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ピュアヒューリーズ16

 舞洲さんは大きなため息を吐くと、ハンドルに顔を埋めた。

「亨一くんとはそれから何回か会ったんや。でもな、ウチらと『アフロディーテ』の関係は最悪やった。逢子もあんな風にしとるけど、我が強いから彼を許せなかったんやと思う」

「そうですか」

 そうですか……。としか言えなかった。

 若輩な僕には想像も出来ないけれど、彼らは相当な『地獄』を経験したのだろう。

「なー竹井くん? ウラちゃんはきっと苦労したんやと思う。月子ちゃんはあんなやったし、岸田くんだって優しそうに見えて実は厳しいからな……。でも、一番のあの子を苦しめたんはきっと亨一くんやと思うねん」

「そうなんですか? でも京極さんは佐藤さんには良くしてもらったっていつも言ってますよ?」

「そこやねん。亨一くんはそこが上手い。竹井くんは知らんやろけど、『アフロディーテ』の中心は月子ちゃんやのうて、亨一くんやったんやで? 企画から行動指針まできっと彼が全部決めてたんやと思う」

 『アフロディーテ』の頭脳。

 たしか京極さんは佐藤亨一に対してそんな言い方をしていた。

「それは分かります。京極さんも佐藤さんが『アフロディーテ』の行動の指針を決めてたって言ってましたら……。でもだからって今回の事件の主犯が彼って言うのは言い過ぎな気がしますね……」

「そう思わせるんが彼の手やからね……。実質、『アフロディーテ』ゆうバンドは佐藤亨一が組み上げたバンドなんやで? 表面的には月子ちゃんと岸田くんの個性が強すぎて影に隠れてるけども……や! 亨一くんは強かな男や。表だって目立たなくても自分の思った方向に梶をとるような男やからな」

 そういうモノなのだろうか? 僕には全く理解出来なかった。

「にわかに信じがたいですね……。でも舞洲さんがそう言うならそうなのかもしれませんね」

「せやせや」

 S15は穏やかにアイドリングしていた。

 僕のフィアットと違って重く、どっしりとしたアイドリングだ。

「それで? 舞洲さんとしては僕に何をして欲しいんですか?」

「いや……。特になんもして欲しくはないで? ただ聞いて貰いたかっただけや」

 舞洲さんの声にはどことなく迷い含まれているように聞こえた。

 直感的にそう感じたし、彼女の感情の起伏から推測するに明らかに声がうわずっていたのだ。

 僕はそれに対して意見を言わなかった。

 言ったところでどうしようもないし、きっと何も生み出しはしないだろう。

「つまらん話聞かしたな……。したら家まで送るで」

「いえいえ、貴重な話聞けて良かったです……」

 再びS15の咆哮が池袋の街に響き渡った――。


「……ということがあったんだよ」

「ふーん……。やっぱりバンドやってると色々とあるんだね……」

 僕と愛衣はいつものミスタードーナツにいた。

 僕はいつものオールドファッション。愛衣はポン・デ・抹茶。

「舞洲さんとしては佐藤さんに戻ってきて欲しいんだろうね……。僕はそんな風に感じたよ」

「だろうね。裏切られて許せなくても元彼でしょ? やっぱり恋心は残ってるんだろうね。かなり長くてこじれた恋心だけどさ」

 長くてこじれた恋心。まさにそれだ。

「本当に長いよね……。だって舞洲さんが佐藤さんを思い続けた期間って僕たちが生きてきた時間より長いんだよ? 考えらんないよ……」

「ほんとだよね……。でも、いーなー。すごく純愛って感じ? じゃん! 私もそれくらい長い間、同じ人を思い続けてみたいもんだよ……。絶対に苦しいだろうけどさ」

 愛衣は変にうっとりしていた。

 彼女は少女漫画のような展開が好きなのだろう。

「僕は御免かな……。どうせなら好きな人と結ばれて幸せになりたいし、片思いを延々と続けるのは辛すぎるよ」

「もー! のんちゃんは女心が分かってないんだよ! 初恋が叶ったらすごく綺麗で貴いじゃんよ」

 どうやら僕と愛衣の恋愛観は合わないらしい。

「それよりも……。京極さんと高木さんの件どうしようなかなー。僕がどうこう出来る話じゃないけど、一応は松田さんの気持ちぐらいは汲んであげたいんだよね……」

「そうだね……。でも案外、すんなり落としどころ見つかるかもよ? 2人の問題だけど、案外あっさりとさ」

 愛衣はポン・デ・抹茶を囓りながら不敵な笑みを浮かべた――。

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