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二人の旅人

 馬車の前の方で話し声が聞こえたので、クルスは耳に全神経を集中させ、会話を聞き取った。


「ダメだよ。あんたらを乗せるためには荷物を積み出さなきゃなんないからな。もう荷台は荷物でいっぱいなんだ。諦めて歩くか、他の馬車に拾ってもらいなよ。」


 聞こえてきたのは御者ぎょしゃの声だ。どうも荷台に乗って次の町まで行きたがっている旅人を断っているらしい。あんたら、と言っているから、おそらくは二人以上旅人がいるのだろう。


「そんなことを言わずに頼むよ。ここからウェルストスまでは歩いたら結構あるし、この辺はなかなか馬車が通らないってことは新米の旅人だって知っていることだ。礼金はこの金額でどうだ? ここからウェルストスまでなら妥当だと思うが。」


 旅人の一人は男のようだ。落ち着いていて、少しかすれたような声をしている。御者にしきりに乗せてもらおうと説得しているが、難航しているらしい。


「ダメだよ。この馬車は積載量いっぱいまで荷物を積み込んだんだ。これ以上なに一つ載せられないね。」


 荷馬車の御者というのは旅人に対して警戒心を抱きやすい。荷台に乗せていくと荷物を盗られてしまうかもしれないし、御者台に乗せていくと馬車そのものを盗られるかもしれない。御者仲間に名の知れ渡った、有名な旅人であれば乗せてもらえるかもしれないが、どうやらこの旅人はそうではないらしい。


「もう少し南東に歩けばアルマ村があるから、そこで休んだらどうだ? 旅人には優しい村だって聞いているぞ。」


「わかったよ。しかたがないし、歩くとしようか、セト。」


 どうやら旅人たちは諦めて歩くことにしたらしい。クルスたちとしてもその方が好都合だ。彼らが乗ってくるということは、必然的に荷台の中を見られてしまうということ。つまりクルスたちが見つかる可能性が高くなる、ということだ。クルスたちはこの馬車には忍び込んだのであって、御者と交渉して乗ったわけではない。当然、見つかれば放り出されてしまうだろう。クルスとしては、ウェルストスにつくまではなるべく見つかりたくない。この結果は、旅人たちには申し訳ないが歓迎すべきものだった。


「いい旅をな。」


「そっちこそ、気をつけていけよ。」


 別れの挨拶を交わしてまた馬車はゴトゴトと動き始める。クルスは御者に聞こえないように、ふうっと一つ息をついた。その刹那せつな――


「よっこらせッと。」


「ほいさッと。」


 黒装束の男二人、背の高いのと低いのが勢いをつけて荷台に飛び込んできた。クルスが驚きのあまり意識を失いかけたのは言うまでもない。


 

『驚かせてすまないな。こうでもしないと歩かずにウェルストスに行くのは難しいと思って。』

 御者に飛び乗った音を聞かれていないか、しばし耳を澄ませ、旅人二人が床に僅かばかりのスペースを作って腰を下ろしたところで、背が高くてクルスより5歳は年上に見える方が手帳にこう書き、見せてきた。ずいぶんきれいな字だった。その旅人は一度手帳を引っ込めると、新しく何かを書いてまた見せた。

『オレはティルトという。俺の右に座ってるのはセト。一緒に旅をしている。名前を教えてくれ。』

 背の高い方はティルト。背の低い方がセトというらしい。

『ぼくはクルス。僕の隣に座っているのが妹のミティアです。この馬車には忍び込んだので、見つかるとまずいんです。境遇としてはあなた方と同じですね。』

 こう書いて、クルスは手帳をティルトに返した。ティルトは手帳を一瞥いちべつすると、クルスににっこり笑いかけて手帳を内ポケットにしまってしまった。これ以降、ウェルストスにつくまでティルトたちとクルスは会話はおろか、筆談さえも全くすることはなかった。


 クルスは二人に会ってからウェルストスにつくまで、二人のことをできる限り観察し、その性格、素性などを想像した。ティルトもセトもよく似た黒いジャケットに黒い長ズボン、黒いソフト帽をかぶっていた。ティルトは漆黒のステッキを常にかたわらに置き、セトは深緑色の大きな布切れを腰に縛り付けていた。

 ティルトは背が高く、目測で180㎝は超えていた。切れ長の目ととがり気味の顎が冷静な気難し屋というイメージを持たせる。だが、笑うと平時の顔の鋭さからは予想もできない柔らかさが現れる。

 セトの方は小柄、というより明らかに子どもだ。身長は120㎝くらいで、ミティアより低い。ただ、顔かたちから受ける印象はもっと大人っぽい、もしかしたらクルスより年上なのではないか、といったものだ。まん丸のくりくりとした目はよく見るとわずかに険がある。目元にはわずかながらくまが残り、彼の疲労をしめすバロメーターになっている。

 セトは馬車に乗ってからは昼夜関係なしにずっと寝ていて、ほとんど起きることはなかった。反対にティルトは昼も夜も全く寝なかった。かといって荷台を歩き回るわけでもなく、むしろじっと耳を澄ませて何かを警戒しているようだった。この馬車の御者は宿に泊まっても、荷台を覗き込むことはなく宿近くの酒場に直行していたので幸いにも誰一人として見つかることなくウェルストスに着くことができた。

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