二十六章 霊媒師 誠と真-26
睨まれた田所は、腫れた顔を歪ませて、
『……そ……その……下衆に、……貴子は……出会っちまったんだ……』
かすかに口角を上げた。
まさか……笑ったのか?
今の、笑う所か……?
なにを思うか田所は、さらに顔を歪ませて切れ切れに声を発した。
『……俺が……憎いか? ……そんなに……貴子と……ユリが大事か? ……へ……へへ……貴子はな……まだ、ワカル……でもよユリは、アンタの大事なユリちゃんは……俺の……娘だ、半分は……俺の血が……流れてるんだ、……大事な貴子を殺した……憎い男の血がよ……それでもユリを愛せるか? ユリの口元……俺にそっくりだ、それだけ……じゃねぇ……ユリはやっぱり俺の娘だ、ユリの中には……俺に似た暴力性が……隠れてる、へへ……へへへへ……旦那はソレを知らねぇようだが……アンタは薄々……知ってんじゃねぇのか? 』
なに言ってんだ!!
あの優しいユリにそんなモンある訳ねぇだろッ!!
苦し紛れにパチこいてんじゃねぇよッ!!
もう我慢がならねぇ!
真さんには悪いがよ、俺もこの手でぶん殴らねぇと気が収まらねぇ!!
俺はマグマを飛び越えて一発かます気満々だった、……が、真さんの様子がおかしい。
真っ先にぶん殴って然りな状況、なのに黙ってなんにも言わねぇ。
なんだよ……なにか心当りがあるって言うのか……?
田所をジッと視ている真さんは、なんとも言えねぇ表情だった。
その時、俺は不意に思い出したんだ。
……
…………
ユリがいなくなった時。
俺の霊視を遮断する為、ユリはウォールの印を結んだ。
田所の話を俺に聞かせたくない、その一心でだ。
『……ダンマリか……その様子じゃ……へへ……アンタも知ってんだな? ……11年間……ユリと暮らしたと……言ってたもんなぁ、嫌でも気づくか、』
切れ切れに話す田所。
霊体は相当弱っているはずなのに、コイツ……また笑ってやがる。
口角が上を向く、今度は露骨に上がってるんだ。
本当によ、どうしようもねぇクズだな。
だが、今の俺は、田所のクズっぷりよりユリの話が気になっていた。
ユリの中の ”暴力性” とか言ったな、それはどういう事なんだ?
俺の知らねぇユリがいるって事なのか?
真さんは太く長く息を吐き、マグマを隔てた俺を視た。
その目はやけに澄んでいるが、悲しみの色がハッキリと浮かんでる。
俺達はそうしてしばらく目を合わせ、どちらかともなく頷き合った。
それからすぐに、鉛を腹から吐き出すように、真さんは慎重に言葉を選ぶと、こう、話してくれたんだ。
『……ああ、知ってる。……ただアレは、ユリの中の ”暴力性” とは少し違う。ユリの中の ”深い傷” だ、…………傷はいまだ治っちゃいねぇ。昔よりはマシになったがな』
____最初におかしいと思ったのは、ユリと暮らして一週間目の夜だった。
東京から田舎に越して、俺と婆さんとの3人暮らし。
お互いにどうしていいか分からなくてよ、ぎこちなく過ごしていたんだ。
ユリの部屋は貴子の部屋をそのまま使わせた。
貴子が使っていたベッド、タンス、鏡台、……それから、貴子が着ていた制服も貴子のアルバムも、ぜんぶ当時のままでよ。
それを他の誰でもねぇ、ユリが使ってくれるなら、俺らはもちろん貴子もきっと喜ぶと思ってな。
ユリは1日の大半を部屋で過ごしていた。
学校へはすぐに通える状態じゃなく、お医者とよくよく相談してよ、しばらくは家にいさせる事にしたんだ。
あの頃、メシはみんなで貴子の部屋で食っていた。
俺は朝晩、婆さんは朝昼晩。
ユリは食が細くてな、半分も食ったら良い方だ。
でもよ、それをユリが気にしちまって、”のこしてごめんなさい” って……声が出ねぇから、一生懸命チラシの裏に字を書いて俺らに見せたんだ。
まったくなぁ……ユリが1番辛えのによぉ……子供なのに気ぃ遣って、俺も婆さんも涙を堪えるのに必死だったのを覚えてる。
ユリは優しい子だ。
貴子にそっくりだ。
ユリと暮らせば貴子の幼い頃を思い出す。
懐かしくて愛しい日々、もう二度と戻らねぇ日々。
夜寝る時も3人一緒だった。
さすがによ、貴子の部屋じゃあ狭ぇから、広い和室に布団を三枚並べて敷いて眠るんだ。
ユリは寝つきが悪ぃから、いつまでたってもモゾモゾしてた。
おまけにな、部屋の電気を全部消すと怖くなって眠れねぇ。
ああ、そうだ。
あの頃からすでにそうだった。
暗くすると泣くんだよ。
声は出ねぇが過呼吸みてぇになっちまって、だからいつも小せぇ電気をつけていた。
一週間目の晩、俺は婆さんに叩き起こされたんだ。
”ユリがいない!”、そう言って血相変えてボロボロ泣いて、そのまま外に飛び出しそうな勢いで、婆さんは取り乱してた。
俺はそれを止め、まずは家ん中を探したんだ。
越してきて一週間、道だって分かってねぇ。
分かった所で暗闇を怖がるユリが、ド田舎のあぜ道にワザワザ出るとは考えにくい。
そうなるとトイレか、それでなけりゃあ____
____ユリは貴子の部屋にいた。
ドアを開けると豆電球の薄暗い中、ベッドの上で背中を丸めて座ってた。
”ユリちゃん!”、婆さんが大声でそう呼ぶも、ユリは振り向かねぇ。
様子がおかしい……ユリはよ、ワザと俺らを無視するような根性曲がりじゃねぇんだよ。
そもそも……こんな夜中になにをしてるんだ?
眠れねぇから貴子の部屋で遊んでいたのか?
それにしちゃあ薄暗くてよ、買ってやった本を読んでる感じもしねぇ。
目を凝らしてよく見ると肩が揺れてる、腕を……動かしてる?
俺は、婆さんに ”ここにいろ” と小声で言って、後ろからユリに近づいた。
なにしてるんだ?
本でなければ人形かブロックか。
その辺りだと予想を立てて、小せえ肩に手を置いた……そん時だ。
ユリが振り向いた。
言葉にも声にもなってねぇ、荒い息を吐き出しながら。
振り向きざまに小せえ腕が俺の手を振り払う。
子供とは思えねえ強い力が空を切る……が、切ったのは空だけじゃなかった。
「お父さん……!!」
婆さんが俺を呼ぶ。
ユリは死んだ魚みてぇな目をしてよ、俺の顔をジッと視る。
モミジみてぇなちっこい手にはカッターナイフが握られて、刃には血がつき薄闇にテラテラと光って見えた。
俺の腕はパックリ切れて、この時、この傷をユリに見せたら駄目だと思った。
だからすぐにシャツを脱いでグルグル巻きに縛ってよ、ニカッと笑って言ったんだ。
「ユリ、随分と夜更かしじゃねぇか。なにしてるんだ?」
ユリはそれに答えなかった。
ボーッとして、目の焦点が合ってなくて、まるで……そう、寝ぼけてるみてぇだった。
慎重に、気を付けながら、俺はユリの手からカッターナイフを取り上げた。
おそらく、貴子の机から出したんだろう。
寝ぼけるユリを抱きしめながら、ベッドの上を見てみると。
そこには切り刻まれた人形が放りだされていた。
……
…………
………………
『…………あの晩、結局ユリは寝ぼけたまんま、俺の腕で寝ちまったんだ。次の日起きるとユリはなんにも覚えちゃいねぇ。それどころか、人形がなくなったとオロオロしながら探し始める始末でよ』
ため息をつく真さんは、ここで一旦言葉を止めた。
当時を思い出しているのか、眉間にシワが深く寄っている。
田所は潰れた顔を歪ませながら、
『……ふひ……ふひひひ……アンタ……大変だったなぁ……ユリに……腕を切られたのか……ふひひ……昔からだ……俺と一緒に住んでた頃も……同じだった……眠って意識が無くなると……ガキのクセに……平気で人に……刃物を向けた……目付きがおかしかった……あれは……ふひ……ふひひひ……きょ、狂人の目だ……! 貴子はそれで……何度も刃物で切られてたんだ……そんなモン……殴りつけて止めりゃあ良いのに……そうは……しなかった……貴子はバカだ、ふひひ……ユリが優しい? 笑わせるな……アイツは俺と同じだ……そのうちにエスカレートする、いつか……腕じゃなく胸を刺すだろう、……人殺しの娘は人殺しになるんだよ……ふひ……ふひひひひひ』
そう言って口角を上げた。
……チッ!
このクズ野郎が……!
そのうちにエスカレートする?
しねぇよ、万が一したとしても俺がいる。
俺が必ずユリを止める……!
真さんはもう一度ため息をついた。
田所を一瞥し、その後に俺を視ると静かに続きを話し出す。
『それが始まりだった。その後もずっと続いた。ユリはよ、毎晩寝ぼけて家の中をウロウロしてよ。貴子の部屋だったり、台所だったり、風呂場だったり……な。そのたび俺らは飛び起きてユリを探した。幸い、ウロつくのは家の中だけ、外は暗くて怖かったんだろう。そんな中、俺と婆さんは家中の刃物やら尖ったモノを、ユリの手の届かねぇ高い戸棚にしまい込んだ。カッターナイフは勿論だがよ、台所の包丁も、裁縫の裁ちばさみも、箸もフォークもなにもかもだ。念の為、風呂場の水も毎晩抜いた。万が一……って事があるから』
大変だったな……娘を失って、引き取った孫もそんな状態じゃあ、真さんも婆ちゃんも気が休まらなかったろう。
それもこれも、すべては田所のせいだ。
ヤツの犯した罪の重さが、落ち度のねぇ藤田家にかぶさったんだ。
『最初はな、慣れない環境のせいだと思った。だがよ、いつまでたっても毎晩寝ぼける。決まって危険な事をする。だから婆さんと相談してよ、ユリをお医者に連れて行ったんだ。そこではおそらく ”夢遊病” じゃねぁかと言われたんだよ。……”夢遊病”、寝ぼけたまんま、起きてるみてぇにウロウロするのが特徴で、正確には "睡眠時随伴症” の一種。寝ながらにして起き出して、寝ぼけや歯ぎしり、悪夢なんかも含まれる……小せぇ子供に多いらしいが、”夢遊病” の原因の1つに、”精神的な不安や強いストレス” があると言われてな……合点がいったよ。それを聞いて無理もねぇと思った。お医者はな、”夢遊病” は成長すればそのうちに治まるから、今はただ、焦らずに愛情をたっぷりと与えてやれと言ったんだ。だから、初めっからそのつもりだが、これからはもっともっと愛してやろう、大事にしようと誓ったんだ』
ああ……そうか。
真さんも婆ちゃんも、ユリに対する愛情は海より深ぇ。
それはただ単に、たった一人の孫だからというだけじゃなかったんだ。
傷ついて、苦しんで、悲しんで、それを一緒に乗り越えようと努力して……そうやって愛はデカクなっていったんだ。




