ピュアヒューリーズ19
僕はその言葉の続きを待った。
待ったところで何もないだろう。それは分かっている。
それでも彼女自身の口から続きを聞きたかったのだ。
「お待たせしましたー」
気が付くとママさんが僕たちのテーブルの前に立っていた。
両手にはハンバーガーの木製プレートを持っている。
「あ。ありがとうございますー。したら竹井くん頂こうか?」
「そ、うですね……。では」
予定調和的会話の終焉。
仕方がない。ここはハンバーガーショップで僕たちはここの客だ。
「めっちゃ美味いから食べてみ? 私はバーガーもそうやけど、オニオンリングが好きなんよ」
ハンバーガーは予想以上に大きかった。レタスがはみ出て、バンズで押さえ切れていない。
木製の皿に盛られたハンバーガーとオニオンリングが激しく主張していた。
「いただきます。けっこう大きいですね」
「せやろ? すんごいヴォーリュームやから気合い入れて食わんとね」
僕は両手で押さえ込んでハンバーガーにかじりついた。
かなり美味しい。
お世辞ではなく、今まで食べてきたハンバーガーで一番かもしれない。
バンズ自体も小麦粉の味がしっかりするし、パティも自家製なのか肉本来の味がする。
レタスも新鮮で瑞々しい。
「本当に美味しいですね」
「せやろ? せやろ? 良かったわぁ。私たまーにここのバーガー食いたくなるんや。めちゃうまやし、ママさん気さくやし。滅多に来れんのが残念やけどね」
彼女は感慨深げだ。特別な思い出の場所なのだろう。
店の入り口の窓硝子から国道越しの海岸線が見えた。
やはりサーファーが多い土地柄なのか、海辺でサーフィンをしている人がちらほらいる。
「ほんまええ場所なんよ。私はサーフィンせーへんけど、あの人らのことは好きやで。みんな面白い話聞かせてくれるし、ノリがよくて親切なんや」
舞洲さんは海辺を眺めながら独り言のように呟いた。
明らかに僕に発しているはずのその言葉はどことなく、サーファーへの畏敬のように聞こえる。
「良いところですね。僕は海から遠く離れた場所で生まれ育ったのですごく新鮮です」
国立。便利ではあるけれど、海へのアクセスは悪い土地。
「私らの地元は海が近かったからなー。雰囲気は湘南より横浜に近いけど……。本当に海は大好きやで。昔は逢子と一緒によく行ったなー。羽島くんや亨一くんと一緒に花火したり、スイカ割りしたりな……。ほんま懐かしい」
望郷……。なのだろう。
彼女の口調はとても穏やかで、それでいて悲しかった。
「『レイズ』って舞洲さんにとってやっぱり特別な存在なんですね。ちょっと羨ましいです」
「せやな。私にとって『レイズ』は生きる意味そのものやからな。私には他に何もないんやで? 逢子みたいに友達がぎょーさんおるわけでもないしな……。あ、さっきの話、途中やったね」
「はい」
舞洲さんは思い出したように言うと、首を横に振った。
「亨一くんは今フリーのベーシストやん? 今までが『アフロディーテ』1本やったから当然なんやけど、もし彼が良ければウチらのバンドに戻ってきて欲しいとは思うねん。私はな」
私は。舞洲ヒロはそう思う。のだろう。
「打診してみたらどうですか? 気が乗れば佐藤さんだって……」
言いかけた僕の言葉を彼女は遮った。
「いや、それはないかな……。こんだけ時間経っても彼の考えとることは分かるんよ? プライドとかとはちゃうけど、亨一くんは戻らんと思う。それに……」
「それに?」
「それにな。逢子と羽島くんがそれを許さんと思う。特に逢子は絶対に許さんな。『レイズ』に唾を吐いた裏切り者やと思っとるやろし。ま、私は戻って欲しい。と思うだけやから……」
切なる願い……。ではない。
あくまで『こうだったらいいな』程度だと彼女は言った。
希望的観測。神様のサイコロ。運命の悪戯。その程度の期待なのだろう――。
それから僕たちは東京までドライブした。
途中から降り出した通り雨が激しくS15を濡らし、アスファルトの色を黒く染めた。
「今日はありがとな。竹井くんと話したらすっきりしたわ」
「いえいえ、ことらこそご馳走様でした」
車のワイパーが全力で左右に揺れている。
「これからもよろしくなー。私で良ければいつでも付き合うで! ドラムの練習とかもしたかったら声かけてな!」
そう言って笑う彼女の横顔は最高にチャーミングだった。
綺麗とか可愛いとかではなくチャーミング。
都内に戻る頃には空に虹が架かっていた。
残念ながらすぐに消えてしまったけれど――。




