ピュアヒューリーズ18
右手に江ノ島が見えた。島の中央には灯台も見える。
大型のアメリカンバイクのライダーたちは列を作って国道をツーリングしていた。
冬の気配が遠ざかり始めた季節。彼らはとても気持ちよさそうに見えた。
「134号線は気持ちええねー。関東に来た頃はここらに住んどったから懐かしいわぁ」
「そうだったんですね。どおりで道に詳しいと思いました」
「せやで、まだ売れる前やったから、メシ屋でバイトしながらここで暮らしてたんよ。朝から晩までサーファーのあんちゃんの相手して、夜にはゼロヨンして遊んどったんやで。あ、ゼロヨンとか知らんよね?」
知らない。と僕は思った。
質問を待たずに彼女は答える。
「ゼロヨンゆーんは車でやる400メートル走やね。ワイルドスピードゆう洋画に憧れててな。あの頃は楽しかったなぁ。やっぱ私は車が好きなんやと思う。えらい金もかけたし」
彼女は懐かしそうに言うと照れ笑いを浮かべた。
初対面のときから思うけれど、彼女の見た目と中身にはかなりのギャップがあった。
舞洲さんは決して華やかな女性ではない。失礼な話だけれど。
顔が悪いとは思わない。ごく一般的な日本人女性の顔をしていると思う。
見ようによっては美人に見えるし、この手のタイプの女性は割とモテるはずだ。
統計学的美人? だと思う。
化粧っ気がなく、黒髪のショートヘアなので余計そう見えるのかもしれないけれど……。
その見た目に反して彼女の趣味嗜好はかなり派手だった。
車はスポーツクーペを好み、普段はウォッカを愛飲しているらしい。
ギャンブルも好きで、競馬とパチンコにはかなり入れ込んでいる……。
かなりハードボイルドだと思う。
悪く言えばおっさんのようだ。
「京極さんもクーペ欲しがってたんですよ。あの人はコペンやロードスターが欲しいって言ってました」
「おー。ええ趣味しとるね。ウラちゃん金貯めとるやろうから買ったらええと思うで! 私のオススメはFDがええと思うけど……。ウラちゃん割とちんこい車が好きなんやね」
「ええ、京極さんは小型のツーシータークーペが好きみたいですからね。おそらくコペンになると思います」
そんな車談義をしながら湘南の海沿いを走る。
S15は相変わらず元気な音を響かせていた――。
ハンバーガーショップは茅ヶ崎市内にあった。
国道沿いにあるアメリカンな外観の店だ。
「おーし、着いたで! ここが美味いんや。……って実は昔働いとったんやけどね」
車を駐車場に停める。
店の前には『OPON』と書かれた大きな水色の旗がたなびいていた。
店内に入るとそこには大きなウミガメが掛かっていた。
本物なのかレプリカなのかはわからない。
「こんちわー」
舞洲さんは大きな声でカウンターの奥に声を掛けた。
昼時が過ぎたせいか、客は1人もいない。
「はーい、あらあら! ヒロちゃんじゃないの!? ひさしぶりー」
「ほんまやね! もう5年ぶりぐらいやろか?」
奥から50代前半くらいの女性が顔を覗かせた。
「本当にひさしぶりねー。あら? 奥の子はお子さん?」
彼女は僕に視線を送ってから舞洲さんに微笑みかけた。
「ちゃうちゃう! てか私にこないなでかい子供がおるわけないやろ? 知り合いのバンドの後輩やねん」
どうやら僕のことを舞洲さんの息子だと勘違いしたようだ。
もしくはこれはタチの悪い冗談なのかもしれない。
「とりあえず、湘南バーガーセットください。オニオンリングとポテトも! 竹井くんは飲み物どうする?」
「そうですね……。アイスコーヒーお願いします」
「よっしゃ。したらママ、湘南バーガーのオニオンポテトセット2つと冷コーヒー2つお願いします」
それにしてもアメリカンな店だ。
置かれているサーフボードやジュークボックスが古き良きアメリカを体現している。
「今日はありがとうございます。ご飯までご馳走になって申し訳ないです」
「ええって! てか私から誘ったんやから気にせんでええよ。なんか竹井くんてええね。ついつい色々と話してしまうわ」
舞洲さんは上機嫌にそう言うと、胸ポケットからセブンスターを取り出した。
どうやらこの人も愛煙家らしい。
「ほんまにこない話したのは久しぶりや。逢子や羽島くんとは慣れすぎてあんまり会話がないからな……」
「そうですよねー。ずっと一緒だと会話も減りますよね」
そう言ってみたのの例外もある気がした。
僕にとっては愛衣がそれの気がする。
「せや。新鮮でよかった。また一緒にドライブしたいなー。もし、竹井くんが良ければやけどね……。こんなオバサンとドライブは嫌やろうけど」
「いえいえ、僕も楽しかったですよ! 舞洲さんの話面白いですし、色々と勉強になるので……。むしろこちらからお願いしたいくらいです」
それから彼女はタバコの煙を吐き出して「ありがと」と笑った。
「竹井くんは好きな子とか彼女おるんか?」
彼女は急にそんなことを口にした。
「え。……っと。いるようないないような感じですね。ずっと一緒の幼なじみの子がいるんですが、好きかどうかよく分からないんです……。たぶん近すぎて麻痺してるんですよね」
当然、その相手とは愛衣のことだ。
恋愛かと聞かれれば疑問だけれど、ただの友達とも言いがたい気がする。
「そうか……。ええなー。若いって羨ましい」
「ええ、たぶん将来的には結婚するような気がしてます。なし崩し的ではありますけどね」
「ナシクズシテキカ……」
なし崩し的。おそらくそうなるだろう。
そもそも僕は愛衣以外の異性に惹かれたことなど一度もない。
「あの……。失礼ですが舞洲さんは?」
僕の質問に彼女の動きが一瞬止まった。
瞬きさえ止まり、1秒にも満たない時間、彼女はどこかへ行ってしまったように見えた。
「私は……せやな……」
そこでまた止まる。僕は彼女の言葉の続きを待った。
彼女が止まっている間、天井のシーリングファンの音と、奥の厨房から聞こえる包丁の音以外何も聞こえなかった。
逆にそんな日常の音が僕たちの静寂を際立たせてさえいるように感じる。
5秒の静寂ののち、彼女は僕の質問には不適切な回答をした。
その言葉に彼女の42年の全てが詰まっていたのかもしれない。
一万五千以上の日の出と日の入りの全て。
「私は亨一くんに『レイズ』に戻ってきて欲しい」
彼女の言葉は恐ろしく『虚』だった――。




