第四章 霊媒師OJT7
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永遠とも思える気まずい沈黙。
すぐ目の前の潰れた顔から表情は読み取れないけど、強い困惑の感情と自分に向けられた強烈な嫌悪感、まるで汚い物でも見るような軽蔑の眼差しは痛いほど感じる。
彼女はきっと、
__こんな場所でこんな時に自分の状況も考えず相手の気持ちも考えず初対面の女性相手にしかも図々しくも名前呼びでましてやその女性が幽霊であるにも関わらず本能の赴くまま下品な発言を平気で言ってのける恥知らずで頭の悪い変質者__
少なくともこのくらいの事は思っているんだろうな……
その証拠に首に絡む氷の指は解かれないまでも緩みが生じた。
“何もわかっていない”僕を制裁したい気持ちと“恥知らずな変質者”である僕に触りたくないという気持ちが田所さんの中で激しく葛藤しているのだろう。
だとしたらもう一押しか。
誤解は後で解くとして、僕は引きつる表情筋を強引に引っ張り上げた。
そして軽く咳払いをし、ここ一番の情熱的な笑みで彼女を見つめると、
「かわいいな、貴子……」
『いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
社長の受け売りなので当然この後は“じゃあ、行こうか”と続くはずだったが、耳を劈く(つんざく)甲高い悲鳴が僕にそれ以上の発言を許さなかった。
『なんなんですか!あなたさっきから本当に気持ち悪いっ!』
そう吐き捨てた田所さんは完全に僕の首から手を離し距離をとって警戒してる。
あの虫ケラをみるような彼女の目といったら。
よし成功、計画通り。
ああ、だけど、ちょっと悲しい。
「あの、田所さん。気持ち悪い思いさせてしまってごめんなさい。でもこれには訳があって、」
手を伸ばし田所さんに近づく僕。
『ちょっと、来ないでください……!』
ジリジリと後ずさる田所さん。
「待ってください、さっきの下品な発言は嘘です。あんな事思っていませんし、あなたに危害は加えません、」
『やだ!気持ち悪い!来ないで!』
「ああ、どうしよう。なんて言ったら解ってくれるんだ。誤解なんです、あなたが僕の首を絞めるから、それでつい」
『ひっ……!首を絞められて興奮したとでも言いたいの?嫌っ!嫌っ!嫌っ!変態!最低っ!気持ち悪いっ!』
「ち、違いますっ!!」
だめだ、喋れば喋るほど誤解が深まる。
『とにかく!もう私に話しかけないで!』
「えっ!ちょっと待って!本当に!話を聞いて!」
『しつこいです!来ないで!』
そう一瞥し踵を返す田所さんの肩を掴む僕。
短い悲鳴を上げた彼女は振り向きざまに僕の左頬を打った。
女性の力とは思えない重い張り手に僕は思わず尻もちをつく。
同時に僕の上に田所さんが降ってきた。
まるで僕が押し倒されたような格好に気まずい沈黙。
え?なんで?って……ああ、これか。
僕から発せられた電流はまだ田所さんの左胸に赤いバラを咲かせている。
繋がれたままの僕らのうち片方が倒れれば、もう片方も引っ張られるように巻き添えを食らう、ただそれだけの事だった。
一方そこに気付いていない田所さんは、僕を組み敷いたまま、違うの!違うの!と狼狽えている。
「わかってます、大丈夫ですよ」
僕は言いながら半身を起こし、田所さんの両腕を掴み僕の隣に座らせた。
羽のような軽さに切なさがこみ上げる。
「あやまらないでください、僕が悪かったんです。わかったような事を言ってあなたを怒らせてしまった。あなたに首を絞められた時、正直言って怖くてたまりませんでした。殺されたくない、生きたいって必死で、でも力でまったく敵わなくて……それで、あんなセクハラまがいな事を言ったんです。突拍子もない事を言えば、びっくりして力を抜いてくれるかなーなんて……」
『…………』
「でも……初対面の男にあんな事言われて気持ち悪かったですよね。本当にごめんなさい」
『ううん……私こそ……ごめんなさい……私あなを殺すつもりはなかったの……でも……そんな事あなたには伝わらないのに……殺されるって思いましたよね……私……バカだぁ……殺される怖さとか、苦しさとか、悔しさとか……私が一番よく知っているのに……それなのにこんな事して……私これじゃあアイツと一緒だ……』
そう言って泣きだす田所さんに僕はなんて声を掛ければいいのかわからなかった。
彼女の言う“アイツ”とは加害者である旦那さんの事で間違いないだろう。
憎むべき加害者と同列だと自分を責める彼女に対し、うまい言葉が見つからない僕はせめてもと放つ電流の力を弱め光を抑えた。
これで泣いている顔は見えません。
だから気が済むまで泣いてください。
大丈夫。
僕はあなたが泣き止むまでいつまでも待ちますから。
しんと静まった薄闇に田所さんのすすり泣く声だけが響く。
彼女の横で膝を抱えて座る僕の視界の端っこに、一瞬何かが光った気がした。
反射的に振り向くも、そこにあるのは限りの見えない闇ばかり。
幻覚……か?
ああ、そうか。
いろんな事がありすぎて、きっと疲れてるのかもしれない……




