第二十八章 霊媒師 三年後ー48
「ひみちゃんの……最後の言葉?」
僕が言うと猫又は、コクンと頭を縦に振る。
その顔は至って真面目で、そしてどこか悲し気だ。
僕はむくりと半身起こして姫の頭を一撫ぜ、二撫ぜ。
ベッドの上で正座をしながら聞いてみたんだ。
「彼は……ひみちゃんは、僕にメッセージを残しているの?」
すると姫は再び頭を縦に振り、
『うな、』
と一言短く言った。
それを聞いて、僕の胸は急にドキドキし始めた。
ひみちゃんからメッセージがある、僕に残した最後の言葉……それはどんな言葉だろう。
気になって気になって、気持ちが急いて、そんなものがあると分かってすっごく嬉しくなったんだ、…………それと同時。
それを聞いてしまったら、この世にもあの世にも……ひみちゃんはもう、どこにも存在しないのだと突きつけられる気がしてさ、それが少し怖かった。
「はは……参ったな。……そんなもの、いつの間に用意したんだ。本当にひみちゃんって子供だよね。きっとさ、僕を驚かそうとたくらんだんだ、……ま、まったくさ、もうさ、……さ、さいしょからさ、……さ、さいごまで、ふりまわしてさ、」
ひみちゃんに文句をブーブー言ってやろうと思ったのに、これ以上言葉が出てきてくれないの。
言えば言うほど彼の顔が浮かんでくる、怒った顔、笑った顔、泣いた顔、……最後に視た嬉しそうな顔。
思い出せば泣けてくる、言葉は嗚咽に飲まれてしまう。
『……うな』
泣いてる僕に姫が静かに寄り添った。
僕の頬をザリザリ舐めて、慰めようとしてるんだ。
「ごめん、ありがとね。僕は泣いてばかりだな。ひみちゃんの事言えないや」
泣き虫ひみちゃん、メッセージでも泣いてたりして……って、有り得るな、容易に想像出来ちゃうよ…………
…………彼は、一体どんな気持ちでメッセージを残したんだろう。
もしかしたら、消されてしまう事を予感してたのかな。
だから事前にそんなものを用意したのかな。
……だとしたら。
僕はそれを聞かなければならない。
悲しかろうがなんだろうが、それでもだ。
僕は涙を手で擦り、お姫のお顔を両手で包んでこう聞いたんだ。
「……大福。僕、ひみちゃんのメッセージを聞くよ。さっき姫は、”今日の昼間” を霊視しろと言ったよね。もう少し絞れる? どのあたりのひみちゃんを視ればいいのか教えて、」
と。
~~~~ひみちゃんの最後のメッセージ~~~~
印を結んで宇宙に行って、そこからダイブで着いた過去。
それは、ひみちゃんが消されてしまう少し前だった。
フィールドの広い大地で、僕とひみちゃんがお喋りをしているところだ。
「あはは、そりゃあ良かった。ま、楽しいのは僕もおんなじ。ひみちゃん……今までごめんね、淋しかったよね。だけどもう大丈夫、これからはずっと一緒だ。キミが外に出られるように定期的に僕の霊力を分けてあげるし。ん? 心配しないで平気だよ。だって増幅の印を結べば良いんでしょう?」
そうだ……この時の僕は、まさかこの後ひみちゃんが消されるなんて思ってもみなかったんだ。
そして当のひみちゃんは、
『えへへ、泣いたら喉が渇いたよ。ちょっとソコまでお水を飲みに行ってくる。そうだ大福、僕に付き合ってよ』
タオルで涙を拭いた後、こう言って姫を担いでお水を飲みに行ったんだっけ。
ここまでは僕も知ってる、知らないのはこの後だ。
僕は過去のフィールドで、ヒトリとイチニャンの背中を追った。
テクテクテクテク
ぽてぽてぽてぽて
少し歩いて着いたのは、赤や黄色のお花が綺麗な岩場の裏側。
僕はキョロキョロ辺りを視たけど水なんてどこにもない、川も湖も、なんにもだ。
『着いたー! ねっ、ねっ! ここキレイだろう!』
ひみちゃんははしゃいだようにそう言うと、姫に抱き着き頬ずりをした。
『うな、確かにここは綺麗だけれど、水なんてどこにもないじゃない。あれば私も飲みたかったのに』
姫は人語でブーブーと文句を言うも、ひみちゃんを引き剥がそうとはしなかった。
僕はこのあと、彼らの会話をただただ黙って聞いたんだ。
言葉はポンポン、ラリーとなって続いてく。
『あ、ごめん。ホントのコト言うとね、喉が渇いたってのはウソなんだ。実はね、大福にお願いしたい事があってさ』
『願い事? はて、私に何を願うと言うのだ』
『うんとね、僕、ひでみにメッセージを残したいの』
『メッセージ?』
『そう、生者がよくやるでしょ? メッセージ動画ってやつ。僕はカメラもスマホもないから、ここでそのまま喋るだけだけど、その事を後でひでみに伝えてほしいの。ん? 大丈夫だよ。動画の撮影出来ないけどさ、未来のひでみが過去を霊視すれば良いんだもん。ねぇ、僕って賢くない?』
『ふむ……まぁ、伝える事は引き受けてもいいが、そんなもん、直接英海に話したら良いだろうに。二度手間な』
『…………うん、そうなんだけどね。そう出来たら一番良いんだけど……たぶんムリ! あはは、出来ないから頼んでるんじゃーん!』
『なぜだ、これからはずっと一緒にいるのだろう? 私と英海、それからおまえも一緒に、生きてる間もその後も共に過ごすのではないのか?』
『わー! それが出来たら最高だね! そうしたい! ずーっとみんなで一緒でさ、毎日笑って過ごすんだ! 素敵だな、幸せだろうな……僕も、本当はそうしたいよ、でもね……ん……いつか近いうち……なんて言うか僕、消されちゃうと思うんだ。だからひでみにメッセージを残したいの』
ああ……やっぱりか。
ひみちゃんは、自分が消されてしまうって分かってたんだ。
だから言葉を残そうと、僕には黙って姫とここに来たんだな。
メッセージと聞いた時、薄っすら予感はよぎったけどさ、でも……だったら言ってほしかった。
たったの一言 ”助けてよ” って。
そしたら僕は守れたのに、知っていれば消させなかった、……なんで言わなかったんだ。
変えられない過去の世界。
どうにもならない悔しい思いが腹に重く溜まってく、ズキズキと鈍い痛みが走り出す。
……と、ここで一旦ラリーが止まった。
____消されちゃうと思うんだ、
ひみちゃんが言った言葉に猫がフリーズしたからだ。
大福は金目を細めて探るように彼を視た。
そしてしばしの沈黙の後、こう言ったんだ。
『おまえが消される……? 誰に?』
それに対してひみちゃんは、
『エライヒト』
短く言ったがちっとも答えになってない。
姫は四尾を左右に振りつつ、しらばっくれたひみちゃんの、顔にズィッと近づいた……直後、
『おまえは確か、本職は ”理解を担う者” だったわね……だけど、その解答はうつけそのもの、理解が聞いて呆れるわ。なぜそう答えるの、それは言いたくないから? それとも言えないの?』
まるで内緒の話みたいに囁くようにそう聞いた。
ひみちゃんはほんの一瞬驚いたけど、すぐに姫を抱きしめて、
『どちらかと言うと後の方かなぁ、』
それだけ言って、あとは口をつぐんでしまった。
ひみちゃんは猫の霊体に顔をうずめて目を閉じる。
大福はそれを横目でジッと視ながら静かに静かに聞いたんだ。
『やっと英海と会えたのに、おまえはそれで良いのか? いや愚問だな、良いはずがないだろうに。事情があって詳しい話が出来ないのなら、今はそれでも構わない……が、おまえには助けが必要だ。私と英海でおまえを助ける。だから、話せる事だけぜんぶ聞かせて』
ああ、やっぱり僕の大福だ。
ひみちゃんを助けようと考えて、……ああ、ああ、でも。
『大福…………うわ……どうしよう……僕、こんな時だというのに嬉しくてたまらないよ。ありがとう、……ありがとね。その気持ちだけで十分救われる。……でもね、こうなる事は最初から覚悟の上だった。”希少の子” の霊力を奪って外に出るなどサポート失格、重罪だもん。それは分かってた。それでも外に出たかった。ひでみに会いたい、みんなに会いたい、大福にも会いたい、どうしても……! って、その気持ちが勝っちゃったんだよ』
『………………』
『後悔してない、本当だよ。だから……ねっ! そんな顔しないで笑って、喉ゴロゴロ鳴らして。…………さぁ、もたもたしてるとメッセージを残す前に消されちゃうよ。大福も聞いてて。今から僕、話をするから』
覚悟を決めたひみちゃんは……それはもう、清々しい程の笑顔を視せたんだ。




