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霊媒師募集  作者: たまこ
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第一章 霊媒師募集

『急募!霊媒師1名。年齢、学歴、男女不問。経験者優遇。研修期間有り。霊力はあるけど除霊やお祓いは未経験という方、最初は先輩霊媒師と共に現場入りしますのでご安心ください。給与:経験、能力を考慮の上当社規定により優遇。社会保険完備。面接時は本人確認書類をお持ちください。履歴書は不要です。こちらで霊視させて頂きます』



「これなんかどうでしょう?」


30才をすぎ、前の会社が倒産して無職になってしまった僕は職探しに必死だった。

最近では毎日通っているハローワークの相談窓口で、初めて見る初老の男性職員が真面目な顔で求人情報を映し出すモニターを指差した。


「はぁ……霊媒師、ですか…って、ちょっと待ってください。冗談でしょう?僕の認識が間違っていなければ霊媒師ってお化けや幽霊を相手にする霊能力者の事ですよね?無理ですよ、僕に霊感はありません。いたって平凡な男です。それにしても最近の霊媒師は会社に所属するのか…僕はてっきりお寺や神社の関係者の方がされるのかと思ってました」


「確かにお寺や神社の方が霊媒師も兼ねている、というのは多いですね。ですが、それより増えてきてるのがフリーの霊媒師です。フリーと言えば聞こえは良いですが、規定がないので料金もスキルも人によってバラバラで、運が悪ければ低スキル、高料金といったハズレ霊媒師に当たる事があります。もちろん中には素晴らしいフリー霊媒師もいますけどね」


「はぁ……」


「さて、ここであなたに問いたい。もしも今、あなたが霊障で困っていたとしたらハズレではない良い霊媒師をどうやって探しますか?」


「さ、さあ……フリーの霊媒師は当たり外れがありそうなので、お寺か神社に相談すればいいのではないですか……?」


「それも一つの手です。では、お寺や神社に頼んだとして料金はいくらかかるのでしょうか?頼んだらどのくらいで来てくれるのでしょうか?もし、祓いきれなかったらまた来てくれるのでしょうか?その場合、後から追加料金はかかるのでしょうか?」


「えっ……どうなんでしょう?僕にはわかりません」


「わからないですよね。依頼時に詳しく聞ければいいですけど、お金の事ってどうにも聞きにくいって方も多いですし。大体お祓いなんて、どこからどこまで料金が発生するかなんて素人では予想できませんよ」


「そうですねぇ……」


「そうです。この商売グレーになりがちなんです。そこで、この会社が設立されました。この会社は才能ある霊媒師を社員として雇い、雇用後も常に技術向上の為の定期研修を行っております。ですから霊媒師によってスキルの差がある…といった事がありません。そして料金も、一般的には霊媒師の言い値でしたが、この会社は明確に設定しています。たとえば基本出張料金が5千円。除霊一体につきプラス4千円。ポルターガイスト現象一部屋につきプラス5千円、といった感じです。霊障に悩むお客様に問診をしながら、予算に合った除霊をご提案します。いかかでしょう、良心的な会社ですし業績も徐々に上がっています。ここはひとつ面接を受けてみたら……」



「はぁ……もしも僕がこの先、幽霊に襲われたら除霊を頼んでもいいかなと思いますけど…面接は受けませんよ。さっきも言いましたが、僕、霊感ないですから。この会社に行っても何もできません」


「そうですか。まあ、最初は自分に自信が持てなくて当たり前です。大丈夫ですよ。とりあえず会社面接に行ってみましょう。明日あたりご都合いかがですか?」


「えっ!?ちょっと、ちょっと!僕の話を聞いてましたか?僕には霊感が無いから無理だと言ったでしょう。そんな僕が面接に行ったって迷惑なだけですよ!」


「いいえ、大丈夫です。あなたならきっとできます」


「話のわからない方だ。もういいです。僕、今日は帰ります!」


「あ、そうおっしゃらないで、私の話を最後まで聞いてください、待って……」


そう言って男性職員は、帰ろうとする僕のシャツを掴もうとしてきた。


「やめてください!」


僕は思わず声を荒げ、男性職員の手をピシャリと叩いてしまった。

お年寄りで冷え症なのか、氷のような手の冷たさにゾクッと背筋か寒くなる。

だがその事で冷静さを取り戻した僕は、ひどく情けない気持ちになった。

この男性職員、少々話を聞かない所はあるが僕の為に一生懸命、面接を勧めてくれたのだ。

それをイライラして引き留める彼の手を叩くなんて。

気持ちに余裕が無い証拠だ。

本当に申し訳ない事をした。

ここは素直に謝らなくては……


僕はおずおずと男性職員に目線を戻した。


「あの……すみませんでした。あなたを叩くなんて、僕、本当に……」

 

そこまで言って僕は黙ってしまった。

男性職員の僕を見る表情が、なんというか嬉しそうな……そう、まるで宝物を見つけた子供のような顔をしていたからだ。


「私……驚きました。私を叩きましたね。あなた、私のこの手をピシャリと叩きましたね…!」


「はあ、ですからこうしてあなたに謝っているのです」


「いいえ、謝る事はありません。素晴らしい才能だ!あなた自身が気が付いていないだけで、すごい逸材だ!あなた、明日の10時に必ず会社に来てください!さっそく入社手続きをしましょう。もちろん霊媒師として!それではまた明日!待ってますからね!」


男性職員は興奮し叫ぶような口調で明日の面接時間を告げると一瞬にして消えてしまった。

僕は短い悲鳴を上げた。


「え、え、なんで、さっきまでいた職員さんが消えた……!ねえ、さっきまでカウンター越しに僕と話をしていた職員さんがパッと消えたのをみなさん見たでしょう?」


僕はまわりを見渡して問いかけてみたが返事をしてくれる人はいなかった。

それどころか憐れむような顔でこちらを見ている。

いたたまれない気持ちのまま立ち尽くしていると、一人の勇気ある女性が声をかけてくれた。


「あの…もしかして体調が悪いのですか?熱があるとか……だって、その、あなた、誰もいないカウンターでずっと一人で喋っていましたよ……」


そんな馬鹿な……僕は訳が分からず逃げるようにハローワークを後にした。


†††


自宅に戻ると冷たい水で顔を洗い、そのまま手ですくった水をがぶ飲みした。

タオルで顔を拭きながらパソコンを立ち上げる。

狐につままれたような出来事の手掛かりは、霊媒師を募集しているあの会社だ。

僕は会社のホームページを開きその画面を見て再び短い悲鳴を上げた。


会社概要のページには、先月亡くなったとされる先代の社長のメッセージと顔写真が掲載されていた。

これは……あのハローワークにいた初老の男性職員ではないか!

  

メッセージにはこう記されていた。


『………ご自身の力に気が付かない方が多くいらっしゃいます。潜在能力に気付き霊媒師になれば霊障にお困りの方の手助けができ、やりがいと報酬が得られるというのにもったいない事です。この先私が死んだら、そんなダイヤの原石を探し回ろうかと思っています。見つけ方は簡単です。人の集まる場所に行き、幽霊となった私を見つけ話ができる方を探せばいいのです。欲を言うなら、実体のない霊体の私に触る事が出来る方に巡り合いたいものです。霊体に触れるという事は相当な霊力を持っていないとできませんので……』


僕は先代の社長のメッセージを10回は読み返し大きく息を吐いた。


今の今まで、幽霊なんて見た事もなければ興味もなかった。

でも……パソコンのスクリーンに映る先代の社長というのは、ハローワークにいた初老男性に間違いない。

彼をぴしゃりと叩いた時の氷のような感触は、今もはっきり覚えている。


僕は手のひらをじっと見つめた。


「潜在能力……か」


いつまでも無職ではいられない僕は、しばらく考え込んだ後、手のひらをぎゅっと握った。

そして覚悟を決めると、明日の会社面接の準備に取り掛かった。







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