返し。僕は仕事もそっちのけでさ、昼間はキミを存分眺めて、夜にキミが眠った後は、淋しくなってメソメソしてた。我ながら意味不明だったよ。仕事もしないでなにやってんだと思ってたけど、その頃にはもう、キミの事が好きになっていたんだろう。出来る事なら話してみたい、友達になれたらなぁって思ってた、…………だから、キミが風邪をひいてしまったあの日は、僕にとって特別な日になったんだ。思いがけずにキミが中に現れて、僕と友達になってくれたんだから』
ううん、僕の方こそありがとうだ。
ああ……だけど、だったらもっと、これからだって一緒にいれたら良かったよ。
どうしたって、そう思ってしまう。
『ひでみ……僕と友達になってくれてありがとう、そしてごめんなさい。大好きなのに、たくさん迷惑かけちゃった。僕ね、サポートとして未熟だったと思うんだ。本当はもっともっと、キミにしてあげられる事があったはずだ。なのに僕は、自分の気持ちを優先してしまった。大好きな分、僕を忘れたキミの事が憎たらしくて、あんな事をしちゃったの。ひでみなんかダイキライ、うんと困らせてやれ、イジワルしてやれって、でも____』
途中までは身振り手振りのオーバーアクション……だったのに、最後はピタリと動きを止めてその目を閉じた。
どうしたのかな……あ、もしかして泣きそうなのかな、ひみちゃんは泣き虫だから心配だよ。
そんな事を考えながら、僕は過去の彼を視守っていた……が、少しして、ひみちゃんは瞼を開けた。
目は赤いけど泣いてない、優しい笑顔でこちらを視てる。
『____でも、キミから奪った霊力を使って外に出て、キミと会って、……特にフィールドでは、誰にもジャマをされないで2人だけで話が出来た。最初は喧嘩腰だったよね。お互い腹が立っていたからバトルもしたし、それにキミにはビンタもされた。そうやってぶつかって、言いたい事を言い合って、僕の事情や気持ちもぜんぶぶちまけた。……正直、本当は分かってる。僕のした事はサポート失格、人としてもダメダメだ。それでもキミは、なのにひでみは、結局僕を許してしまった。酷い目にあったのに、僕の気持ちを汲んだんだ。…………ひでみは昔と変わってない。まったく損な性格だ、……幼い頃からそうだったよね。誰かにイジワルされてもさ、仕返しのひとつもしないで許してしまうの、』
視界が歪む、ひみちゃんが陽炎みたいに揺れている。
僕の目には命の有無は関係なしに、みんな生者に視えるのに。
それでも揺らいで視えるのは、涙が溢れてどうにもならないからなんだ。
どうして僕は、キミを忘れていたんだろう。
聞けば聞くほど、キミには僕しかいなかった。
忘れてなければもっと一緒にいれたのに。
『なんかいっぱい喋っちゃったな。まぁ、本当はもっと話したいけど、あんまり長くなっちゃうと向こうで待ってるひでみが心配するからさ。そろそろ終わりにするよ。あ、そうだ! ”おくりび” のみんなにも ”ごめんなさいとありがとう” を伝えておいて。大好きなみんなに会えて良かったって。それとね、僕、ひでみがみんなから ”エイミー” って呼ばれてるのがすっごく羨ましかった。でも……よくよく考えたら、みんな僕の事を ”ペルソナ” って呼んでたよね。最初の何回かは誰のコトを言ってんだろ……? って思ったけど、途中から、僕のコトかーい! って気づいてさ。アレ、けっこう嬉しかった。僕だけのあだ名、”ペルソナ” なんて最高にクールだよ! それも ”ありがとう” って伝えておいて、』
うん……うん、伝える。
必ずみんなに伝えるよ、約束だ。
『ひでみ、大好きなひでみ。……これを視てると言う事は、僕はもう消えてるはずだ。……ひでみ、悲しい? 泣いちゃう? ひでみが悲しいと僕も悲しい。でも、本音を言えば悲しんでほしいなぁ。僕がいなくて淋しいって思ってくれたら嬉しいよ。ああ、でも、いつまでも悲しんでるのは良くないな。3日間だけ悲しんで、そのあとは元気になって。それで、幼い頃のキミみたいにさ、よく食べてよく眠って、ゴハンもおやつもいっぱ食べて、元気に笑って生きてほしい。……キミの霊力は特別だ。生者も死者も、その両方を救う事が出来る。だからこれからも霊媒師を続けて、”希少の霊力” を誰かの為に役立てて、』
ひみちゃんは、ずっとタオルを握りしめてそう言った。
それがキミの願いなら、僕は死ぬ気で頑張るよ……と、思っていたのに。
彼はふと、ふにゃっと笑ってこうも言った。
『……なーんて。どお? 最後は僕もサポートっぽい事言っただろ? あはは、少しは仕事しないとね。ひでみ、これから先、大変だろうと思うけど頑張ってね。キミなら出来るよ、なんてったって ”希少の子” だもん。立派な霊媒師になれるから……って……ん……そうだ……キミならなれる、……なれるんだけど……でも、これはあくまでサポートとしての送る言葉だ。本当はここでしめるべきだと思うけど……いいや、言っちゃえ。ここからはトモダチとしての言葉だからよく聞いて』
友達として……?
今のと違うの?
ほかになにを伝えたいの……?
聞くよ、ぜんぶ聞く。
『……ひでみ、やっぱり無理しなくていいよ。キミはキミの幸せを最優先で考えな。生きたいように生きるんだ。僕はここでサヨナラだけど、キミの幸せを心から祈ってる。キミに会えて良かった。キミとの時間は短いものではあったけど、キミのおかげで僕の中にはたくさんの感情がうまれたんだ。大好き、ダイキライ、淋しい、嬉しい、それとたくさんのありがとうも。………………ひでみ、僕の初めてのオトモダチ。大好き、心からありがとう。一緒に食べたお弁当、すごく美味しかったよ。…………いつか必ず、もう一度キミに会いに行く、約束する。その時こそ、ずっと一緒にいよう』
霊視の最後は、ひみちゃんの笑顔ばっかり目についた。
『もう行くよ、』
そう言って、視えないはずの僕を視て、両手を広げて笑うんだ。
この後すぐに彼は消されてしまうのに、その事だって予感してるはずなのに、それでも顔は穏やかだった。
僕は……変えられない過去の世界に無駄と知りつつ手を伸ばし、ひみちゃんに触れたいと切願した。
でも駄目だった。
彼の指に手は届くけど、そのまますり抜け手ごたえを感じない。
”希少の霊力” が聞いて呆れる。
生者も死者にも触る事が出来るのに、終わった過去には触れられない。
その瞬間、鼻の奥がズキンと痛み、涙がボタボタ落ちたんだ。
切なくて淋しくて、気持ちを思うと泣けてきて、これから僕はどうしていいか見当がつかなくて、……と、その時だった。
視界の先では僕の代わり、広げた両手に過去の大福が飛び込んだ。
四肢をぱぁっと大の字に、爪を立て、蝉の子みたいにしがみつく。
ひみちゃんは驚いていた。
でもすぐに笑うと、背中を丸めて広げた両手をクロスに重ね、白くてふわふわ、お姫をギュッと抱きしめたんだ。
『……大福……大福、ありがとう。僕はキミも大好きだ。優しくて可愛いしっかりネコ。ひでみの事をよろしくね、ずっと一緒にいてあげて』
囁くように耳元で、ひみちゃんは何度も何度も同じ事を言っていた。
それに対して大福は、ちっちゃな頭を擦りつけ、頬を舐め、親愛の頭突きもしてさ、ひみちゃんと最後の別れを惜しんでた。
そしてしばらく抱き合った後、大福はひみちゃんにこう言ったんだ。
『……うな、うなななな、うななななな、うな』
それはいつもの猫語だった。
可愛い声で、どこにでもいる普通の猫とおんなじように、”うなうな” と鳴いた。
途端、ひみちゃんは声を上げて泣き出した。
お姫の頭に口づけながら、”僕にも猫語で話してくれた” と、声と背中を震わせている。
大福はそんな彼の頬を、鼻を、顎を甘噛んだ。
ひみちゃんはますます泣いて、そうしていると、噛んだところがぼわぁと優しく光り出す。
それは朝の光によく似てた。
金色に眩くて、視ているだけで気持ちが温められていく。
猫はゆっくり瞬いて、彼もそれに応えるように瞬いた。
そして、
『行こうか、』
姫を胸に抱きながら、たったの一言、ひみちゃんがそう言った。
抱かれた猫は降りようともせず、やはり一言『うな、』と鳴いて頷くと、ひみちゃんは大きな一歩を踏み出した。
そう、ヒトリとイチニャン。
過去の僕が待ってる場所へと戻るために。




